1夜

 1夜

 「「どっちの方が好きなの!」なんですか!」

 ベッドの上に倒れている身体、天井を見上げている視界の両サイドには2人の少女。あぁ…拝啓お父さん、お母さん。僕は今、絶賛修羅場に巻き込まれています。



 「2人ってどんな人がタイプなの?」

 きっかけは自分のちょっとした発言だった。食卓で唐突に人のタイプを聞くという、若干デリカシーに欠けていた部分はあるが、別に何かをやってしまった訳でもなく、それはあくまでごく一般的な、これまでおそらく数兆とされてきたような何気ない質問だ。


 「…と、言いますと?」

 「ん?…あぁいや、別に何てことは無いんだ。ただ、僕みたいな特に何の変哲もない人の側にずっと居て、本当は恋とかしたいのに我慢しちゃってたりしないのかなって」

 ラドリーの問に、サラダを自分の皿に取り分けながら軽い拍子で答える。

 ラドリーはうちでメイドとして家事を手伝ってくれている尻尾と角の生えた少女だ。無くドラゴンメイドという存在で、人間の姿だけでなくドラゴンの姿にもなれるのだが、別に敵襲も何もない平和なこの世界では必要も無く、実際にこの目で見たことは無い。

 メイドに誇りを持っていつも頑張ってくれているけど、……正直かなりドジな所があってちょくちょくハプニングを起こすので、全体で見ると自分の仕事量は殆ど減ってはいない。いや、むしろちょっとプラスかも知れないが……。でも、その頑張ってる姿はすごい健気でこちらも頑張ろうと思わせてくれるし、その満面の笑みは心を癒やしてくれるので実質マイナスだ。


 「……もし好きな人が居たらマスターは喜んでくれるの?」

 そう聞いてきたのはメイルゥだ。メイルゥはティアラメンツという人魚で、手足がヒレになっていて水中での活動に非常に優れている。前に1度プールに行った時、めちゃめちゃ爆速で泳ぐもんで少し引いてしまったのを覚えている。あれはヤバい。

 メイルゥもラドリーと似て元気な子で、家はいつも活気に満ちている。ただ風呂場の扉を閉めるのを忘れて、開けっ放しのままはしゃぐのはやめてほしい。辺りが大惨事になるし、その度にラドリーが泣きそうな目で見てくるのが辛い。好奇心も旺盛で、あちらの世界に無かったものについて良く質問してきて、それに答えて上げると目を輝かせて感嘆するのがこれまた非常に可愛らしい。


 「喜ぶのか……か………うん、もちろん喜ぶよ。別に親とかじゃないんだけどさ、なんか、気分だけはもう勝手に半分位親気分になっちゃってるしね。だからまあ、変な人の事を好きになったりしたら…ちょっと不安になるかもだけど」

 そうやっていつも通りに軽く笑いながら語る。2人に対して娘みたいに思ってるのは事実だ。2人ともまだ子供で、まだまだ未熟な部分も多い。それを大人として見守っていたら、いつの間にか親目線に立っていた。


 ……だって、もし仮にその目線を無くしてしまったら……


 とっさに自分の思考に蓋を閉じた。…これ以上考えるのは、きっといけない事だから。



 「……半分ならまだ……」ボソ

 「…え、今何か言った?」

 そう聞き返すと、メイルゥは何でも無いよと両手を大袈裟目に振りながら言った。ちょっと経ってまた顔を伺ってみると、何か少し思い詰めた表情をしていた。いつものメイルゥからは中々想像出来ない表情で、何となく1人で気まずくなってしまった自分は、ふとさっきからラドリーが静かな事に気がついてそちらに視線をやった。

 すると、ラドリーもまた何か思い詰めたような表情で、真剣に何かを考えているようであった。…あの、そこに茶碗はありませんよラドリーさん。




 「じゃあ、一足先に失礼するね」

 「……あ!はい、分かりました!!」

 「あ、うん…それじゃあ」

 皿を食洗機に漬けた後、そう言って自分はリビングを後にして自室へと向かった。

 あれから結局ず2人ともずっと何かを思い詰めたままなのは変わらず、いつもよりも食事も遅くなっていたので、食べ終わっていた自分はひとまず自室に戻ることにしたのだ。


 「はぁ………大丈夫かな2人とも」

 そう1人で呟いてベッドに倒れ込んだ。先程の2人の様子はやはり何かが明らかにおかしかった。2人を預かっている者として何かあった時の責任は自分にあるわけで、もし何か問題があってそれがそのまま大きくなって行ってしまったらハスキーさんやキトカロスさんに何て言えばいいのだろうと、自分までもだんだんと不安になってしまう。


 「何も無ければ……いいけど」




 「………ねぇラドリーちゃん、どう…考えてる?」

 「……このままでは…きっと駄目なんでしょうね………どこかで、ちゃんと向き合わないと」


 遅れて食事を終わらせた2人の少女は、そう真剣な眼差しで話し合う。


 「手遅れになったら……いけないもんね…………それで…きっとそれは」

 「………ええ、恐らく…」



 「………ならさ、こうしようよ」





 「失礼します…入ってもよろしいでしょうか?」

 ノックの音に意識をハッとさせた自分は、上半身を起こしてその入室に許可を出した。流石に寝転がったままは示しがつかないからだ。


 「………あれ?メイルゥも一緒にどうしたの」

 てっきりラドリーが用事か何かがあって訪ねてきたのだと思っていたので、軽く驚かされた。そして2人の顔を見てみると、やはり神妙な面立ちであった。


 「………あの〜?ラドリーさん?メイルゥさん?……聞こえてますぅ?」

 返事が返って来ないことを不審に思い訪ねてみたが、それでもやはり返事は帰ってこない。しかし無言ではあるものの、2人はこちらに近寄ってきて…



 ………ベッドに突き倒された。


 「!!?……ちょ、2人ともいったいどうし「マスター!!」「御主人様!!」」


 僕の言葉は遮られ、代わりに2人が何かを言おうとしていた。

 予感がした。このまま続きを喋らせたら、何か取り返しがつかなくなるという、そんな予感がした。しかし、自分には止める事が出来なかった。それ程までに、2人の表情が真剣だったからだ。


 「…さっきマスター、好きな人がいるか…質問したよね?」


 全意識を言葉に傾ける。


 「………私達が好きなのは……」


 ああ、困ったな。まさかここまで大問題だったとは…


 「御主人様ですよ」「マスターだよ」



 ……もし聞いていなければ、まだ元通りのまま僕たちは暮らしていけたのかもしれない。……けど、きっとそれでもいつか駄目になってただろう。

 後悔はしていない。僕が今するべき事は、この少女達に向き合う事だ。


 「………本当…………なんだね」

 2人の目を見つめる。2人は無言で頷いた。


 「……ずっと前から、好きだったんだよ」

 「けど、この関係が壊れてしまうのが怖くて、言い出せなかったんです……でも、このままだと駄目だって、気付いたんです」

 「…ごめんね、こんな急に迫って。……でも、どうかお願い。誤魔化さないで受け止めて欲しいんだ」


 ……どうやら、僕に親は向いてなかったようだ。とっくに子供じゃなかった事に、これっぽっちも気づけていなかった。


 「御主人様が私達どっちもを深く愛してくれてるのは知ってます。……知ってますけど、ここまで来たら聞かない訳にはいかないんです…」


 「御主人様…」

 「マスター…」


 「「どっちの方が好きなの!」なんですか!」


 ……困ったな、こんな事になるなんてね


 ……駄目だ、僕には決められない


 でも、答えない訳にはいけない


 「………僕が好きなのは……」


 ……誠意のない答えだとは分かってる…


 「………僕が愛してるのは……」


 でも、はぐらかすよりは…

 



    嘘をつくよりはマシだ


 「…僕が好きなのは、両方だ!!!」


 「「!!!」」


 「…嘘なんかじゃない、これが僕の答えだ!!」



 「「……………」」


 「……………ふふっ…嘘だなんて、思ってないよ」


 「………だってその目を見て嘘だなんて思えるはずがないじゃないですか」




 2人が僕の腕を抱きしめて肩の辺りに顔を埋めてくる。

 両腕で抱きしめる事が出来ないのは…悲しい。……けど、きっとそれ以上にこの方が幸せだと思う。2人を眺めて、そう強く思った。


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