鳥籠-In this Cage(ドレスローザ1)

鳥籠-In this Cage(ドレスローザ1)

Name?

 プルルルルル……

 プルルルルル……

 電伝虫が、鳴り響く。

 場所は海の上。

 サウザンドサニー号の甲板で、“麦わらの一味”がその電伝虫を囲む。

電伝虫の受話器を持つのは、と一味と同盟中の“ハートの海賊団”の船長トラファルガー・ローだ。

『おれだ……』

 発信音が途切れて、不意に電伝虫が男の声を伝える。

『“七武海”をやめたぞ』

 通話相手は、“王下七武海”かつ“ドレスローザ国王”、ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

 いや、正確にはその二つの役職には、“元”と付ける必要があるだろう。

 何故なら、この電伝虫の連絡は、その二つを辞めたことを確認するためのものなのだから。

「おい、ミンゴ!!」

 今から交渉の話を、と言うところで、何故か“麦わらの一味”の船長、ルフィがローから受話器をひったくり、ドフラミンゴにパンクハザードでの文句を言い始める。

 そんな船長を狙撃手のウソップが受話器から引き離そうと躍起になり、他の一味は呆れるやら諦めるやら、傍観に徹していた。

 ウタもルフィのその暴走に、片手を頭に当てて、苦笑することしかできない。

 その無軌道さに関しては、いつも通りと言えばいつも通りだ。

 最終的に、ドフラミンゴの「お前が欲しがる物をおれは持っている」という発言に、ルフィの目が肉マークになり、ローがルフィから受話器をひったくり返した。

「ジョーカー、余計な話はいい。取引の話だ」

 ドフラミンゴの別の名を呼んで、ローが話を進める。

 結果として、本日の午後三時に、ドレスローザの北にある“グリーンビット”にて、パンクハザードの研究者シーザーを引き渡すことで話は終了したのだった。

────

 

 

 

 “麦わら”と“ハート”の同盟が立てた計画はこうだ。

 ドフラミンゴに“七武海”や“国王”の座から降りさせたのは、ただのカモフラージュだ。シーザーも然り。

 本質的な計画は、シーザーの引き渡しをしている間に、“麦わらの一味”の部隊で、人造悪魔の実“SMILE”の工場を破壊すること。

 そうなれば、その“SMILE”の最大手である取引先、“四皇”の一角、“百獣”のカイドウが黙ってはいないだろう。

 理想としては、カイドウとドフラミンゴをかち合わせることによって、カイドウを四皇の座から引きずり下ろせれば御の字だ。それが叶わなくとも、人造悪魔の実がこれ以上出回らなくなるだけで、戦力を削ぐことができるはずだ。

 その後は、“ゾウ”という島へと向かう予定だった。なんの因果か、船に乗るワノ国の侍たちも、仲間を見つけたら“ゾウ”へ向かいたいとのことだ。

 そして、一味は三手に分かれることになった。

 まず、ローの率いる、“シーザー引き渡しチーム”。

 次に、サニー号を護る“安全確保チーム”。

 そして、最後に“工場破壊チーム”だ。

 ウタは、その“工場破壊チーム”として行動していた。

 つまり、上陸、潜入組である。

「ねえルフィ、なんかいい匂いしない?」

 ウタの声に、鼻孔を大きく広げて息を吸い込んでから、ルフィが応えた。

「ああ! うまそうなメシの匂いがする!!」

「……いや、それだけじゃねェな。花のスーパーな香りも漂ってきやがるぜ」

 ルフィの言葉に、フランキーがスンスンと鼻を鳴らしながら言う。

 それにさらに「いや」と言ったのはサンジだった。

「それだけじゃねえ。この香りは……麗しきレディの香り!!!」

 ハートマークを飛ばしながら、表情を緩めるサンジに、最初は頬をほころばせていたゾロが、鬱陶しそうに苦言を呈す。

「……まァたエロガッパがアホになってやがる」

「あ゛あ゛!?」

 いつものようにケンカを始めるゾロとサンジを後目に、“工場破壊チーム”は町を進んでいく──。

「??」

 真っ先に、それに気が付いたのはルフィだった。

 口をあんぐりと開けて、頭に疑問符を生やしてそれを見る。

「えっ!?」

 続いてウタが、驚いたように口元に手を当てて声を漏らす。

「こいつァ……」

 驚きか感心か、小さくフランキーが呟き。

「…………」

 相変わらず錦えもんは、仏頂面のままだった。

「待ちなさい、私の腕を返しなさーいっ!!」

 そう言いながら駆けていくのは、動くぬいぐるみである。

 追いかけられる犬は、その人型のぬいぐるみのものだろう腕を口に咥えて、町中へと駆けていく。

「……何なの、これ……?」

 そして、よく見れば町のいたるところに居るのは、まるで意志を持っているかのように動く、人形やぬいぐるみ、ブリキなどのオモチャ、オモチャ、オモチャ……。

 ──ここは、愛と情熱、それからオモチャの国。その港町、アカシアである。

 真っ先に正気を取り戻したルフィが、自分の頬を軽く叩いてから、両手を突き上げて言う。

「なんかオモチャが動いてるけど、そんなことよりも、まずはメシだ!!」

「……そうだね、腹が減ってはなんとやら、って言うし」

 ルフィの言葉に、ウタが小さく息を吐いてから頷く。

 しかし、それに待ったをかける男がいた。

 ゾロである。

「待て」

「何だよー、ゾロ」

 不満げな表情で、ルフィがゾロに言う。 

 小さく溜め息を吐いて、ゾロが言った。

「メシを食うことには賛成だ。だがなルフィ、今朝の新聞のことを忘れたのか?」

「新聞ン? ……たしか、ミンゴのことと……なんだっけ?」

「おれたちの同盟のことが書いてあったろうが!」

 声を潜めて、ゾロが言う。

 ああ、とルフィが頷いた。

 そう、パンクハザードから情報が漏れたのか、今朝の新聞には、ドフラミンゴの記事以外にも、いくつかの海賊同盟についての記載があった。

 その中でも、大々的に取り上げられていたのは、“麦わらの一味”と“ハートの海賊団”の同盟である。もちろん、ルフィとローの顔写真も使われていた。

「おれたちは全員、面が割れている。懸賞金の出ているおれたちはもとより、歌手であるウタも、一度ドフラミンゴと敵対している錦えもんも、そう考えておいた方がいい。なら、必要なのは変装だ」

 なるほど、とウタは頷いた。

 これから“工場破壊チーム”がやらなければならないことは、工場の在処を探すことと、この国ではぐれたもう一人の侍を見つけ出すこと。

 それに必要なのは、“情報”だ。

 情報収集を、顔の割れている海賊がやって、うまくことが運ぶとは思えない。

 では、どこで変装道具を手に入れる?

 ウタは、その答えを知っていた。

「ねえ、錦えもんさん、前服を出した妖術? でみんなを変装させてあげられない?」

「…………あいわかった」

 建物の陰に隠れて、一味は頭に石を乗せる。

「“ドロン”!!」

 どろんと出た白い煙が、一味をすっぽりと包み込んだ。

────

 

 

 

「しかし……妙だと思わねェか?」

 飲食店のテーブルで、スーツを着た髭の男が言う。

 サンジだった。

 スーツに髭の男は一人ではない。

 そのテーブルを囲う者は、二人を除いて皆、黒いスーツに黒い帽子を被り、髭を生やしていた。

 黒いスーツではない者のうち、男の方はアロハシャツに麦わら帽子……の上から黒い帽子を被り、やはり髭を生やしている。

 もう一人、女の方は、ピンクと白のカラーシャツに、黒のネクタイ、そして黒のジャケットを羽織り、やはり目深に黒い帽子を被っている。

 その女──ウタが、ストローでジュースを飲みながら、サンジの言葉に首を傾げた。

「何が?」

「仮にもこの国の王が、今日退位したんだ。おれァてっきりパニックになってるかと思ったんだが……」

 確かに、とウタは頷いて、周囲を見渡してみる。

 誰もかれも、特に焦った様子はない。そして、喧騒こそありはするが、しかし国のことに関して何か言う声は聞こえない。

「……知らねェんじゃねェか?」

 ガリガリと氷をかみ砕きながら、ゾロが言う。

 んなバカな、とフランキーが顔を顰めた。

「んじゃ、聞いてみるか」

 ルフィがそう言って、近くの椅子に座る男に「なあ、おっさん」と声をかけようとして、サンジから踵落としを喰らった。

「やめろ!! お前、新聞にお前の顔が今日も載ったって言ったろうが!!」

 サンジがルフィに詰め寄っていると、ウタの鼻が美味しそうな香りを捉える。

「おっ」

「お待たせしたとかしないとか! “ドレスエビのパエリア”! “ローズイカのイカスミパスタ”! “妖精のパンプキン入りガスパッチョ”!」

 ドン、ドンとテーブルに料理を広げていくのは、人ではなくオモチャである。

 彩豊かであり、良い香りのする料理たちに、一味の皆は口々に感嘆詞を漏らして、料理に手を付け始める。

「ねえオモチャさん、妖精って?」

 ウタは少し気になって、料理を運んできたオモチャに声をかけてみた。

 曰く、このドレスローザには昔から“妖精伝説”が信じられているらしい。……どころか、実際に出るという噂もあるようだ。

「ふゥん」

 ウタはそう頷いて、料理を食べ始めた。

 妖精……妖精か、とウタは反芻する。御伽噺と断定するのは簡単だが、しかし、この不可思議がなんでも起こり得るこの世界で、それをするのはいささか浅慮に過ぎるだろう。実際、目の前でオモチャが意思を持って動いているのだし。

「……それにしても、浮かない顔だね」

 ウタは食事の合間に、あまり食事に手を付けていない錦えもんに声をかける。

 うむ、と錦えもんは顔を顰めて頷いた。

「拙者、こんな所で油を売っているわけにはいかんのだ」

 歯ぎしりすら聞こえてきそうな声で、錦えもんが言う。

 仲間がこの国のどこかに捉えられているのだ、心穏やかには居られないだろう。

 ウタは小さく肩を竦めてから、ポンポンとその肩を叩いた。

「闇雲に探しても、どうしようもないでしょ。どこかで、そういうことを知っている人を見つけないとさ」

 そんなこと、言われずとも錦えもんもわかっているだろうが、ウタは敢えてそれを口にした。そして、続けて、意識を逸らせるように錦えもんに声をかける。

「そうだ、錦えもんさん、この服、結構イケてると思うんだけど、錦えもんさんって案外センスある? いろいろ終わったら、ファッションデザイナーとして働いてみる気はない?」

「は? ふぁっしょんでざいなあ?」

 実際、錦えもんの持つ“フクフクの実”の能力は、服飾業界に行けば引く手数多の能力だ。なにしろ、材料費をかけずにデザインの確認などができるのだから。

 そして、ウタにしてみれば、ライブ衣装をいちいち用意する材料費や時間の短縮ができる。さらに、ウタウタの世界に入らなくても、フクフクの実の能力があれば、ライブ中の演出で衣装を変えたい時にすぐに着替えることができる。

 だが、錦えもんにはその気はないようで、フンと鼻から息を出して、「拙者、武士でござれば!」とウタの提案を蹴ったのだった。

「……にしても、さっきから騒がしいな。ありゃなんだ?」

「小悪党共が盲目のおっさんから、金を毟ってんだよ」

 フランキーの疑問に、ゾロがつまらなそうに答える。

 ウタはその喧騒の方を振り返った。

 なるほど、確かにそこには、人相の悪い数人の男が、刀を持った盲目の男を取り囲んで、ルーレットを行っていた。

 目が見えないからとばかりに、やりたい放題だ。

 盲目の男が「黒」と言い、「黒」に入っても悪党たちは「白」だと言う。

 盲目の男が「白」と言い、「白」に入っても悪党たちは「黒」だと言う。

 色を当てようが番号を当てようが何しようが、見えていなければ入らなかったも同然だ、と言わんばかりに、悪党共は嘘を重ねていく。

 しかし、本当に目を見張るべきなのは──。

(なに、あの的中率……)

 その盲目の男、まるで預言者のごとく、ほぼ全てのルーレットの出目を言い当てているのだ。生来の直観か、それとも……。

 しかし、それはそれで、これはこれ。

 ああいうのは、気分が悪い。

「それじゃあ最後に男の勝負だ! おっさん、おれたちはお前の逆に、お前が今日賭けた全額を突っ込んでやる! 次を当てた方が総取りだ!!」

「ホ……ホントですかい!? じゃあ……白、白だ!!」

 悪党どもに乗せられて、盲目の男が有り金をかける。

 ルーレットが回り、カラカラと音を立てて、小さな球が転がる。

 カラン……!

 ルーレットが止まり、音を立てて入った先は──。

「残念だったなァおっさん、出た目は黒──」

「白だね」

「白だろ」

 小悪党の言葉を遮ったのは、黒を基調としたジャケットを着た女に、アロハシャツの男だった。

「あァ!? 誰だてめェら! どう見たって黒だ! 首を突っ込むんじゃねェ!!」

 脅しをかけるように、怖い顔をして怒鳴る小悪党を、しかし首を突っ込んだウタとルフィは、別段気にする様子はない。

「ホ、ホントに勝ってますかい? どなたか存じやせんが、ご親切にどうも……!」

 お礼を言う盲目の男に、ウタとルフィは笑って言う。

「見たままを言っただけだよ、気にしないで。黒いのはそこの小悪党の腹の中」

「ししし、よかったなァ、おっさん! それにしても、おっさん相当強そ──」

 その様子に、言論や脅しでの制圧を諦めたように、小悪党共が武器を抜いていきり立った。

「おれたちが黒と言えば黒!! どうせ見えてねえ奴相手なんだ、それでいいんだよォ!!!」

「邪魔者は消えな!!」

「ギャハハハハ!!!」

 その物言いに、ウタの眉が平坦になる。

 腰の“指揮杖《ブラノカーナ》”に手を伸ばそうとして、

「こらァいけねェ!!」

 それを盲目の男の声が遮った。

 盲目の男は刀を鞘から抜きながら、立ち上がる。

「ちょいとお兄さん方、そこを退いてておくんな。この人ら、地獄に落ちて貰いやすんで……」

 ただならぬ雰囲気に、ルフィとウタが一歩跳び退る。

 ベゴン!!

 いきなり、建物の床が軋む音がした。

 ウガ、おもい、などの悲鳴が、その陥没した床の上に立っていた悪党共の口から洩れる。

 次の瞬間、

ベゴン!!!

 一層大きな音が鳴ったかと思うと、悪党たちは悲鳴を上げて床に空いた奈落の穴へと落ちて行った。

「……は? え?」

 何が起こった、とざわめく店内で、ウタが呆然と口を開けて呟く。

「──この人の世には、見たくもねェ薄汚ェモンも……たくさんありましょう……」

 盲目の男はそう呟いてから、店主に損害の請求先の書いた紙を渡して店を後にしようとする。

 その男に、ルフィが背後から声をかけた。

「おっさん強ェなァ!! 何者なんだ!?」

 その声に、盲目の男は振り返って、少しだけ寂しそうに「へへ」と笑った。

「どうやら……言わねェほうが、お互いのための存じやす」

 そう言って、その盲目の男は店の扉を開けて、外へと出て行った。

 バタン、と残像のような影を残し、音を立てて、扉が閉まる。

「──!!」

「あ、おいウタ!?」

「多分すぐ戻る! 見つけた!!」

 ウタは脱兎のごとく駆けだして、盲目の男の消えた扉を開いて、アカシアの町へと飛び出した。

「おいおっさん、どこに目を付けていやがる!!」

「あ、すいません……、おケガは……」

 出てすぐのところで、先ほどの盲目の男が通行人と話をしているが、ウタはそれを気にせずに周囲を見渡した。

(────盗まれた!!)

周囲に目を配りながら、ウタは歯噛みする。

 先ほど、盲目の男が床に穴を開けた一瞬。

 腰の“指揮杖”に伸ばしていたウタの手を、何かがすっと撫でて行ったのだ。

 そして、気が付けば、そこに“指揮杖”はなかった。

 あまりの早業に、ウタは絶句したのだ。それが手に当たっていなければ、きっと気が付くこともなかっただろうから。

 そしてウタは、盲目の男が外へと出るのと同時に外へ飛び出した黒い影にアタリを付けて、こうして外に飛び出してきたのだが……。

「いた!!」

 ウタの視線の端を、だっと駆ける小さな影が見えた。

 ウタは通行人の合間を縫って、そちらへと駆け出した。

 妖精。

 先程の飲食店で、オモチャの言っていた存在について、ウタは思い出す。

 妖精とは確か悪戯好きで、人の物を取ったり、隠したりするのを好むような性格をしていたはずだ、とウタは記憶を手繰る。昔、エレジアに置いてあった本を読んだことがある。

 妖精が出る、という噂を聞いた時点で、もう少し警戒するべきだったか、とウタは一瞬だけ反省して、思考を切り替える。

 走りながらヘッドフォンを外して首にかけ、その妖精の出す足音を聞き逃さないように、妖精を見失わないように、集中する。

「逃がさないよ!」

 ウタは息巻く。

 妖精に誘われるように、ウタはドレスローザの町中へと駆けていく……。

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