黒硝子6

黒硝子6


「よっ、硝太」


裏表のない軽やかな声が聞こえ、未確認の相手を想定していたこちらの敵意が完全に削がれる。


扉を開けた先にいたのは今ガチで知り合った四人。ノブユキにゆき、ケンゴ。そして、女優を辞めた黒川あかね。みな長旅と精神的なものが重なっているのか疲れを感じさせるが、それよりなにか強い意志のようなものが見てとれる。


「みんな?」

「急に悪いな、ちょっと話がしたい」


敵意が削がれたとはいえ、急な来訪に驚いて固まっているこちらを解すようにケンゴが外の方を指さす。


「ちょっとって───どれぐらい?」

「んー4、5時間?」

「長いわ」


ちょっとと言いながら全然ちょっとじゃないケンゴの発言に突っ込みながらも頭を回す。

わざわざ今ガチのみんなが集まってまでする話。それも電話やL〇NE越しではなくわざわざ遠い田舎まで来るほどの用事だ。まず僕、もしくはお母さんに関係することで無関係では無い。そして4、5時間もかけるということは恐らく遠出。話すのは長くても1時間と考えると片道2時間程度使える計算になる。2時間あれば地方都市程度余裕で行ける。

そしてそこまでしなければならない話──やはり予想はできない。皆強い意志を持っていることからそんな簡単な話では無いことは確かだ。

それに仕事が忙しいだろうあかねがいる。彼女はアクアマリンの元カノ。別れた理由も互いを思ってのことだったことから僕に言いたい言葉の一つや二つあるだろう。もちろんそれは受け入れる。

様々な要素が混ざっているが結論を出さなくては皆をただ待たせるだけだ。みんなの様子からして僕が結論を出すまでずっとこの場にいるつもりだろう。

となれば早く動くことに越したことはない。少し待たせることになるがそればかりは許してもらうしかない。


「OK、昼飯食うからちょっと待ってて」


◇◇◇

「ごめん、お母さん。晩御飯頼んでもいい?」


空きっ腹に昼飯を流し込み、最低限動ける体勢を整えたあとお母さんに声をかける。


「そんな心配しないで、楽しんでらっしゃい」


お母さんは今ガチのメンバーが集まったと聞いた時から何やら楽しそうだ。MEMちょが亡くなって以降の話なので楽しくなる要素なんて無いと思う。これから僕は石を投げられ、自分の罪と対峙することになるのだから。しかしお母さんはノブユキ達の話の内容がわかっていて、尚且つそれが嬉しいものと知っているかのように上機嫌だ。


「さっきの話は?」

「その話は帰ってきてからでいいから」


あのタイミングで切り出そうとしたお母さんの話はもちろん気になる。だが、お母さんは「その話ならいつでも出来るから」と自分を納得させるように言う。


「たまには肩肘張らずに友達と楽しんでらっしゃい」

「...わかったよ」


とうのお母さんにここまで言われたら引き下がることは出来ない。

心配事はあるがそれを上げ続けたところでキリがない。それならここで腹を決めてしまった方がいい。


お母さんの言葉に頷いて荷物を纏める。荷物、とは言ってもそんな大したものじゃない。スマホに財布。東京にいた頃はもっと色々持っていたが田舎にきて半年以上いて染まってしまったのかもう必要ないように感じてしまった。軽装の方がいざと言う時に動きやすいのは間違いないし必要ないものを持っていくこともない、というのは当然のことだ。


『変わったお前を見てみんなはなんて言うんだろうな。身内を見捨てた大量殺人鬼になんて思うんだろうな』


亡霊がこちらの心を見据えたようなことを言い放つ。聞き慣れた、しかし不快にさせる声。振り向かなくてもわかる。そこに居るのは間違いなく僕だ。姿形こそ真似ていないが僕の脆弱な精神から漏れ出た生霊の類だ。


『これから何をするつもりだ?みんなが必死に集めた情報を対価もなく受け取り、こちらは何も公開せずにそのまま帰らせるつもりか?』


当然僕なので僕自身に無視されるということに気付いており、好き勝手に会話を続けてくる。いや、こちらが受け取らない以上それは会話ではなく自分が迷っているだけだろう。

MEMちょを、友人を見捨てるしか取れる選択はなかったのか。お母さんの為と言いながらあの時点でお母さんを守りながらもMEMちょを殺した犯人を特定する方法があったはずだ。それさえ出来れば警察にその犯人を捕まえてもらい今頃お母さんと共に苺プロで仕事が出来ていたのではないか。

そんなことを心の底では思ってるから僕はまだ迷ってる。過ぎたことをこれ以上ねじ曲げることはできないのにいつまで僕はこうやって「何か出来たはずだ」と言い続ける気だ。自分の意思なのに、自分で制御出来ないのが不思議でそう思う度に《《力》》が広がり続けることもずっと不思議でたまらない。

─それではまるで僕の精神に付随する《《コイツ》》そのものが本物の斎藤硝太で僕は偽物のようじゃないか


「それじゃあ、行くね」

「行ってらっしゃい」


胸の内に潜むものを否定して玄関の扉を開ける。行ってきます、と言おうとしたが自然と理性がそれを止めた。行ってきますは帰ってくることを保証する言葉。今の僕に保証できるものは無い。


見送ってくれたお母さんの姿を確かめるように確認したあと、玄関の扉を閉じた。


◇◇◇


外を出ると別の場所で食事していると思っていたはずの今ガチメンバーが近くの空き地で何やら話をしていた。神妙な面持ちで語る姿は近くにいるはずの僕を認識できないほど集中しており、只事では無い雰囲気を醸し出している。


無理もない。今ガチが終わって以降こうして集まることはそれほど多くは無いとはいえ共演者のMEMちょとアクアマリンが死にその原因であろう自分が今この場にいるのだから。

彼らのことだ。仮に僕が原因だったと結論付けたとしても恨んではいない。恨む理由すらあげてこない。とはいえ綺麗さっぱり禍根を残さずにいられるかと言われればそれは別の話だ。


「ごめん、待たせた」


本当ならここで聞き耳を立てて少しでも情報を得たかったが、友人相手にそれをするほど自分も恩知らずではない。


素直に声をかけて全員の視線をこちらに向かせる。


「大丈夫、そんなに待っていないから」


僕の姿を確認するとまず最初にこちらの後悔を読み取るようにあかねがその言葉に答えた。

恐らくアクアマリンとのデートでもよくやったような掛け合いだったのだろう。音の響きが懐かしい。


「よし、行こうぜ」


不穏な雰囲気を感じたのか妙にそういうところに敏感なノブが話を切り上げる。それに僕を除く全員が頷いて歩き始める。

歩き始める──のはいいが一人だけ何処に行くのかも何をするのかも分からないこちらからするとかなり不安だ。


「行くって何処にさ」


そんなことを欠片も考えていないだろう今ガチメンバーの後ろについて行きながらも当然の疑問をぶつける。

すると全員顔を見合せた後代表するようにケンゴがこちらを振り向いて言った


「とりあえずゲーセン行くか」

Report Page