1~4話 改稿

1~4話 改稿


人類は滅亡の危機に瀕していた。


原因となるは魔王をトップとした魔王軍。数年前突如として発生した天災のようなその存在は、各地で暴虐と破壊の限りを尽くしていた。


西の国は農地を荒らされ飢餓に苦しみ崩壊。

東の国は姿を化ける魔法により同士討ちを誘発され崩壊。

南の国は単純に数を以て蹂躙された。


この危機に残った人類は一致団結、王国が中心となり勇者パーティーを旗頭とした反抗作戦が決行される。


勇者パーティーは快進撃を続け敵の根城である魔王城にまで辿り着いた。

城内部の敵も蹴散らし、残すは親玉の魔王だけ。

しかし、魔王の間へと続く扉には結界が張られていた。




「どうやら勇者しか通さない……そんな結界みたいだな。よし! 後は俺に任せておけ!」




そのため勇者は単身、魔王の間へと進む。










「くそっ……!」


女戦士は最後に何も出来ないことに苛立ち。




「ま、あいつなら大丈夫だろうよ」


賢者はあっけらかんとしているものの、その握りこぶしには力が入っており。




「女神よ……勇者様にご加護を」


聖女はただただ祈りを捧げる。




魔王と勇者の最終決戦、激しい戦いとなっているだろうが結界のせいで中の音は一切聞こえない。


魔王の間の重厚な扉の前で待ち続ける三人。






永遠のようにも一瞬のようにも感じられる時を経て、突然結界は解除された。



「「「っ……!」」」



扉が開いていく。中から現れるは戦いの勝者だろう。その姿は――。






「勇者様!!」


見慣れた勇者のものだった。


「勝ったんだな!!」


三人は駆け寄っていく。


「ったく、もうちょっと早く出て来いっての」


激しい戦いだったのだろう、ボロボロになった様子の勇者。








「すまん。だがちゃんと人類の宿敵、魔王は倒したぞ」


英雄となるだろうその男の腕には――。








「すぅ……すぅ……」


すやすや眠る赤ん坊が抱かれていた。








「「「………………」」」


近づいたことでその赤ん坊を認識した三人は一瞬思考が停止する。

魔王との最終決戦、人類の滅亡を決めるその戦いを終えたはずなのに、戦いと無縁そうな存在、赤ん坊を抱えて出てきたとなれば認識がバグっても仕方ない。








「ええと……勇者様? その腕に抱かれているのは……?」


「赤ん坊だな」




「いや、んなの見れば分かるっての!」


「あれか、魔王に攫われていた子供がいたとかそういう……」



「いや、正真正銘、魔王の実の娘だ」



「ま、魔王の娘ですか!?」



「ああ。そしてこのまま育ち『魔王の因子』が覚醒してしまえば次期魔王となってしまう」



「はぁっ!?」




「だからそうさせないためにも……俺がこの魔王の娘を育てようと思う」




「な、何言ってんだよ!?」








「きちんと育てて、青春を送らせて……この娘を普通の真人間に育ててみせる……!」




混乱する三人の前で勇者は宣言した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


魔王討伐により人類が平和な世界を取り戻してから5年の月日が経った。


その立役者である勇者、ファルは。




「ああもうちゃんとピーマン食べなさい!」


王都の一角、閑静な住宅街にて子育てに奮闘中であった。




「イヤ! 絶対食べないもん!!」


口をとがらせて徹底抗戦の構えを取る娘、ナミカ。




ナミカはファルと血が繋がっていない。

それどころかナミカは宿敵で討伐した魔王、その実の娘だった。




「うーんどうしても好き嫌いが減らないな……ちゃんと栄養を取って欲しいのに。どうしたらいいんだ?」


ナミカは自分の部屋へと逃げてドアの前にイスを置いて立てこもった。勇者の力ならその程度障害にもならないのだが、その衝撃で中にいるナミカが怪我してしまっては大変だ。

ということで諦めたファルはいそいそと残されたピーマンを自分の口に放り込んで皿を洗い始める。


「………………」


この五年で慣れてきた家事作業に手はオートで動き続ける。余裕の出来た思考が勝手に過去を振り返っていく。






魔王を倒してその娘を抱いて帰還したファル。

ファルはパーティーの仲間たちにこの娘を育てると宣言した。


当然最初は受け入れられなかった。一体魔王との決戦で何があったのかと仲間に追及されたが、ファルは一切語らなかった。

ファルにしゃべる気が無いと判断した仲間は分かっていることだけを整理し始めた。


つまりは勇者が魔王の娘を育てるという宣言についてである。


これについては三人とも意見が割れた。




この世界には勇者の因子、魔王の因子というものが存在する。

善なる感情や意思で覚醒し力をもたらす勇者の因子、反対に悪なる感情や意思で覚醒し力をもたらす魔王の因子。

その覚醒者同士の戦いが先ほどの最終決戦であり魔王は敗れた。つまり魔王の因子は滅びたのか、というとNOである。


因子は世界を巡る。覚醒者が死亡したときに子孫がいればその者に継承され、いなければ世界のどこかに、誰かに発現する。

勇者が抱える魔王の娘が本物であるなら、魔王が死んだ今、その因子は継承されていることになる。

ただし継承したばかり、そして赤ん坊のためまだ魔王の因子は覚醒していない。




だったら魔王になる前にそいつを殺せば良いじゃねえか、短気な女戦士がまず言った。


そうなったら結局また別人に魔王の因子が発現するだけ……だったら俺たちで悪なる感情で覚醒しないように管理する。勇者の言う真人間に育てるって案も一理あるな、と賢者は面白そうにしている。


魔王の娘を私たちが育てるということですか、そのようなこと女神が許すのでしょうか、聖女が悩ましげに呟く。




結局その場で決着は付かず、勇者たちは魔王討伐の凱旋も兼ねて魔王の娘を連れ王国へと帰った。

国の中枢も中枢のお偉いさんたちとの激しい協議の結果、勇者が魔王討伐の功績まで盾にして魔王の娘を育てる許可をぶん取った。




ただし魔王を倒し平和を取り戻した世界において、魔王の娘が生きているとなれば庶民の不安は晴れない。

そのため魔王の娘の存在、並びにそれを育てる勇者の正体の隠匿が交換条件として出され、ファルはそれを受理した。




そうして魔王を倒し英雄となるはずだったファルは、一般人と変わらない立場となりナミカを育て始めた。

だが剣と魔法は百戦錬磨の勇者も子育ては初めてだった。

赤ん坊でも大丈夫な食事、おむつの替え方、夜泣きの対処。様々な知識は教会勤めの聖女に助けてもらった。


敵を倒せば終わりのこれまでとは違い、誰かに守られていないと容易く壊れてしまう命を守ることに終わりは無い。

睡眠不足やノイローゼになりながらもナミカの成長を見守る内に、ファルの心境も義務感から親子の情へと変化していった。


幸いにも特に大きな出来事……いや子育ては毎日がハプニングだが、それ以外においては大きな出来事もなく平穏に過ぎていき、5年経過して今に至る。






「………………」


現状に不満は無い。……いやナミカにピーマンは食べて欲しいが、強いて言うなら程度だろう。


未来についても不安は無い。

ナミカはすくすくと健康に育っている。聡明で宇宙一かわいい(若干親馬鹿の入っているファル談)自慢の娘だ。

継承している魔王の因子は悪の感情、意思を抱かなければ覚醒しない。このままそのようなものとは無縁に過ごし……いやもしあったとしても問答無用の勇者パワーで排除する所存だ。


だから不服があるとすれば……過去くらいだろうか。




『その娘を……頼みます……』


フラッシュバックする最期の言葉。


「俺にもっと力があれば…………違う結末が…………」


現在、未来と違って過去を変えることは出来ない。




「……気にしても仕方ないか。よーし終わりっと」


ナミカは部屋に引きこもっているが、おやつの時間になったら出てくるだろう。皿を洗い終えたファルは家の掃除に取り掛かるのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


勇者ファルと魔王の娘ナミカは王都の郊外の住宅地に位置する庭付きの一軒家に住んでいる。


「ふぅ……」


ファルは近頃伸びてきていた庭の雑草取りを朝から行っていると。




「だからお願いってば……!!」

「イヤだもん!!」


隣の家前から懇願する声と反抗する子供の声が聞こえてきた。


「今のは……ユラサさん家で何かあったのかな」


三ヶ月ほど前に隣の家に引っ越してきたユラサさん、俺と同じくらいの年齢の女性だ。引っ越しの挨拶で少し話をしたが、ナミカと同い年くらいの息子と二人で暮らすと聞いた。

男手一つで育てる俺と女手一つで育てるユラサさん。似たような境遇だと少し盛り上がったがそれだけだ。後は家が隣なのでふとしたときに会ったに会釈をする程度の浅い関係。


困っているようだが無視しても助けてもおかしくない間柄、となれば勇者として人類を救った英雄がどちらの行動に出るかは想像に難くない。




雑草取りの道具を置いて家の敷地を出たファルは、自分の家の前でうなだれるユラサとそれにしがみついている息子を見つける。


「おはようございます」


ファルは声をかけた。


「あ、おはようございます」

「何やら困っているみたいですけど、どうされたんですか?」

「えっ、聞こえてたんですか!? すいません、家の前で見苦しいマネを……」

「いえいえちょうど庭いじりをしていたものですから。それより何があったんですか?」

「……その、今から仕事なんですが、マースの通っている日曜学校が臨時休校で預けられなくなって……」


ちらりと息子の方を見るユラサさん。マースとは息子の名前のようだ、そのマース君はというと。


「一人で留守番、やだ!!」


という主張のようだ。




(シングルマザーで日曜学校に預けられないのは死活問題だな……)


仕事と子育てを一人で両立させるのは不可能だ。外部の力を頼る必要がある。

 日曜学校が臨時休校で子育てに行動を振らないといけないのに困っているということは、仕事も簡単に休むことが出来ないということだろう。


「うーん……ああ……しょうがないか。職場に休む連絡を……」

それでも子供のために断腸の思いで決断しようとしたユラサに。


「差し出がましいかもしれませんが、マース君、家で預かりましょうか?」

ファルは提案する。


「え……?」

「俺は一日中家にいますし、娘のついでにマース君の面倒もみますよ」

「で、ですが……そんな頼るわけには……」

「なあ、マース君。今日だけお兄さんの家で過ごさないかい?」


ファルは腰を落としてマースと同じ目線に立って提案する。


「………………分かった、おじさんで我慢する」


一人で留守番するのは嫌だが、自分の母が困っていることも理解していたのだろう。マース君は迷った様子だったが提案に乗ってくれた。

大人な子だな……わざわざおじさんと言い換えたことに納得は行かないが、子供に怒るほど大人げなくは無い。




「ということですので」

「本当に、本当にすいません!! ありがとうございます!!」

「いえいえ。お気になさらず。それより仕事の方は大丈夫ですか?」

「っ、もうこんな時間!? すいません、仕事が終わったら家に窺います! マース、良い子にするんだからね!!」


ユラサさんは最後に釘を刺すと慌てた様子でその場を去って行った。




「じゃあ家に入ろうか」

「……おじゃまします」


雑草取りの途中だったがマースに家の案内をした後で再開すれば良いだろうと、とりあえずマースを連れて家の中に入ったところで。




「……誰、その子?」


何故か玄関で仁王立ちして待っていたナミカがマースを指さして言ったのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「誰、その子……?」


勇者ファルがお隣さんの子共マースを連れて家に戻ると、魔王の娘ナミカが仁王立ちで出迎えた。




「こら、ナミカ。人を指ささない。この子は……」


「誰じゃねえ。俺はマースだ!」

「名前は聞いてない」


「お隣の家の子で今日預かることになって……」


「じゃあ俺も名前を聞かない!」

「どうでもいい。私も言うつもりない」


「えっと、だから……」


「なんてな、ナミカだろ」

「っ!? 何で……」


「その……仲良くな?」


「へへん、そっちのおじさんがさっき言ってただろ」

「もうお父さん! 勝手に私の名前を言わないで!」


紹介している間におじさん呼ばわりされるわ、ナミカからは理不尽に怒られるわで集中砲火なファル。




「あー仲良さそうなら良かった」


「「仲なんて良くない(もん)!」」


「ははっ、今日一日よろしくやってくれ。……って、いたっ、やめろ、そこは引っ張るな」


息ピッタリな二人にこれなら心配いらないかと鷹揚に笑うファルの様子に、むくれたナミカとマースは突っかかるのだった。






それからしばらくして。


「はい、タッチ! おまえ鬼な!」

「はあ? 何よいきなり」

「びびってんの? 鬼さんこちら、手の鳴る方へ」

「……ふん、やってやろうじゃない」


マース君とナミカは二人一緒に遊んでいる。




「………………」

成り行きだったけど、同年代の子供と一緒に遊べて良い機会になったな。


ナミカは日曜学校に通っていないため、同年代の子供と遊ぶ機会がこれまで無かった。

ファルが一日中家にいるため預ける必要が無いとは言えるが、日曜学校には人との関わりを学べるという側面もある。


そのため通わせるつもりだったのだが、ここでナミカが魔王の娘であることが響いた。

もしバレたときの問題性やらセキュリティの観点でどうにか止めてもらえないかと王国の上層部からストップがかかったのだ。

ナミカに不自由はさせたくないとファルは食い下がったが、あちらの決定も固く覆らなかったため交換条件を提示してこの件は従うことにした。


たまに近所の公園を散歩して同年代の子供たちが遊んでいる姿を見かけることもあったが既に出来上がっている輪に入るのは難しく、ナミカの遊び相手はこれまでファルだけであった。


それが今はどうだ。


「タッチ、あんたが鬼ね」

「はあ!? そんなショートカット、ズルだ、ズル!!」

「私の家だもん。地の……る? れ? を活かして当然でしょ」


「ナミカ楽しそうだな……父ちゃん嬉しいぞ」


活発的なマース君に振り回されている形だが、引っ込み思案な気質のナミカにはちょうどいいだろう。




「おらっ、ダイビングタッチ!!」

「バレバレね」

「あっ……」


「っと、『|風よ(ウィンド)』」


マース君が頭からナミカに突っ込むがひょいと避けられて地面に激突しそうになったところを風魔法で受け止める。

元から何かあったときはこうするつもりで見守っていた。


「……あれ? 浮いてる?」

「遊びに夢中なのはいいけど今のは危険だから無しな、マース君」

「え、おじさんの魔法!? すげー!!」


風を操り着地させると目を輝かせるマース君だが、今のは初歩級の魔法だ。元勇者である俺にとっては朝飯前の芸当である。




「さあて二人とも走り回ってお腹空いたんじゃないか? そろそろおやつの時間だぞ」

「そんな時間か」

「おやつあるの!! おじ……お兄さん!!」


「ははっ、現金なやつだな。持ってくるから良い子にして待っておけよ」




そのようにして穏やかな時間は過ぎていくのだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





Report Page