黄泉の竈にメシは無し
「……腹減ったぁ〜〜」
味気ない岩陰にもたれ、荒野の真ん中で口を開いた青年がひとり。
彼の名前はモンキー・D・ルフィ。
海賊王を目指す男である。
そんな彼は今、猛烈に腹が空いていた。
黄泉の竈にメシは無し
突如として迷い込んだ謎の世界。謎の霧に包まれ分断されるまで行動を共にしていたブルックは思い当たる節があったようで「ルフィさん、この世界の食べ物は絶対に口にしないでくださいね!!」と念を押された為、途中道で見つけた柘榴や林檎はなんとか我慢したが、もしも肉が成る木が目の前にあったらまずかったかもしれない。
グゥ〜ギュルル
盛大な腹の音が何もない空間に虚しく響き渡る。
(サンジのメシ、食いてぇな…)
思わず、サニー号のコックの姿と、彼の料理を思い出す。
…思い出せば思い出す程、腹の虫は切なく鳴くので、とにかくきつく目を瞑り空腹以外に意識を向けようとした。
その時。
とん、と微かな音がした。
ゆっくりと目を開くと、目の前にあったのは先程まで思い出していたコックが離脱騒ぎを起こした際、雨と泥に塗れても届けてくれた重箱で。
思わず飛びつき蓋を開いたその瞬間、美味しそうな香りがぶわりと荒野に広がった。
***
開けてすぐ目に飛び込んできたのは、彼の好物である肉だった。
大きなそれはこんがりと焼かれ、分厚い身は食べ応えのありそうな弾力を見た目だけでも伝えてくる。
その隣に添えられたパスタもまた、肉に負けない光沢を放っている。
中段にはカレーライス。ご飯はひとつひとつ粒立ち、ほんのりルーに溶けたにんじんやじゃがいもは、見ているだけで涎ものだ。
しかしそれだけではない。カレーライスの横に詰められたサンドイッチには鮮やかなトマトとレタス、ハムが白い柔らかな生地に挟まって眠っているし、堂々と存在するハンバーガーには、肉厚のパティとそれを覆うチーズが俺を食べろと主張する。
下段の秋刀魚も食べごろだ。丸々とした身は今にもほろほろ崩れそうな絶妙な柔らかさを見るだけで伝えてくる。
いつのまにか重箱の脇には上等な酒と宝石にも負けないくらいに輝く蜜柑、そして艶めくチョコレートが添えられている。
いつもならゆっくりと中身を眺める暇もなく食事にありついていただろう。
けれど彼は、仲間の警告と、ほんの僅かな違和感に手を止めた。
その手に、何処からか細く生白い手が添えられる。
「コレは、食べちゃダメよ。」
声の先で、金髪の女性が微笑んでいた。
○○○
「ごめんなさい」
貴方、きっとお腹が空いているのよね。
でもこれを食べたら、貴方は大切な人たちのところに帰れなくなってしまうから。
一方的にそう言った女性は重箱をルフィの手から遠ざけた。
誰かの面影のある女性を呼び止めようとして、はく、と掠れた空気しか漏れ出ないことに気がつく。
「ここの食べ物では誰も笑顔になれないの。でも、向こうには貴方の為にご飯を作ってくれる、貴方を笑顔にしてくれる人が居るでしょう?」
そう言って笑う彼女に、仲間の笑顔が重なる。
光源がないのに、さらりと輝く金髪は、仲間のコックのものによく似ていた。
ーーー何処からか、自分の名前を呼ぶ仲間の声がする。
ハッとして振り返れば、駆けてくるのは霧で逸れた音楽家と、そして仲間のコック。
「おい、おまえ、」
もしかしてサンジのーーー。
再度視線を戻した先には、女性も料理ももう居ない。
ただ、何処からか飛んできた一匹の蝶が、ゆらりとソラに消えていった。