『黒銃』ジェーンの悩み  後編

『黒銃』ジェーンの悩み  後編




ティーチ「ゼハハハハハハハハ!」


ジェーン「ちょっと! 親父!?」


 アタシの話を最後まで聞かずして、親父が豪快な笑い声をあげたのだ。


ジェーン「なんだよ、親父! アタシは真面目な話をしているのよ!」


ティーチ「ゼハハハ! そう怒るな。いやぁー。すまねぇ」


ティーチ「でもな、オメェも、人並みの悩みを抱えるもんだなぁって思ってよぉ」


ジェーン「どういう意味よ!」


ティーチ「ゼハハハハハ! だがオメェの気持ちは、よく分かるぜ!」


ティーチ「あまりにも強ぇ奴は、その強さ故に孤独にならざるを得ない。それは、俺も身に染みて理解している」


ジェーン「えっ?」


ティーチ「俺ぁ、そうした奴らを幾度も目の当たりにして、生きるか死ぬかの死闘を繰り広げてきたからなぁ」


ジェーン「親父……」


 そっかぁ。

 親父は、アタシよりも海賊歴が長いし、 ずっとずっと広い海域を回っている。

 だから、そういう経験をするのも、当然と言えば当然だ。


ジェーン「その強い奴らってさ。アタシよりも、もっと強いの?」


ティーチ「あぁ、勿論だ。とは言っても、流石に吐いて捨てる程の数じゃねぇが」


ジェーン「そいつらは、親父より強いの?」


ティーチ「あぁ。そうだ……現四皇に海軍大将……海軍の英雄に現海軍元帥……インペルダウンのレベル6に収監された囚人共……歴史上最悪最強の海賊団の幹部達に、その船長……」


ティーチ「だが、俺が目の当たりにして戦ってきた奴らの中で、間違いなく最強だったと言えるのは……」


ティーチ「かって海賊達の頂点に立った男、『海賊王』ゴール・D・ロジャーだ」


 『海賊王』ゴール・D・ロジャー。

 それは海賊を志すものなら、誰もが知る名前。

 アタシが生まれる遥か前に、イーストブルーのローグタウンで大々的に処刑されようとした寸前。

 ワンピースという財宝の存在を仄めかし、大海賊時代の幕開けを引き起こした、伝説の海賊。


ジェーン「親父は、その伝説の海賊王を目の当たりにしたんだね」


ティーチ「あぁ。と言っても、奴が生きていた頃の俺ぁ、まだまだ鼻ったれの見習い海賊のガキ」


ティーチ「ろくに戦闘にも参加させてもらえなかったから、奴と戦う事は最後まで無かったがなぁ」


 へぇ……親父の見習い海賊の頃か。

 その時の親父って、どんな風だったんだろう?

 アタシが幾ら聞いても、親父は頑として見習い海賊時代前後の自分の話をしてくれないから、分かんないのよねぇ。


ジェーン「ねぇ、親父ぃ。そのロジャーって奴は、どれくらいの強さを持っていたの?」


ティーチ「ゼハハッ。そうだな……一言で言うならば……この世界一の化け物だ」


ジェーン「この世界一の……ばけ……もの?」


ティーチ「そう、この世界一の化け物だ」


 親父の口から放たれたのは、まさかの言葉。

 アタシは、そんな言葉が出てくるとは思わず、思わず呆然としてしまう。


ジェーン「この世界一の化け物……じゃあ、生まれつき化け物みたいな体に生まれついたアタシなんかよりも、ずっとずっと強いの?」


ティーチ「あぁ勿論。今のオメェじゃあ、奴に一撃喰らわす前に地面に叩き伏せられてお終いだ」


ジェーン「そう……なんだ」


 親父の答えを聞いたアタシは、思わず俯いてしまう。

 アタシは、今まで自分と同等の相手とすら戦った事は無かった。

 だから、親父が言う様に、アタシは井の中の蛙なのかもしれない。


ティーチ「なぁ、ジェーン。確かにオメェは、生まれながらに強過ぎる肉体を持って生まれた」


ティーチ「だがよぉ、この世界にはオメェと同等か、オメェ以上に強い力を持った化け物共がいる事も事実だ」


ティーチ「オメェがもし、本当に強くなりてぇなら、新世界に出向け。そして、そいつらと真っ向勝負してみろ」


ティーチ「勿論、巡り合わせや運が悪けりゃあ、戦う事なく生を終えるか、戦う前に命を落とすことになるだろうがなぁ」


ジェーン「……」


 アタシよりも強い奴がいる。

 それも、何人も新世界のあちこちに。


ジェーン「アハハ。アタシ、何だか、ワクワクしてきたよ」


ティーチ「ゼハハハハハハハハハ! そいつぁ海賊らしい考え方じゃねぇか」


ティーチ「まだ見ぬ強敵に、見果てぬ夢とロマン。そして、未知なる宝と財宝」


ジェーン「うん! アタシ、もう少し大きくなったら、新世界に行って色々と見て回ることにするよ」


ティーチ「おう。そうしろ」


ティーチ「ゼハハ! オメェなら出来る」


 親父の励ましの言葉が、アタシの胸に突き刺さる。

 うん。アタシならきっと、大丈夫。

 だって、アタシは親父の娘であり、その親父を海賊王にする為に強くなるんだから。


ジェーン「ねぇ、親父ぃ」


ティーチ「あん?」


ジェーン「もしもの話だけどさぁ」


ティーチ「おう」


ジェーン「アタシが親父を海賊王にするっていう約束を果たせなかったら……どうする?」


 アタシの問いかけに、親父はキョトンとした顔を浮かべる。

 その目に一瞬浮かぶのは、困惑と……失望?


ジェーン(あれ……親父?)


 でも、そんな親父の表情を伺えたのは、瞬きにも満たないほんの一瞬。

 次の瞬間には、親父は再び豪快な笑い声をあげて、アタシの背中をバシバシと叩いてきた。


ティーチ「ゼハハハハハ!! 海賊は生きるも死ぬも運任せ! 夢やロマンは抱いても、それを叶えられる保証なんてものぁ、何処にもありやしねぇ!」


ティーチ「だから俺はなぁ、ジェーン。オメェにこう言いてぇのよ」


ティーチ「俺の事を考えるんじゃなくて、オメェ自身の夢と欲望の為に、海賊として華々しく生きていけってなぁ」


ジェーン「親父……」


 親父の言葉が、アタシの心に深く深く染み渡る。

 

 あぁ、そうか。

 アタシは、アタシが思っていた以上に、親父に愛されていたんだなぁ。


ティーチ「んっ?もうこんな時間か」


ジェーン「おっ、本当だ」


 親父が懐中時計を見て、アタシにそう告げる。

 どうやら、もうすぐ親父が帰る時間みたい。


ジェーン「親父ぃ」


ティーチ「ん?」


ジェーン「ありがとね」


ティーチ「あぁ。俺こそ、オメェの悩みを打ち明けてくれてありがとうな」


 親父とアタシが、互いに礼を言い合う。

 そして親父は立ち上がり、丸太船を進ませる為に、帆を立ち上げていく。


ティーチ「それじゃあな、ジェーン。また来るぜ」


ジェーン「んっ、分かった。気をつけてね、親父」


 これで、今回の親父と共に過ごす時間は終わり。

 通常の親子であれば、その心に一抹の寂しさを抱えながら、静かに別れる事だろう。

 でも、アタシは海賊。

 そんなありきたりな別れ方なんてしてやらない。


ジェーン「親父ぃ!」


ティーチ「あぁ?」


ジェーン「アタシは親父の娘で良かったと、心の底から思っているよ!」


ティーチ「ゼハハ! そうかよ!」


ジェーン「だからね。アタシの熱い熱ーい愛の想いを受け止めて」


ティーチ「あぁ!? そりゃあ、どういうこったっ……てぇえええ! ジェエエエエエエンッ! テメェの銃を俺に構えて、一体何するつもりだぁああああ!?」


ジェーン「フフーン。ちゃあんと愛を持って受け止めきらないと。親父の体が、粉微塵に吹き飛んじゃうよ♪」


 アタシは、あらん限りの覇王色の覇気を纏って、蠱毒ちゃんの銃口へと集中。

 その銃口は、親父の胴体へと向いていた。


ジェーン「親父ぃ♡ これは、あなたという素敵な海賊男への、焼けつく様に迸る愛の証♡」


ジェーン「ちゃあんと、その体で全部受け止め切ってね」


ジェーン「JANE・求凛意童♡(ジェーン・グリード♡」


 アタシは親父への愛しい想いを込めながら、その場で高々と跳躍。

 そして宙に浮いた状態で、蠱毒ちゃんの引き金に手をかけた。


 親父……


 親父ぃ……


 大好きだよぉ……


 この世で一番……


 だから……


 親父ぃ……


 とってもとっても愛してる!!! 



バキュウゥウウウウンン!! 



 アタシが放った黒い雷撃を纏った光線が、ハートの型を型取りながら、轟音と共に発射。

 それは狙い過たず、親父の全身を呑み込んでいった。


ティーチ「ジェエエエエエーン! 今度俺がオメェの元に会いにいった時ぁ、思いっきりケツを引っ叩いてやるからなぁあああああ!」


ジェーン「アハハハハハハ! それじゃあ、次に会う時は鬼ごっこで遊ぶのねぇええええ!」


 親父は、全身を黒焦げにして白煙を噴き上げながら、半壊した丸太船の上で、両腕を振り上げて怒りの声をあげていた。


ジェーン「アハハハハハハハ! じゃーあねぇえええええ! 親父ぃいいいいいい! また会う日までさよぉおおおおならぁあああああ!」


 銃撃の衝撃で、グングンと島へと引き寄せられるアタシは、瞬く間に小さな点となっていく親父に向かって大きく手を振る。


ティーチ「ジェーーーーーン!!」


ジェーン「アハッ♡ キャハハハァアーーー!!!」


 こうしてアタシは、大好きな親父に愛の籠った銃の一撃を撃ち込んで、元いた島の砂浜へと着地するのだった。




●○●○●○




 そして時は流れて、アタシが十五歳を何ヶ月か過ぎた頃。

 親父は、数人の仲間を引き連れて、アタシを黒髭海賊団のクルーの一員として迎えにやってきた。


ラフィット「ホッホッホ。確かにこの娘の様ですね。『黒銃』ジェーン。そしてあなたの実の娘とは」


バージェス「ウィイイイイイッハッハァアアアアアア! 小さななりだが、武装色と見聞色に覇王色の覇気! 更に純粋なパワーとスピードまで高水準の力を有してるとなりゃあ、クルーの一員として申し分ねぇぜぇええ!」


オーガー「そして、私に比べてワンランク落ちる程度の銃撃の使い手。それ程の技量を持つ狙撃手が我らの海賊団の一員となるのも、また巡り合わせなのである」


ドクQ「ハァー……果てなき野望を成し遂げる為にもぉ……ハァー……力に優れた実の娘を仲間に入れるのはぁ……最善の策だっ……はあぁああ……」


 親父と同じ位の背丈を持つ巨漢達。

 それを目の当たりにして、アタシは大きく胸をときめかせていた。


ジェーン(アァ、なんて海賊らしい男達。こんな奴らを仲間に引き込んだなんて。あなたは、やっぱり最高の海賊だよ)


ティーチ「ゼハハハハハハハハハ! それにしても、島のこの惨状はなんだぁ、ジェーン? 全域がまるっきりの焦土になっちまってるみたいだが?」


ジェーン「あぁ。これはねぇ……」


 アタシは、ニィと口元に凶笑を浮かべる。

 そして愛しい親父と、その素敵な仲間達に、事実報告を行った。


ジェーン「アタシが、ぜーんぶ破壊し尽くしてやったの。人も動物も植物も建物も農作物も思い出の品も祈りの場も憩いの場も。ぜーんぶぜーんぶ粉微塵に破壊し尽くしてやったの。こうしてねぇええ」


 アタシの全身から噴き上がる、覇王色の覇気。

 それは、辺り一面に黒い雷撃を絶え間なく撒き散らし、大地を穿ち、天を二つに裂いて海原に巨大な水柱を作り上げていく。


ジェーン「アハハハハハハハハ! もう、これからのアタシには必要のないものだもの! だからぜーんぶ綺麗さっぱりと後腐れないように消し飛ばしてやったのよぉおお!」


 アッハッハッハッと大きな笑い声をあげるアタシ。

 そんなアタシを目の当たりにした親父と仲間達は……


ティーチ「ゼハハハハハハハハハ! あぁ、それでこそ海賊だ、ジェーン! 」


ティーチ「したい事をやり、欲しいものを手に入れる! それこそ正しい海賊の在り方だぜ!」


ラフィット「ホッホッホ。この様子であれば、船の上で、一から我が黒髭海賊団の心構えを教える必要は無さそうですねぇ」


バージェス「ウィイイイイイッハッハァアアアアアア! こいつぁ頼もしいぜぇええ! 俺様とのスパーリングが楽しみだぁああああ!」


オーガー「だが、狙撃の腕だけは、私がしっかりと教え込んで鍛え上げる必要があるのである」


ドクQ「ハァー……じゃあオレは……密かなる暗殺の仕方でも教えるか……はぁあああ……」


 アタシのした事に眉をひそめる事なく、大声で笑って褒めてくれる親父と、その仲間達。

 あぁ、本当に最高だね、親父。


 それからというもの、アタシは黒髭海賊団の一員として行動を共にし、親父と一緒に冒険の日々を送る事になるのだが、それはまた別の話である。


Report Page