麦わらの一味、離散 シャボンディ諸島にて

麦わらの一味、離散 シャボンディ諸島にて

No.9 >>104

ルフィ「全員! 逃げることだけを考えろ!! 今のおれ達じゃあ、こいつらには勝てねェ!!」

 ルフィの怒号に散り散りに逃げ出す麦わらの一味。激しい戦闘を繰り広げ、かつての海賊王の船員の手を借りながら、“海軍大将”黄猿、“化学部隊隊長”戦桃丸、“平和主義者”パシフィスタから逃げていく。

 3日後にサニー号に集合する。

 そのために、今持つすべての力を振り絞って逃げる。

 ──こんなこと、出航してから一度だってなかった。

 東の海でも、偉大なる航路でも、新世界でも……。ルフィと私と、仲間達が力を合わせて、逃げの一手しか打てないなんてことはなかった。

 これが新世界への入り口?

 それはなんて──。

 そんな私たちの絶望をひと押しするように、それは現れた。

 

ウタ「な──」

くま「待て……『PX-1』!」

 

 現れたのは、“王下七武海”『暴君』バーソロミュー・くま。

 先日、スリラーバーグで同じ七武海のゲッコー・モリアと戦い満身創痍だった私達一味を、独りで壊滅させかけたバケモノ。

 私が、機械音声と肉声を聞き間違えるハズがない。こいつは、本物だ。

 くまが、ゾロに声をかける。

くま「旅行をするなら、どこへ行きたい……?」

ウソップ「逃げ……」

ウタ「え……」

 私は見てしまった。ウソップが手を伸ばしてゾロを立ち上がらせようとするその目の前で、ゾロが消失してしまう瞬間を。

ルフィ「……? あれ?? ゾロ!? ……ゾロ!!? おい!! あいつゾロに何したんだ!? どこに消した!!」

 ルフィが敵である戦桃丸に食ってかかるも、敵である戦桃丸にはまともに答える義理があるはずもない。

ウタ「あ……あ……」

 情けない。

 本当に情けないことに、私はその場にへなへなとへたりこんでしまった。

 七武海が来たということにではない。戦力差への絶望でもない。

 ただ、大切な人が──私の手の届くところにいたはずの大切な仲間が、私の力が及ばずに目の前で消えてしまった事実が、私のココロに穿たれた、古く深い傷を抉った。

ルフィ「とにかく全員ここから逃げろ!! 後は助かってから考えろォ!!」 

 ルフィの船長命令が飛ぶ。

 わかってる。分かってる。理解ってる。のに。

 足が、体が言うことを聞かない──。

ブルック「危ないですよウタさん!! お守りします! 命に代えても、あ、私もう死ん……」 

 ぱっ

 目の前でくまの腕が振るわれると同時に、私を庇ったブルックが消える。

 ブルックの名を呼ぶウソップの声。私とウソップを逃がすためにくまに向かっていくサンジ。

ルフィ「逃げろサンジ逃げてくれー!!!」

 あっけなく消される、ウソップにサンジ。

 ……私の、私達の夢は、ここまでなの──?

 ──違う。違う。……そんなこと、認めてやるもんか。

 夢の果てを見るためなら、私は海賊にだって悪魔にだってなってやる。そう決意をして、ようやくここまで来たじゃないか。だから、まだ──

ウタ「────っ!」 

 突如頭の中に溢れる、知らないメロディー、知らないフレーズ。

 妖しく、禍々しく、厳かなその楽曲に私は恐怖を覚える。でも、この楽曲ならば、この戦況を覆せる。そんな確信を持たせるような曲だった。

 なら、私に覚悟はいらない。

 覚悟は、遠い昔に既にしているから──。

ウタ「ᚷᚨᚺ ᛉᚨ──」

 だけど、現実は優しくはない。音楽のように、都合よくテンポ(ルール)を守ってはくれない。

 喉に走る激痛。

 体が浮き、気が付けば地面を転がっていた。

ウタ「ゲホっ、げほっ! かはっ……!」

 せき込みながら、喉に手を当てる。

 くそ、喉を潰された。これじゃあ、私は何も……っ!

黄猿「おっと“歌姫”ェ、あんたを歌わせるわけにゃあいかないねェ」

レイリー「ハァ、ハァ……、私が相手をしながら手を出させてしまうとは……! 歳は取りたくないものだ……!」

黄猿「その隙を縫って “海軍大将”に血を流させておいてまだ欲張られちゃあ、わっしの立つ瀬がないい。いい加減にしなさいよ」 

 違う、まだ終わっちゃいない。私の力はウタウタの能力だけじゃない。立てるうちは、この体が動くうちはまだ諦めちゃいけないんだ──。

ウタ「…………ぁぁ」

 私が立ち上がるまでの間に、フランキーが、ナミが、チョッパーが、ロビンが。ルフィの抵抗も空しく、次々と消えていく。

ルフィ「ゼェ……ゼェ……、逃げろ、ウタ……」

 今にも泣き出しそうなルフィの声に、私の体は歌を歌う時のように勝手に動いていた。

 たぶんこの一味の中で、私だけが知っているから。

ルフィがどれだけ弱虫で、泣き虫で、寂しがり屋であるのかを。

だから、私が傍にいてあげないと。  

ウタ「ル゛フィ゛──」

ルフィ「ウタ、止め──」

 だけどルフィの傍に立つってことは、今はバーソロミュー・くまの前に立つってことだから、だからもう、ずっとは一緒に居られないんだ。

 目の前に、くまの手が迫る。

 あーあ、もっと自分の能力と向き合っておけば、また違う未来があったのかなぁ。

 ごめんね、シャンクス。置いて行ったことの文句を言いに行きたかったけど、できそうにないや。

 ごめんねエース、約束、守れそうにないや。

 ごめんねルフィ、傍にいてあげられなさそうで。

ウタ(……ルフィ、大好きだよ)

 私のたった一人の親友。

 せめてルフィが私を思い出すときには、笑顔を思い出して欲しくって、私はルフィに笑いかけた。

 もう、二度と会えないかもしれない。

 置いて行くことになるけど、許してね。

 体に肉球が当たるような感触がして、私は意識を失った──

ルフィ「……仲間も゛友達も゛……!! 救えな゛い゛っ……!!!」

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