龍の婿取り
私と晴信の関係は、どのように形容すれば良いのだろうか。
アイドルデュオとしてコンビを組んではや幾年。
常に競い合って張り合って、その一方で最上級の信頼を置いていた。
私生活でも晴信の家に転がり込んで寝泊まりをして、最後に自宅に帰ったのがいつだったか、すぐには思い出せないくらい。
晴信も文句は言いつつなんだかんだで私の世話を焼いて、それで距離感を保っていた。
一番多くの時間を共有しているし、お互いの考えることは手に取るようにわかる。
晴信は弟君たちととても仲が良いけれど、それでもきっと、最も近しい人間の中に私は入っていたのだと思う。
それなのに、
今この瞬間、晴信の隣に行く権利だけが、私にはなかった。
新曲の収録や撮影に振り入れを同時並行で進めつつ、ライブツアーの構成や演出について深夜まで話し合う。その間にもレギュラーの番組やラジオの収録は変わらずにあったし、新曲がリリースされれば音楽番組や朝のニュースでの番宣への出演も増えていった。晴信は俳優業の仕事もあったし、私もバラエティ番組のゲストに呼ばれたりしていた。
ツアーが始まってしまえば言わずもがな。朝早くからスタジオに入ってレギュラーコーナーの撮影をし、昼にはライブ会場に入ってリハーサル。ライブ後に軽い反省会をして、日付が変わる頃にホテルに帰って泥のように眠る。
そう、この数ヶ月は本当に忙しかったのだ。
とはいえ私も晴信もこの業界に入ってそれなりに長く忙しさにも慣れたもので、大きなトラブルもなくオーラスの日を迎えたのだった。
ライブも終盤。デビュー曲の間奏で普段通り晴信に飛びついた。
その勢いのまま繋いだ晴信の手は、ライブで激しく踊っているにも関わらず氷のように冷たくて、いつもみたいに振り払われることもなかった。ステージ上であることも忘れて晴信の顔を覗き込むと、眉間にはかすかにシワが寄り、もとから白い肌からは血の気が引いて紙のようになっていた。
それでも、私が顔色を伺っていることに気がつくや否や、何も言うなというように目配せをしてきたのだった。
当然、ライブは進行中なのだから無理に晴信を舞台裏に引っ込めさせることもできず、大成功のままツアーのラストを飾ることができたのだ。――表向きは。
―――ライブ終了後、晴信が倒れた。
今でこそ185センチ85キロの恵まれた体躯を持つ晴信だが、幼少期は病弱で体も細く、何度も入退院を繰り返していた。その影響なのか今でも、寝起きは血圧が低くてしんどそうにしていたり、しばしば頭痛に悩まされてはいた。それでも、持病も寛解して人並みの健康は手に入れていたし、朝から晩まで収録に追われ合間にダンスレッスンをこなすハードスケジュールも十分にこなせていたのだ。だから油断していた。私も、晴信本人も。
ライブ後の楽屋で倒れ意識のない状態で病院に運び込まれた晴信は、幼少期からの内蔵の病をここ数ヶ月の過労でこじらせていて、救急での処置を終えた後はそのまま親族以外は面会謝絶となった。縁故関係もなにもない私は、晴信の容態が落ち着くまで待合室で待つしかなかった。病状の説明も、晴信のマネージャーの勘助殿から連絡を受けて駆けつけた信虎殿と信繁殿が診察室に呼ばれ、私はそれを伝え聞くだけだった。
今の私に、晴信の隣へ行く権利はない。
普段から多くの時間を過ごし、ライバルとして、相方として、常に隣に並んでいたとしても、所詮は赤の他人でしかないのだ、当然だ。それでも――
「晴信、はるのぶ……」
強い意志を宿した瞳を見ることも、力強い掌のぬくもりに触れることも、今の私には許されない。
そんなの、嫌だ。
貴方だけが、私から目をそらさなかったのに。
何度だってぶつかり合って、私と対等に競い合ってきたのに。
私に執着なんて覚えさせて、孤高の天才から引きずりおろしたくせに!
この胸を締め付ける感情が何なのか、わからないけれど。晴信の隣にいられないことが、嫌で嫌で仕方がなかった。
今すぐにでも病室に乗り込んで、晴信を起こしてやらなくては気がすまない。
晴信がいなければ私は、何も楽しくないのだから。
医師から容態の変化の説明を聞き終えた信虎殿が診察室から出てきて、待合室の椅子に座り込みっぱなしの私に気がついて近づいてくる。その姿を認め、湧き上がる感情のままに立ち上がり、信虎殿に向き合う。もう、腹は決まっていた。
「信虎殿」
「長尾の……。晴信がいつも世話になっているようだ。君もそろそろ休んだほうが――」
「信虎殿」
気遣いの言葉を遮って呼びかける私に、信虎殿は訝しげな顔を向ける。しかし、そんなものに怯むような私でもなく、勢いのままに口を開いて言い切った。
「あなたの御子息とともに人生を歩む権利を、私にいただけないでしょうか」