11傑怪奇譚ー壱
ぽたりと垂れた汗が不快だった。人間というものはどうしてこうも大きいのか。人ひとりが入る穴を地面に掘り、埋めるまで、かなりの時間がかかってしまった。こんもりと盛り上がった土山は、死体が埋まっていると一目でわかる。
これで終わりではない。むしろここからが本番だ。
にじんだ汗を拭き、埋めるのに使った道具を片付ける。弔いの場で作業時のままの服では不釣り合いだろう。死者への冒涜でもあるし。
まずは手元の香炉をかかげ、献香を行う。ついで聖水をふりかけた。普段から持ち歩いているとはいえ、こんな状況に出くわすなどとは思っていなかったわけだが。
また、入祭や集会祈願は廃した。この場にいる誰も、熱心な教徒ではないこともそうだが、死者当人がそれを望むような境遇ではなかったためだ。咎めるつもりなどないが、中世ならば教会に狙われる立場といえば想像がつくだろう。
だから、死者を祝福するための祈りだけを唱える。死者のため、というよりも、その死を受け止められていない死者の幼い弟妹のために。
すう、と息を吸った。
「Lord God,in whom all find refuge,」
(我らに災禍より逃れる術を与えたもう、主なる神よ)
「We appeal to your boundless mercy:grant to the soul of your servant ××,a kindly welcome,」
(わたしたちはあなたの限りなき慈しみを知らしめ、その慈悲が××の魂の元にもたらされることを願います。彼をどうか手厚く迎いいれください)
一度口にした言葉はするりと喉を通り、考えずとも続いて行く。イングランド人である死者のために英語なことが、普段とは異なる点か。神を信仰していない者が唱えるなど誰かは喜劇にしたてあげるかもしれなかった。
それでも。これを唱えることで、心の中で荒れ狂う波を抑えることができるのなら、嘘でも偽物でも意味はあるだろう。信仰とは元来そのためのものだったはずだ。有無などあとから考えればいい。
「cleansing of sin,release from the chains of death,」
(その罪を浄め、その魂を死の連鎖から解放し、)
祈りは続く。
「and entry into everlasting life.We ask this through our Load.」
(その魂に永遠の命をお与えください。わたしたちは我らの主なるお方を介し、これをお願い申し上げます)
そして、もう一度十字を切る。
「Amen.」
(主よ、そして信仰に厚き王よ)
死者に祝福を。死後の世界など生きている俺は知らない。いつ知ることになるかも見当がつかない。死後に救いがあるかなど定かではない。だからこそ宗教は死という終わりを定め、生への道を形作るのだ。
それでも、生者の心の内に安らぎのあらんことを。そのために生まれた祈りであったはずなのだから。
しばし、沈黙が流れる。誰からともなく散り散りになり、俺たち三人だけがその場に残った。