鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ5)

鳥籠-In this Cage-(ドレスローザ5)

Name?

「はっ!! おれは早く戻らねェと!!」

「だから私、ずっとそう言っているれすよね!?」

 ゾロは肩に乗るトンタッタ族のウィッカに叱られながら、行く場所があるから、と“花畑”を後にした。

 その後、到着した“自称伝説のヒーロー”と一味の考古学者と合流し、ウタたち一行はトンタッタ族たちの決行する作戦の、最終確認の場に同席していた。

「この戦いは十年前、無念のうちに退位されたリク王と!! 我々の自由を取り戻すための戦いである!!」

 隊長であるブリキの兵隊の宣言に、トンタッタ族の皆が鬨の声を上げる。

 さて、とブリキの兵隊がウタたちの方を向いて、宣言の時とは打って変わった静かな声で語り出した。

「君たちは君たちで、ドンキホーテファミリーと敵対しているようだ。しかし、我々にも彼らと戦う理由があるのだ。それを、共有しておきたい」

 ブリキの兵隊が語る。

 もともと、この国はドンキホーテ一族が治めていたようだが、彼らはこの国を去り、およそ八百年前から“リク王”家による統制が始まった。

 彼は奴隷以下の存在として扱われていたトンタッタ族に謝罪し、彼らが暮らしやすくなるような噂──“妖精”の伝説を流布した。

 そんな心優しい“リク王”の一族は、隣国の危機には必ず手を差し伸べ、そのおかげで裕福ではないが笑顔の絶えない国となった。

 そんなドレスローザに、十年前、かつての悪王“ドンキホーテ”一族が帰還したのだ。

 そして、あろうことか、当時の王に“乱心した悪王”の汚名を被せて、王位から追い落としたのである。

「ドフラミンゴは、この国に広がっていた暖かな心による花畑をも、枯らそうとしているのだ」

「断じて、歴史を繰り返してはならぬ……」

 トンタッタ族の長老が、ブリキの兵隊の言葉に続いて、歯ぎしりしながら言う。

 ふと思い出したように、ロビンが言った。

「待って。先王が“乱心した悪王”にされたと言ったけれど、さっきスクリーンに映っていた、その孫だという女剣闘士さん。国民から向けられる憎悪の色が、尋常じゃなかったわ。……乱心、で片付けられるものなの?」

「……嵌められたのだ」

 ブリキの兵隊が、苦々しげに言う。

 彼らはまず、当時の王に国を売るから金を集めて来いと言い、王が街を駆けずり回ってやっとお金を集めると、高笑いをして“悪魔の実”の能力を行使したのだ。

 王とその家臣を操り、彼らを信頼していた国民を傷つけ、殺し、街に火を点け、破壊の限りを尽くさせる──。

 その一部始終を聞かされて、ウソップやフランキーが怒りに顔を歪める。

「……ごめんなさい、ひどいことを訊いてしまったわ」

 そのロビンの言葉に、ブリキの兵隊が首を横に振った。

「……実際に起こってしまった、この国の歴史だ。……悪はドフラミンゴとその一味。国民は……そのことを知らないだけだ」

 そう言ったブリキの兵隊の声は、絞り出すようにかぼそかった。

 ふと、ウタは疑問に感じる。

 あの女剣闘士とは、闘技場でブリキの兵隊に語り掛けていたレベッカという少女のことである。

 そして、彼女はブリキの兵隊に対して『また一緒に』と言った。つまり、彼女とブリキの兵隊は、彼がオモチャになってから親しい間柄にあったということ。

 さらに、彼は何故か、国民の誰もしらない、王に起こった悲劇を知っている。

(ブリキの兵隊さんが、先代の王様……ってことはないか)

 ウタはふと湧いた推察を、すぐに棄却した。

 もしそうだとすれば、彼がブリキの兵隊になった時点で、先代の王に関する記憶は、誰からも抹消されてしまうのだろう。つまり、そうであるなら、恨まれることも、憎まれることもないのだ。

「……じゃあ、ブリキの兵隊さんは、何者なの? 王様に近しい人なんでしょ?」

 私は、と少し言いよどんでから、ブリキの兵隊はゆっくりと口を開いた。

「私は……レベッカの実の父親だ。無論、オモチャになってしまった時点で、覚えてはいないだろうが。……あの子の母親を護ることもできず、ドフラミンゴの手からあの子を護りきることもできなかった、ろくでもない男だ」

 自嘲するように、吐き捨てる。

「だから、リク王の信頼と、レベッカの命を護れるのなら、私はどんな汚泥だってすすってやる!!」

 ブリキの兵隊の声に乗る怒りは、ドフラミンゴへのものか、それとも自らへ向かうものか。

 ウタは手をぎゅっと握りしめて、怒りを堪えた。

 似ているのだ。

 そう思っているのは、きっと自分だけかもしれないと、ウタもわかっていた。

 しかし──。

 肉親が国を滅ぼしたと汚名を着せられ、愛していた家族とは離れ離れになるという状況。

 要素要素を勘案すれば、きっと大きな差異になるだろうが、しかし、その状況に置かれた子供が、どのような心境になるかということは、ウタにとって想像は容易だった。

「ウタ、大丈夫?」

 ウタの過去を知っているロビンが、彼女のその表情を見て、心配するように声をかける。

 はっ、と我に返って、ウタは「大丈夫」と答えた。

「大丈夫だけど……、うん、ちょっと許せないよね」

「ちょっと?」

「……ううん、結構……、かなり」

 だと思ったわ、とロビンが家族を見るような優しい目つきでウタを見て、その頭を撫でた。

 しかし、とウソップが顎に手を当てて言う。

「やりきれねェよな。そこまでみんなが慕っていた国王を、無実の罪を被せたまま死なせちまうなんて……」

 しみじみとしたその声に、ブリキの兵隊が首を横に振った。

「いや、リク王は生きている。当時の王女──ヴィオラ様の持つ能力を、ドフラミンゴが欲しがったのだ」

 そのため、ヴィオラ王女は父の命と引き換えに、ドフラミンゴに着き従う選択をしたそうだ。彼女は今、“ヴァイオレット”と名を変えて、ファミリーの幹部をやっているらしい。

「彼女と──王の心中を、苦しみを、そしていかなる十年間を過ごしたのかを想像すると、哀しみと怒りで、このブリキの体が張り裂けてしまいそうだ……!」

 そう言うブリキの兵隊は、自らの体をその両手で掻き抱き、声を怒りに震わせていた。

 しかし──。

 ウタは自らの内からも湧き上がる憤怒を自覚しながらも、至って冷静だった。

「だけど……、勝算はあるの? それだけ凶悪な能力を持って、さらに武力は言わずもがな。そんな相手に、怒りだけで立ち向かうのは──」

 おそらく、質も量も足りていないだろう。

 よほどの作戦がない限りは、いたずらに命を落とすのがオチだ。

 そう簡単に落とせる国であるなら、十年も続いていないだろうし、表面だけとはいえ、あそこまで体裁が整っていることもないだろう。

「勝機は、ある」

 ブリキの兵隊が言う。

 ドフラミンゴ軍の中にも、元リク王軍に所属しており、『殺されるより、辛酸を舐めてでも再起の芽を』と苦渋の決断をした者がいるはずだ、と。

 そして──。

「ウタランド、フラランド、君たちには言っただろう? この国には“忘れられた者”がいると」

「??」

 ウタとフランキーは首を傾げ、ロビンとウソップはそんな二人を見て、さらに首を傾けた。

「ひれ伏した兵士、殺された兵士……、その双方を合わせても、一国の軍隊として見るには、あまりに少ない。──私にも、失った記憶があるなんだ」

「──つまり、オモチャの中にも、リク王を慕う兵たちが紛れ込んでいる、ってこと?」

 そのウタの言葉に、オモチャの兵隊が頷いた。

「それだけじゃない。そもそもオモチャにされてしまった時点で、既にドフラミンゴと敵対している人間である可能性も高い。ドフラミンゴが反乱の芽を闇に葬れども、それを完全に消し去ることはできない。ただ抑圧し、忘れているだけだ」

 なるほど、とロビンが顎に手を当てて言う。

「つまり、裏を返せば、その反乱の意志は、この国の闇の中で確かに蠢いているということね?」

 そうだ、とブリキの兵隊が、胸の前で拳を握るように、そのオモチャの手を掲げた。

「この“悲劇の数”こそが、今回の我々の作戦の大きな鍵を握っている!!」

 その宣言に中てられたように、フランキーも胸の前で拳を握り、声高に言う。

「七武海の一団を相手取るには、これだけじゃ心許ねェが、この国の全てのオモチャが反乱分子だというなら、相当な戦力が見込めるな!!」

 そんなフランキーの耳を引っ張る男がいた。

 ウソップである。

 彼はフランキーの耳を引っ張ってトンタッタ族から引き離すと、小声で耳打ちする。

「コラコラちょい待てっ! おれたちの目論見は“工場破壊”まで! ドフラミンゴは倒さないって話だろ!? それが終わったらこの国からトンズラだ、違うか!?」

 ウソップの言葉は、計画に則って考えれば、確かに一理あった。

 しかし、フランキーは「うーん……」とうなるばかりである。

「なァ、ロビン、ウタ!」

「……いいえ、ドフラミンゴが許せない!!」

「本当にね……。最悪なんて言葉じゃ足りないよね」

 しかし、ロビンもウタも、既にその気になってしまっていた。

 だけどさ、とウタが言う。

「なんでよりによって今日、その作戦を実行しようってなったの?」

 そう、よりによって、だ。

 まるで示し合わせたかのように、“麦わら一味”と“ハート海賊団”の計画を実行しようとした今日、トンタッタ族たちも動こうとしている。

 何かの思し召しかと思うのも、無理はないことだった。

 しかし──、

「今朝の事件のせいだ。ドフラミンゴの失脚と、それが誤報だという知らせ。我々が望んだ“奇跡”が起こったと思った矢先に、“絶望”の底へと叩き落とされたのだ……」

「そうなのれす! 我らがその絶望を払拭するためには、今日立ち上がるほかないのれす!!」

 ──偶然でも、思し召しでもない。

 海賊同盟の目論見を破るために、ドフラミンゴが策を打ち、その策がトンタッタ族たちの逆鱗に触れたのだ。

 偶然ではなく、必然。

 今日と言う日になってしまった理由が自分たちにあると知り、“自称”伝説のヒーロー一行は、その作戦に乗る他なくなってしまったのである。

 ────

 

 

 

『おいお前ら、各自状況を教えろ』

 電伝虫越しに、サンジの声が言う。

 サニー号では電伝虫を二匹使って、ルフィたちとウタたち一行双方を繋いでいた。

 どうやらサンジは無事サニー号と合流できたようだ。しかし、同盟相手の船長、トラファルガー・ローは敵の手に捕まってしまっているらしい。

 一方のルフィたちは、海軍に囲まれているようだ。闘技場内にいるルフィはともかく、錦えもんとゾロは騒ぎを起こしかねない。

 そして、フランキーが電伝虫越しに、状況を伝える。

 この国で起こっていることと、これから起こそうとしていることを。

『おいフランキー! そのオモチャの兵隊たちの軍隊、止めろ! レベッカが止めたがってた!!』

「ルフィ、お前レベッカと話したのか。だがな、おれが言いたいのは逆だ!」

 フランキーが言う。

 トラ男の作戦が、『“工場”を破壊し、ドフラミンゴには手を付けずに利用する』ことだとは理解している。

 しかし、それでは今、ドフラミンゴを討たんと立ち上がろうとする、この小さな戦士たちはどうなる?

「おれたちにとっちゃ、ドフラミンゴが勝利して、生き残った方が好都合か?」

 フランキーの問いに、サンジもルフィも、想定していなかった事態に押し黙る。

 情に厚い男が、畳みかけるように続ける。

「ルフィ、お前が何と言おうとおれはやるぞ! ウス汚く巨大な敵に挑む、この勇敢なるちっぽけな軍隊を、おれは放っておけねェ!!」

 彼らの決意の重さを想像してか、目に涙を浮かべながら、フランキーが言い切った。

 ウタはそんな彼の名前を呼んで、電伝虫の受話器を受け取った。

「聴いて、ルフィ。一見明るく楽しそうに見えたこの国だけど、その中身はもう、既に腐ってたんだ。……そのせいで、人との繋がりを絶たれた人もいる。尊厳を踏みつけにされた人もいる。そうでもしないと、この国の表層を明るく取り繕うこともできないから。……こんなの、絶対に間違ってる」

 ウタは、固い声のまま淡々と言う。

『……お前ら、どうしたい?』

 ルフィが、静かに尋ねた。

「ドフラミンゴをブッ飛ばしたい!!!」

 フランキーとウタが、口をそろえて言う。後ろではロビンが頷き、ウソップが慄いていた。

 それを聞くや否や、ルフィは間を置かずに宣言する。

『好きに暴れろ!! おれたちもすぐに行く!!』


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