麦わらのルフィ処刑、ローグタウンにて

麦わらのルフィ処刑、ローグタウンにて


────ローグタウン。そこはかつて海賊王が処刑された、始まりと終わりの町。

そんな町に、とある島を支配していた魚人達から人々の自由と仲間を取り返した、六人の海賊達が上陸した。

その内の一人である、赤と白のツートンカラーヘアー少女・ウタは───


「む~~~~!」


もう一人の仲間である剣士・ゾロへ…正確には、彼が腰に収めた二本の刀『三代鬼徹』、『雪走』へとジトっとした視線を向けていた。


「……なんだウタ。なんか文句でもあんのか」

「別にぃ~~?私が路上で歌を披露して小銭稼ぎしてまで新しい槍を買ったのに、ゾロはタダで良い刀を二本も貰ったからといって、何それずるいなぁ~なんて思ってないからねぇ~~」

「嘘つけめちゃくちゃ思ってるじゃねぇか」


そう言って、ウタは肩に担ぎながら新しく買った槍を手に持ち、曇天に染まりつつある空を見上げた。

フーシャ村に居た時から使用していた鉄パイプを船出した後ルフィと一緒に渦に飲まれて紛失して以降は、ルフィがアルビダ海賊団から船を一隻奪…貰った際、ついでに彼らの船にあったデッキブラシをかっぱらって以降はそれで間に合わせてきた。

しかし、そろそろデッキブラシで戦うのはかっこよくないし可愛くないと思い、こうして手頃な槍を購入したわけだ。

…したわけだが、先に武器屋へ到着していたゾロはあろうことか妖刀と勝負をしており、一歩間違えれば左腕が彼の体からオサラバしていただろう。

結果的には鬼徹の呪いを跳ね除け、左腕は今もゾロに繋がったままだが、ドアを開けた瞬間に仲間の自傷行為を目撃したウタは思わず言葉を失っていた。


「まったく、あんな危ない事はもうやめてよね!もしまた同じことしたら、足の小指を蚊に刺され続ける呪いをかけてやるんだから!」

「なんだその地味に嫌な呪い⁉ やめろよ!」

「だったら気を付けて──ん?あっ、サンジ!ウソップ!」


二人が軽口を叩き合っていると、見覚えのある顔──象の様な長い鼻と牙を二本持った魚を担ぐサンジとウソップの姿が見えた。


「!ウタちゅぅわ~~ん♡なんだかさっきより一層凛々しくなって──って、なんでお前がウタちゃんと一緒に居るんだよ!」

「あぁ?てめぇには関係ねぇだろうがよ…」

「うぉぉぉいサンジぃ⁉いきなり暴れんなよ!これ結構重いんだからな!」


ウタの姿を見てテンションを上げていたサンジがウタと一緒に歩いていたゾロにガンを飛ばし、サンジがいきなり動いたことで担いでいたエレファントマグロを落としそうになったウソップは慌ててバランスを取りながらツッコミを入れる。


「……道の真ん中でなにやってんのよアンタ達」

「あ、ナミ!」


更にそこへ、大量の服を詰め込んだバッグを背負ったナミが三人の前に現れた。


「うわー、すっごい荷物。もしかしてこれ全部服?」

「まぁね。うちの男どもはファッションに興味がない連中ばっかりだし、アンタに至っては女の子なのに白いシャツと黒ズボンとか可愛げのない服しかないじゃない。

後その…瓢箪のマーク?が刺繍された水色のアームカバー、初めて会った時から付けてるけど、それ何?」

「ん~…確かにこればっかりだと、なんか飽きてきちゃうなぁ。

それと!これは瓢箪じゃなくて、ルフィとの『新時代』のマーク!いくらナミでもこれを悪く言ったら怒るからね!」

「ちょっとちょっと、落ち着きなさい!別に悪いとは言ってないでしょ……それにしても、『新時代』のマークねぇ」

「そう!私とルフィ、私達の『新時代』のマーク。

……いつかシャンクスと再会して、私がルフィと分かれることになっても、必ずお互いの描く『新時代』を作ろうっていう"誓い"!」


そう左腕のアームカバーに刻まれたマークを見せながら「ムフー」と嬉しそうに語るウタに、ナミとウソップは「あのマークにそんな意味があったんだ」と驚き、サンジは心中で「まるで結婚指輪みてェだな」と紫煙を吐き捨てながら自身の船長へ嫉妬し、ゾロは自身の幼馴染と先程会った幼馴染のそっくりさんの事を思い出していた。


「…あ、そうそう。ルフィと言えば、そろそろアイツ呼びに行った方がいいかな?確か処刑台の方にいると思うけど」

「そうね……さっき気圧が変わって一雨来そうだから、早めに出航した方が良いかもね」

「雨降るの?だったら早く連れ戻さないと…ちょっと先に行ってるね!」

「あ、ちょっとウタ!」


雨が降る。それはつまり海が荒れる可能性がある事を指しており、ナミという優秀すぎる航海士がいるとはいえ、荒波の上を航海することは能力者であるウタとルフィが海に落ちてしまう危険性が高まってしまう可能性がある事も指していた。

彼女はまだ海が比較的荒れていないうちに海に出ようと、ここに居ない船長を呼びに行こうとナミ達より先に走り出す。


(──それにしても、海賊王…か)


──未知なる海"偉大なる航路(グランドライン)"を制覇し、海賊王という偉大な称号を手にした男、ゴールド・ロジャー。


『おれの財宝か?欲しけりゃくれてやる。探せ!この世のすべてをそこに置いてきた』


そんな彼が最期に放った、"ワンピース"という『ひと繋ぎの大秘宝』の存在を暗示させる一言は、この海に海賊たちを生み出すきっかけを生み出し、新たな新時代を作り上げた。

今自分が居るこの町で、古い時代の終わりと新しい時代の始まりを創造した海賊王に人々は、新たなロマンを作り上げた偉大なる男であるというポジティブな評価と、この世界を引っ掻き回して人々を傷つける海賊共を海に出してしまった最低のクズというネガティブな評価を上げている。


(そして私は後者……海賊王の作った新しい時代を、大海賊時代を作った彼の事は、あまり好きになれない)


彼女は基本的に、ルフィやシャンクスといった例外を除いて、海賊が嫌いだった。

今まで出会ってきた海賊は皆、平気な顔で人の平穏と幸福を壊し、他人のモノを笑って強奪し、踏みにじっていく。今までの旅の中で、その事実を嫌という位に思い知らされた。

故に、そんな海賊達を海に駆り立てる様に促したロジャーの事を、ウタは好きになれずにいた。


(だから私が、私達が新世界を…歌で皆が自由で幸せになれる、そんな新時代を作らないと……っと、そろそろかな)


改めて『新時代』への誓いを固めていると、今や観光名所となった海賊王の最期を彩る処刑台がある広場へと近づいてきている事に気付く。

しかし何かが変だという事にも、彼女は気付いた。

その広場には、無数の人だかりが出来ていた。まるで何かを見ようとしている様などよめきと、まるでこれから祭りでも始まるのかという位の雄たけびを響かせながら。

一体何が起こっているのかと思い、ウタは人々の視線の先に目を向ける。


「これよりハデ死刑を、公開執行する!!」

「いやだぁーーっ!」


視線の先に映った処刑台の上には、剣を片手に両腕を広げて高らかに宣誓を行う赤い鼻が特徴的な男・道化のバギーと、首と両手首を処刑用の器具でうつ伏せになりながら押さえつけられた幼馴染・麦わらのルフィの姿があった。


「・・・・・な、なにやってるのあのバカ!?」


あまりの光景に一瞬思考が停止するも、首と両手を封じ込まれて逃げることのできない幼馴染の絶叫で我に返ったウタは、新しく買ったばかりの槍片手に駆け出した。


「──んん?あの赤と白の髪の女は……」

「っ! ウタァ‼助けてくれぇーーー!」


そんな彼女の姿を偶然目にしたバギーは、オレンジの町で自分の足元にいるクソゴムと一緒に己をコケにしたシャンクスの娘が来たことに気付き、同じくウタの姿に気付いたルフィは必死に助けてくれと叫んでいた。


「言われ、なくてもっ!!」


そう言って彼女は槍を構えるとそれを地面に突き刺し、大きく体重を掛けながらしならせると、まるで棒高跳びの様に多く屯している一般人の上を飛び越え、バギーの部下達が集う処刑台近くへと降り立った。


「ハァ、ふぅっ。ルフィ、今助けるから───きゃぁ!?」

「ウタァっ⁉」


処刑台近くへとやって来たウタがルフィを救出しようと柄を持った手に力を入れると、彼女の下へと降りかかった金棒が轟音を響かせながら地面を砕いた。

間一髪攻撃を回避したウタが前を向くと、整った容姿にハットを被った美女が笑みを浮かべながらデカい金棒を持ち上げて肩に担いでいた。


「久しぶりだねぇウタ、あの時の借りを返しに来たよ」

「?……あなた誰?ていうか、あの時の借りって何よ?」

「おーいウタ!びっくりすると思うけど、そいつアルビダみたいなんだ!まじで信じられねぇけど!」


美女はウタの方を見ながらそう語るが、当の本人は一体なんの借りがあるのかどころか、目の前の女性に見覚えが無いために混乱していた。

それを処刑台の上で見ていたルフィは、彼女の正体がかつてコビーを雑用としてこき使っていた女海賊・金棒のアルビダであると伝える。

だがアルビダの名を聞いたウタの脳裏には、丸々太っているけばけばしいおばさんの姿しか思い浮かべられず、そんな訳がないと手を振った。


「アルビダ?……いやいやいや、流石に噓でしょ?あのおばさんがこんな美女なわけないじゃん」

「いや、あいつの言ってることは真実さ。

確かにかつてのアタシは、今の様な美しさが足りなかった……けれど悪魔の実『スベスベの実』を食べて変わった! あの時と大きく変わったのはあんたが気付いた通り、そばかすが消えたこと…!」

「いや、そこじゃないけど」


ビフォーアフターが全く合致しないがどうやら真実らしく、自身の頬を撫でながらウットリした声で悦に入るアルビダに、困惑しながらもツッコむウタ。


「そして"借り"っていうのは、あんたがかつてルフィと共にアタシの美しさを貶したこと!いくらアタシの美しさに口出し出来る程度には可愛い顔をしてるからとはいえ、そんなあなたを放置していてはアタシの"沽券"にかかわる!

故にルフィはこれからバギーによって処刑され、あんたはこのアタシの手でこの金棒に血のシミを残す事になる!…けど安心しなさい。同じ女として愛する者より先に死ぬのは可哀そうだから、あんたを殺すのはルフィが死んだ後にしてあげる♡」

「ふざけないでっ!」


彼女の言葉を聞いて怒り心頭になりながら駆け出したウタは、手に持った槍をアルビダにむけて振りかぶった。


「“フォルティッシモ”!」

 

新しく買った槍によるなぎ払いが彼女の胴体に当たる、そう思ったが同時に刃は「ぬるんっ」とアルビダの体をスリップした。


「あれっ───」

「言っただろ?アタシは『スベスベの実』を食べて変わった。その程度の攻撃じゃあ、アタシの美肌には傷ひとつ付けることは出来ないの…さッ!」


それによりバランスを崩したウタはその隙にアルビダの金棒を胴体に食らってしまい、苦痛の悲鳴を上げて大きくバウンドしながら地面を転がった。


「あぐッ…ゲホっ!」

「ウタっ!? おいお前!これ以上ウタを傷つけたら許さねぇぞ!」

「おいおい、仲間の心配をしてる余裕なんてあるのかぁ?麦わらぁ!他人の心配よりまずはてめぇの心配でもしてろ!ギャハハハハハハハ!」


苦しそうに咳き込む幼馴染の姿にルフィが怒りの声を上げ、バギーは二人を嘲笑う様に部下たちと笑い声を広場に響かせていた。

一方のウタは腹の激痛に悶えながらも立ち上がろうとするが、その前にアルビダがウタの首を掴んで持ち上げ、彼女の口から更なる苦痛の声を漏れた。


「うっ、ぐぅぅ…」

「残念だったねぇウタ。その顔を見るに、今まで苦戦らしい苦戦をした事がないみたいだけど、この海において"油断"は"死"を意味してるのさ。呪うなら、己の未熟さを呪いな」


ウタは必死にもがくが、大きな金棒を軽々と持ち上げられるアルビダの力からは逃れられず、腕を殴って手を離させようとしても滑ってダメージを与える事すら出来ない。更には首を掴まれたことで上手く声を出せず、奥の手である筈のウタウタの実の能力を使う事も出来ない。

───ウタはルフィを助けようと返り討ちにあい、アルビダを前に敗北した。


「さて、麦わらのルフィ。偉大な海賊王の処刑台の上で、幼馴染に看取って貰える気分はどうだ?」

「・・・」


バギーが勝ち誇った顔で上機嫌に問いかけるが、ルフィは仏頂面でバギーの言葉を馬耳東風しており。今のルフィの眼には、バギーはおろか彼の部下の姿もアルビダも映ってなかった。


「ゔぅっ……ルフィ、ごめん…!る゛ふ゛ぃ゛…っ!」


怒りと悔しさのあまりに涙を流しながらも、自身を助けようと必死にアルビダの手の中でもがいている幼馴染だけに、目を向けていた。


「あの女へ、最期に一言何か言っとくか? せっかく大勢の見物人もいる。

まぁ、言う事があろうがなかろうが、どうせ誰も興味など…」

──おれはッ!」


そろそろ処刑しよう。そういわんばかりにサーベルを持ち上げたバギーの耳に、拘束された少年に興味を抱いていた町民に、麦わらの処刑を楽しみにしている海賊に、海賊を捕まえるチャンスを待つ海兵に、己の無力さに絶望しようとしていた幼馴染に聞こえる様に、ルフィは自分の口から空気を震わす程の言葉を吐き出した。


「海賊王になる男だ!!」


その言葉に、多くの町民たちが絶句し、海賊たちは薄ら笑いを浮かべた。

だが一人だけ、彼の言葉に一筋の光を見据えた未来の歌姫は、消えかけた光をその目に再び灯した。


(──そうだ、ルフィはこんなところで終わらない。

あの時、約束したんだ。一緒に新時代を作るって。

私を、ひとりにしないって────)




『なあウタ、この世界に平和や平等なんてものは存在しない』

『だけどお前の歌声だけは、世界中のすべての人達を幸せにすることができる』


ウタにとって赤髪海賊団は、物心ついた頃から一緒に過ごしてきた家族だった。

彼女は、赤髪海賊団が大好きだった。

彼女は、赤髪海賊団の音楽家である事を誇りに思っていた。

だからエレジアでシャンクスに、音楽の国でカタギに戻って普通の歌手として暮らし成長してほしいと言われた時も、これからも彼らと一緒に居ることを選んだ。

彼女の夢である『歌で皆が自由で幸せになれる新時代を作る』という目的の達成が遠のいたとしても、大切な家族に囲まれて一緒に歌って暮らせる事を選んだ。


『どうして!?私、ずっとシャンクス達と一緒にいるって言ったのに!』

『置いてかないでぇぇーー!シャンクスゥゥーー!!!』

『シャンクスゥゥゥーーーっっ!!なんでだよぉぉーーーッッ!!』


だけどあの日、ウタはシャンクス達に…家族のように思ってた人達に置いてかれた。

分からなかった。シャンクス達が自分に背を向けて、海の向こう側へと行ってしまった、その理由を。

ショックだった。海賊の娘として生きて来た彼女にとって彼らに置いて行かれることは、己のアイデンティティを喪失したといっても過言ではなかった。

それ程に、悲しみと苦しみに打ちひしがれた彼女は、赤髪海賊団が、何年も一緒に過ごしてきた子供を置いて海に出て行ってしまうような海賊が、嫌いになりつつあった。


『だったらシャンクス達に直接会いに行って、本当の事を聞けば良いじゃねぇか!』


だけどそんな彼女を励まそうと、家族においていかれた悲しみに暮れ、徐々に彼らを恨みつつあったウタを晴らすように、初めて出会った時からいつも一緒に居てくれた、まるで"太陽"の様な幼馴染がそう言ってくれた。


『だから一緒に強くなって、シャンクス達とまた会おう!』


その言葉は、何処かでシャンクス達を信じたいと思っていた、まだ幼いウタの心を救ってくれた。

この時ウタは、自分より小さく幼い筈の子が、シャンクスから貰った麦わら帽子を被った少年の姿が、不思議と大きく見えた。


『何があっても、おれはぜったいにウタをひとりにしねぇ!』


少しずつ無くなっていった笑顔を、たった一人の親友が取り戻してくれた。




「言いたいことは……それだけだなクソゴム!!」


──そして遂に死刑執行。バギーの持つ剣が高く掲げられ、拘束器具を外そうとルフィは必死にもがき、ウタもまた己の首を掴むアルビダの手から逃れようともがく。


「その死刑待て!!」


ふと奥の方から声が聞こえたかと思うと、そこから捕まったルフィとウタを助けるべく、広場へ走り込んでくるゾロとサンジの姿が見える。


「サンジ!ゾロ!ウタを助けてくれェ!!あとおれも!!」

「来たなゾロ。だが一足遅かったな…!」


そんな二人を見つけたルフィは、必死に声をかけてウタと自分を助けてほしいと叫ぶ。己の夢を叶えるために、大切な幼馴染との約束を守る為に。

だが船長の願いはむなしくも、広場を包囲していた海賊達により二人は足止めされ、処刑台にいる仲間達を助けに行けずにいた。

あの処刑台さえ蹴り倒せば。あの処刑台さえ斬り倒せば。そんなたらればは、たどり着けなければ意味を成すこともなく、唯々処刑までの制限時間だけが過ぎていく。


(だめ、絶対にダメ!私たちの冒険は、まだ始まったばかりなのに!)


ウタは焦った顔でアルビダの手を掴んで首から外そうとするが、スベスベの実の力で摩擦0となった彼女の肌は握る事が出来ず、焦りだけが先行していく。


「さぁ、見ておきな。あんたの男の首が落ちる、その瞬間をね」

(させない!私があいつを、ルフィを守るんだ!)


何もできずに幼馴染が死んでいく。そんな運命を受け入れろと言わんばかりに嘲笑うアルビダを睨みながら、ウタは必死の抵抗を続ける。


「──ゾロ!サンジ!」


ルフィの口から、次々と海賊を無双していく両翼の名前が呼ばれる。


「──ウソップ!ナミ!」


ルフィの口から、この島から出るべくメリー号の下へと必死に戻っていく二人の名を呼ぶ。


「────ウタ」


ルフィの口から、いつもこんな自分と一緒に居てくれた。『新時代』を誓いあった幼馴染の名前が呼ばれる。


「わりぃ、おれ死んだ」


首に向けて振り下ろされた剣を感じ取り、己の最期を悟ったのか。

せめて仲間達が自分を思い出すときには、笑顔を思い出して欲しかったのか。

ルフィは皆に、そう笑いかけた。


(ルフィ、だめ──────!)


今度こそウタの心が絶望の闇に満ちようとしたその時、突然の轟音と一緒に一閃の雷が処刑台へと落下した。


「────へっ?」


その声が、一体誰が漏らした声だったのかは、今となっては誰も分からない。

只確かなのは、木材で造られた処刑台は炭化して崩れ落ち、瓦礫となった処刑台と共に黒焦げになったバギーが白目を向きながら地面に伏したという事実。

ざあざあ降り始めた雨と一緒に、ひらりと麦わら帽子が落ちてきた。

その帽子を、ルフィは怪我のひとつもない平気な顔で歩み寄って持ち上げ、頭へかぶる。


「なははは。やっぱ生きてた!もうけっ」


何事も無かったかのように笑顔を浮かべる少年の姿に、人々は言葉を失い。驚愕のあまり手を放してしまったアルビダから自由となったウタは、力の入らない体に鞭を打って立ち上がる。

そしてふらふらとした歩みでありながらも直ぐにルフィへ駆け寄り、彼の体をペタペタ触って存在を確認し始める。


「る、ルフィ?生きて、るよね…?」

「あぁ、ちゃんと生きてる!ごめんな心配かけて」


幼馴染の安否確認を終えたウタは強張った身体から力が抜け始め、崩れ落ちそうになったウタをルフィは「おっと」と呟きながら優しく抱きかかえ、雨で濡れた赤いベストを彼女の涙で更に湿らせた。


「もうっ、バカ…!ひとりにしないって、言ったじゃん…!

……私を、ひとりにしようとしないで。私を、おいてかないで…っ」

「…あぁ、おれは絶対に死なねぇ。意地でも生きてやるよ」


未だにどよめきが漂う広場に、頭に巻いていた黒い手拭いを外して腕に巻き直したゾロと、雨で火が消えた煙草を携帯灰皿に押し込むサンジが、安堵しながら二人の下へ駆け寄る。


「…おいお前、神を信じるか?」

「バカ言ってねェでさっさとこの町出るぞ。もう一騒動ありそうだ」


ゾロとサンジがそう話し合っている間にも、「広場を包囲!海賊どもを追い込め!」と海軍が海賊を捕まえるべく集い始めており。直ぐにでも逃げ出さなければブタ箱にぶち込まれるであろう状況下にありながらも、地面に落ちていた槍を拾ったウタはさっきまでの追い詰められた顔から一変して、何処か余裕そうな顔を浮かべていた。


「……さてと。ルフィ、そろそろ行こうか?」

「あぁ!よーし、逃げるぞお前らァ!」


己の死の運命を軽々と覆したルフィとその仲間達はそのまま、大勢の海兵達から逃れるべく笑顔で広場から去って行った。

Report Page