黒硝子2
MEMちょの葬式は彼女と関わりのあるYouTuberや苺プロを中心として多くの人が呼ばれた。
「...硝太」
「みなさん」
およそ1ヶ月ぶりに会った苺プロのみんなはお母さん程とは言わないが憔悴しきっており、お母さんの杖代わりをしながら隣に歩く僕を見る大半の人の目には光が灯っていなかった。
その中でも部屋の片隅でずっと顔をあげない少女の元にお母さん押して向かう。
「...有馬先輩」
少女、有馬かなは記憶にある強気だが打たれ弱い少女だったので落ち込んでいるだろうと思っていた。実際落ち込んではいたがその落ち込み方が予想の範疇を超えていた。ただでさえ細身で小さかった身体は痩せ細り、立つこともままならないのか近くの壁に身を預けたまま、涙も枯れたのか下を俯いたまま「ごめんなさい」と繰り返し嘆いている。
「私のせいだ...私が、MEMちょを一人にしたから...」
「先輩のせいじゃないよ」
出来るだけ優しい声で有馬に声をかける。MEMちょの死んだ時の姿を聞いた僕に出来るのは、それしかない。
「でもっ...!私がいてあげたら...!」
「...」
その時自分がいたら、なんて言葉を言われてしまったら、僕は否定ができない。アクアマリンとルビーの時も、僕がその場にいたなら二人を逃がすことぐらいなら出来ていたはずだ。有馬の気持ちは痛いほど伝わってくる。
肺を掴まれて押しつぶされるような苦しさと痛みが走る。近くで見ているだけの自分がそれほど痛いのだから有馬はそれ以上に痛いに決まっている。
葬式に来る直前に聞いた話だが、MEMちょは僕が一人勝手に逃げた後も、YouTuberの活動を停止してまで有馬や他の人たちの心のケアの方に回っていたらしい。そしてやっと有馬達の心が前向きになった時、歩道に入ってきた車に轢かれたようだ。
それも、有馬と別れた直後に。
あと少し、一緒にいたのなら車に轢かれることは無かった。そう思う度に罪悪感は決して崩れない積み木のように積み上がり重みを増していく。
その上車はその場から逃げ、後に車は見つかったものの、中には誰もいなかったのだから罪悪感は余計に積み上がる。
「ごめんなさい。何も出来なくて」
「みやこさん...ううっ、うあー!」
お母さんがそういうと僕の肩から手を離してうずくまろうとする有馬の頭を撫でて抱きしめる。抱きしめられた有馬先輩が産まれたての子供のように泣きじゃくる。
自分は何も出来なかった。ただ呆然と立つだけで、腕も一本も動きはしなかった。逃げた自分が彼女にかけられる慰めなんて、何も無いのだから。
そこに一人の女性の気配が来る。感じたことの無い人の気配に警戒しながら振り向くとそこにはあったことはない筈なのにどこか見覚えがある女性がでてきた。
「斉藤硝太君ですか?」
「MEM...のお母さん」
女性、MEMちょの母親は黙ったまま頷く。仕事の疲れから倒れてしまったことがあるとはいえMEMちょの夢を1番応援していた母親だ。この中でも1番辛いだろうに気丈に振舞っている。
「この度は心よりお悔やみ申し上げます」
「いえ。あの子と仲良くして下さり、ありがとうございました...貴方のことは、娘から何度も聞いてました。弟のような子がいる、と」
こちらもMEMちょのことは新しい姉のように思っていたし何度も甘えていた。MEMちょが彼女の母親に伝えた言い方からしてそれは彼女の中で辛い記憶ではなかったようだ。
そう思うと自分が苺プロを捨てて逃げたことがどれだけ非道なのかを思い知らされる。MEMちょは僕が逃げても決して斉藤硝太という男を恨まなかった。自分も辛いだろうに動画投稿の仕事すらほかって精神ケアの方に動けるのは小さい頃の僕らを育ててくれたお母さんと状況が重なる。
これでは、何より嫌った自分の父親と同じだ。こんなことならMEMちょに恨み言言われて復讐として彼女に殺されてしまった方がよかった。それならMEMちょも気負う必要はなかっただろうに。
「優しい、人でした。僕が殺したも同然だ...」
「最後にあの子の顔を見てあげてください。貴方に、会いたがっていたので」
「ありがとう、ございます...」
MEMちょの母親に頭を下げて有馬を慰めたあとの母親と共にMEMちょの入った棺桶の目の前に立つ。
MEMちょが車に引かれたということはMEMちょの遺体はそこまで綺麗な形をしていないかもしれない。僕はともかく、お母さんがそれを見たらアクアマリンとルビーのことを思い出してまたトラウマになってしまうかもしれない。もしそうなるならMEMちょには悪いが見た振りをしてもらうしかない。
「お母さん、僕がいいって言うまで中は見ちゃダメだからね」
「大丈夫よ」
強がっているお母さんを横目に見て牽制しながら棺桶に入ったMEMちょの顔を覗き込む。
「───っ!」
そこには綺麗な顔をしたMEMちょの遺体が置いてあった。事故にあったと言う割には遺体は綺麗で死装束をきたMEMちょは何度も見たことがある彼女の寝顔と同じで頬をつつけば目を覚ましそうなほど静かに、安らかに眠っている。
泣き叫びたくなるのを必死に抑える。この場には僕なんかよりMEMちょのことを大切に思って彼女の死を受け入れられない人が沢山いるのだから。
そんな中MEMちょの顔を見ているとふと、違和感を感じた。最初から、なんならこの会場に入った時から感じていたような気もする違和感は見れば見るほど強くなる。
─綺麗な死に顔。
死に化粧だとしても流石に綺麗すぎる。
─亡くなったタイミング
有馬と別れた直後に轢かれた。都合が悪すぎる。
─MEMちょから感じる意志のような叫び。
一見普通の顔に見えるがそこには何かしこりのようなものが見える。
脳が勝手に理論的なものでは無い、感情的な形で式を組み立てて計算していく。違和感を取り去る為だけの答えは、全身の力を奪うほどの衝撃を生み出すには十分すぎた。
「なんで、こんなっ...!」
「硝太」
足元が崩れそうになるがお母さんを支えていることを思い出し、足元に強く力を入れてなんとか踏みとどまる。
心配そうに見てきたお母さんが頭を撫でてくれる。
「大丈夫?」
「大丈夫...じゃない」
大丈夫な訳が無い。
MEMちょのあった事故は事故じゃない。計算された殺人だ。誰かを納得させられるような根拠が揃っているわけでもないがそう考えると湧き上がってきた疑問が全て解決する。
アイの呪いと呼ばれた『15年の嘘』のスポンサーなどに起こった事故死も。アクアマリンとルビーを明らかに見せつけるように殺したのも。少し期間を離れさせてまでMEMちょを事故に見せかけて殺したのも。
犯人の第一の目的は恐らく『15年の嘘』の製作中止、或いはアクアマリンとルビー。アクアマリンとルビーの殺した方は明らかに他のものとは殺意が違う。ほかの殺人はゲームのボタンを押すような『過程』の殺人に対して二人だけは『結果』の殺人。そう考えれば悪趣味な殺した方も納得出来なくもない。
そしてこの場合MEMちょも『過程』の殺人となる。ならそこから導かれる『結果』は誰か。
──苺プロそのもの。或いは星野アイの身内。つまり僕らだ。
気になるのはアイの父親代わりにして苺プロ元社長にして顔も知らない父親だが、そんなやつは今更どうでもいい。ターゲットは、アイの母親代わりの斉藤ミヤコ。お母さんしかありえない。
普通なら、二人を殺した時点で防御は固くなるかもしれないがそれでも殺すのは不可能では無いだろう。苺プロの場所、つまりお母さんの居場所なんて調べればすぐわかる。誤算だったのは僕がお母さんを田舎に引きこもらせた事。
いくら人殺しができると言っても場所が分からなければ殺しようがない。だから犯人は別の方法を考えた。
場所が分からないから呼んでしまえばいい。呼べないのなら、誘導してしまえばいい。
「人殺しが...」
周囲の気圧が高まったような錯覚に陥る。その中で針のような鋭くて細く、そして硬い意思──否、殺意が向いている。
当然だ。この推理が当たっているのならMEMちょが死んだのは全て僕のせいだ。僕が勝手に逃げたせいでMEMちょが死んでMEMちょの母親や有馬を傷付けた。
MEMちょにもやりたかったことがあるだろうに。それを否定するように勝手に動いた自分だけが生き残り、誰かのために動いたMEMちょが死に、お母さんは心を痛める。この世界は悪人に都合がよく作られている、と誰かが言っていたがまさにその通りだ。
「いいよ。お母さん、MEMちょに挨拶を」
「ええ」
お母さんがMEMちょの死に顔を見ている間も殺意は決して揺れることなく、変わらず向いている。
お母さんが離れたのを確認して殺意を出してこちらを見てきている他人を警戒しながらMEMちょから離れた。
お母さんの顔は当然沈んでいてとても話が出来るような雰囲気では無い。当然だ。僕が勝手にやったとはいえ、お母さんもMEMちょの亡くなった現場にはいなかった。後悔もある。
「硝太、もうやめましょ」
だから、お母さんの口からこういう言葉が出てくるのは、予想通りだった。