鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ15)

鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ15)

Name?

「──わかんねェよ!!」

 どこの誰だかもわからないその声を皮切りに、群衆の意見がまとまり始める。

「じゃあ、どうすればいいんだよ!?」

「どうすれば助かるの!? 誰か助けてよ!!」

「どうすればいいのかなんて、わかんないよ!!」

 その声を聞いたウタは、マイクスタンドを握ったまま、俯いた。

 口角が、ほんのわずかに上に上がる。

(……ああ、よかった)

 ウタは安堵の息を吐く。

 彼らの心の内が、自分の予想と合っていて良かったと、安堵する。

 『どうしたいのか』の答えが『わからない』時、人はつい極端な行動に走ってしまうことがある。特に、切羽詰まって追い詰められてしまった、今のような状況では。

 それを、ウタはよく知っていた。

 一年前に、自分の身をもってそれを経験していたから。

 不意に思い出した過去の記憶に苛まれ、行き先を失った末に、ウタが縋ったのは、

『この記録が誰かの手に渡り、これ以上の犠牲を出さないための措置を講ずることを願う』

 という音貝《トーンダイアル》に残された声。

 それによって、一時は自ら命を絶とうとまでしたのだ。

 ブルックがいなければ、どうなっていたのかわからない。

 だから、ここにいる国民をそのまま行動させて、いい方向へと動くはずがないのだ。

 何もわからないままに、破滅へと突き進む行為をする時、人はきっと決まって、心の奥底にこの感情を抱えているだろうから。

 ──助けて、と。

 それを自覚させて、声に出させてしまえば、それでいい。

 あとは、手を差し伸べる者がいれば、彼らは立ち上れるはずだ。

 そして、一度立ち上がれば、彼らは再び前を向いて歩いていくことができるだろう。

(……わたしが、そうだったから)

 つまるところ、ウタのしたことは、ただ彼らの心を丸裸にしただけ。

 心を動かしたわけでも、彼らを助けたわけでもない。

 そして、その役割を担うのは──。

「……だってさ、王様」

 ウタは振り返って、リク王に語りかける。

 やはり、この国の人々の心を落ち着かせるならば、この国で一番求心力のある人物の言葉が一番だろう。

 ウタの一言で、リク王は自分の役割を察したようだった。

 頷くでもなく、ただ、ゆっくりと歩を踏み出して、彼はウタの隣に立つ。

 風に、音を立ててマントがたなびく。

 十年の苦難を乗り越え、歳を重ねても尚、かつての威厳を失わないその王の姿に、群衆は一人、また一人と祈りを捧げるように跪いた。

「──リク王様、虫のいい話なことは分かってます……! だけど……助けてください!!」

「おれたち、どうすればいいんですか……? この国は、どうなってしまうんですか……!?」

「あなたが戦えと言うなら……、我々は武器を手に取ります……! どうか、この国の行き先を──」

 王様、リク王様、と助けを求める声を、リク王は目を閉じて、静かに聞いていた。

 やがて、その目をゆっくりと開き、言葉を発しようとして──、

「すごい!! 凄いわ!!」

 不意に聞こえた、感極まった女性の声に、ウタもリク王も、思わず驚いて振り返る。

 そこには、集中力を使い果たしたのか、ぐったりと横になったウソップと、そして目に涙を浮かべながら、その顔を覗き込むヴィオラの姿があった。

 国民に対しての役割を終えたウタは、普段の顔つきに戻って二人の許へ駆け寄る。

「ヴィオラさん、ウソップ! シュガーは!?」

 集中するために頭の中から排除していたその心配が溢れたかのように、ウタはまくしたてるように尋ねた。

 ウソップは、その質問に答えない。

 ただ、右腕を上げると、その親指をぐっと立てた。

 ヴィオラが、口元を抑えて言う。

「凄いの、ウソップ君……! あんな遠い所で、入り組んでいて風も吹いているっていうのに、完璧に合わせて──!! あなたの音貝に気が付いて、振り向いたシュガーの目の前に、丁度ウソップ君の顔が……!!」

 ──つまり、ウソップは狙撃を成功させたのだ。

「…………よかっ、たァ……!!」

 ウタは気が抜けたように、地面に膝をついて言った。

 思わず、目尻に涙が浮かぶ。

 ヴィオラの涙に釣られたものではない。

 ウタは自分の目尻を指で拭った。

(う、わ──)

 瞼に当たった自分の指が震えていることに、ウタは少し驚いた。

 どうやら、自分で見積もっていたよりも、極度の緊張状態にあったようだ。

 それはそうだろう。

 ただ一人の、大切な幼馴染が消えるか消えないかの瀬戸際だったのだから。

 ──我ながら、よく平常心を装えたものだ。

 ウタはそう思う。

 もし自分があの場で取り乱して、群衆を止めることができず、彼らが混乱のままに襲ってきていたら……。

 さしものウソップも、狙撃を成功させることは叶わなかっただろう。

 最悪の搦め手をやり過ごせたのならば、そこから先はルフィの土俵だ。

「ウソップ、さすがだね! ありがとう」

 ウタの言葉に、ウソップがニカッと歯を見せて笑った。

「“狙撃手”は援護が花道、おれ様にかかればこんなもんよ! ……ウタも、足止めありがとな、助かった!」

 そんな言葉を交わす二人を見ていたリク王の口角が、心なしか持ち上がる。

 彼は再び王の言葉を待つ群衆の方を向いた。

「──いろいろと諦めるのは、もう少し待ってからでも遅くはない。つい今しがた、“彼ら”がドフラミンゴファミリーの幹部を討ち取ったところだ。……“彼ら”は、信じる価値がある」

 その言葉に、真っ先に頷く人物があった。

 ウタではない。

 ウソップでもない。

 ヴィオラでも、錦えもんでもない

 その男は、いつの間にか“台地”の外縁に腰かけていた。

 カラリ、と小さな笊に入った賽子が音を立てる。

 吹き付ける風に、“正義”の文字の入った外套が揺れる。

「──リク王の旦那、今更、かつての平和の象徴ドレスローザに、戦争なんかさせやしやせん……」

「かっ、かっ、たっ──!!」

 目を飛び出さんばかりに見開いたウソップが、言葉にならない声を上げる。

 “海軍大将”、藤虎──。

 つい先刻まで、“麦わらの一味”と“ハートの海賊団”同盟と敵対していた海軍の大将である。

 そして──、

「賭博でカモられてたおじさん……」

 ドレスローザに来てすぐに入った飲食店で、盲目なのをいいことにカモにされていた男。あの時は奇しくも、ドフラミンゴファミリーを共通敵としていたが、今はそうではないだろう。

 ウタの声を聞いて、藤虎の眉が、何かに気が付いたように上がった。

「おや、その声色はやっぱり、賭博場にいたお嬢さんかい? ……あんた、随分勇ましい声も出せるんだね、演説している時には、そうとは気が付かなかった……」

 穏やかな声色で、藤虎が言う。

 ウタは警戒しながら「……それはどうも」と返した。

「……で、ここには何しに来たの?」

 あまり力のこもっていない声で、ウタは問いかける。

 一度緊張の糸が切れてしまったせいで、感情の切り替えがうまくできないのだ。

 しかし、藤虎の答えはウタの予想したものとは違っていた。

 へへ、と頬を掻いて言う。

「いや、お恥ずかしい話、どうにもあっしは能力の加減がヘタクソでして……。国民の救助活動をしようにも、部下に邪魔だと言われる始末……」

「……つまり、やることがないからここに来たってこと?」

「そう言われると、ちとバツが悪いですが……」

 困ったように、藤虎の眉尻が下がる。

「今の海軍の仕事は、“民を護る”こと……! 力の有り余っている“大将”がいるなら、“民”を護るために力を振るえる位置にいるべきだと思いやして」

 だから、今は特段そちらと事を構えるつもりはありやせん、と藤虎は言った。

 なるほど、とウタは納得する。

 つまり藤虎は、この“台地”に大挙して押し寄せた群衆を見て、彼らを護るためにここに来たのだろう。

 海軍としては分かり易い。

「……つまりは、おれたちがこいつらに手を出さなければ見逃してくれるってことか?」

 上半身を起こしたウソップが尋ねると、藤虎は「ええ、まあ」と頷いた。

「非常時ですからね。今は、それを気にしている場合ではないと思いやす。……妙なマネをするようであれば、もちろん相手になりやすが……」

 その言葉に、ウソップは「しねェよ!!?」と声を荒らげる。

 しかし、とウタは首を傾げた

 国民を護ると言うには、少しその行動が不自然に思えたのだ。

「……じゃあ、この事件の元凶であるドフラミンゴを叩かないのはどうして?」

 婉曲に言っても無駄だろうと、ウタは真っ直ぐに言葉をぶつける。

 その言葉から目を背けるように、藤虎はその見えない視線を、遠くの空へと向けた。

「…………気持ちはわかりやす。ですがね、お嬢さん、こちらにも……“立場”というものがある。おいそれと勝手するわけにもいきやせん」

「──海軍は、この事態をどう収めるつもりなの?」

「あっしも、リク王の旦那と同じ“賭け”をしていやす……! “麦”の目に一点張り……!! ……あんたらも同じでしょう?」

 ウタとウソップは顔を見合わせた。

────

 

 

 

 藤虎は、その言葉通りにウタたちに仕掛けてはこなかった。

 少しだけ休んで、心の動揺も過ぎ去ったウタは、「よいしょ」と声を上げて立ち上がる。

「む、ウタ殿いかがした?」

 カン十郎と近況を話していた錦えもんが、真っ先にウタの行動に気が付き声をかける。

 ちょっとね、とウタが縮めた“指揮杖”を腰に差しながら、理由を簡単に説明する。

 驚いた声を上げたのは、怪我と疲労で半分寝ていたウソップだった。

「バカお前、なんでわざわざ危険な所に行こうとするんだよ!?」

いかにも、と錦えもんが続く。

「おぬしも狙われる身であること、忘れているのではあるまいな!?」

「あ、そうだ錦えもんさん。この服ちょっと匂うから、またあのジャケット出してもらってもいい?」

 特に気にしないように言うウタに、錦えもんが「おぬしなァ……」と頭を抱えて言う。

「民の救助であれば、海軍がやっていると聞いたであろう? 危険を冒していくこともあるまいに……」

 その言葉に、「でもさァ」とウタは言う。

「もともとここの防衛のために残ったけど、もう“海軍大将”に“侍”二人、それに“狙撃手”もいるんだよ? わたし、ここにいてもすることないよね?」

「そうかもしれんが……」

「ならいいじゃん、逃げ遅れてる人の救助に向かったって」

 頑ななウタに困ったように、錦えもんはウソップを見遣る。

 説得してくれ、というその視線に、ウソップは諦めたように肩を竦めた。

「……まー、こうなったら止まんねェよな。ルフィの幼馴染だし」

「だから、幼馴染だからって性格が似るわけじゃないってば!」

「だったらもっと重症じゃねェか」

「あう……」

 少なからず、今の自分の行動がルフィっぽいことに自覚があるようで、ウタはその指摘に目線を逸らした。

 ほらみろ、とウソップが呆れたように言う。

「ウタ、お前もどうせ“何かしてないと死ぬ病”なんだろ? いいよ、気が済むようにやってこい」

「……ありがと」

 ウタは小さくお礼を言う。

 すると、

「ねえ、それ、私も行っていいかしら?」

 ヴィオラのその提案に、ウタは驚いて振り返った。

「ヴィオラさんも?」

 ええ、とヴィオラが頷く。

「私もじっとしてられないの! ……それに、私もドフラミンゴファミリーの幹部だったのよ。このままじゃいられないわ」

「しかしヴィオラ様、それは──!」

 ヴィオラの言葉に、リク王の護衛兵士が声を上げる。

 ドフラミンゴファミリーにいて、一番つらかったのはあなただろうと。

 しかし、その言葉を言わせないように、ヴィオラは首を横に振った。

 う、と護衛兵士は黙るほかない。

 それに、とヴィオラが続ける。

「私の能力、人命救助に役に立つと思うわ。どこに人がいるのか、この目で確かめれば一目瞭然だもの」

「……わかった。よろしく、ヴィオラさん」

 ウタの差し出した手を、ヴィオラがしっかりと握った。

 



Report Page