魔術師とバリアの人が駄弁るだけ

魔術師とバリアの人が駄弁るだけ



※作者≠キャラ。

※他の方に対する印象はキャラクターのものであり、それ以上の意図はありません。

※描写の解釈違いなどありましたらすみません!


「……く、」

来るんじゃなかった……!!

休日の夜の共通食堂は様々な種族の様々な人達でごった返していて、わたしはその場でおろおろすることしかできない。声と熱気が思考をますますまとまらなくさせる。入口から動けない。

人混みは苦手では無いけれど、混んでいるレストランは別だ。わたしの声はだいたいウェイターさんに届かないし、こういう食堂だとどこに座ればいいか分からない。相席?初対面の人とは絶対に無理。気心知れた人とでないと恐れ多いし、話が続く気がしないから。

この時期はお祭りかスポーツ大会か、とにかくそういうものがあった気がする。塔に篭っている頃は世間が何をしているかなんて気にせずに好きなだけ好きなことをしていられたけど、もうそのままの感覚じゃダメなんだよね。

新聞とか、ギルドや役所の掲示板とか。そういうのをちゃんと見ておけばよかったな、と方を落として立ち去ろうとした時、

「おーい、おぅい!」

喧騒の中でもしっかりと響く、朗らかな声が聞こえた。

「ここ、空いてるぞー!」

すぐそばの空席を叩く、がっしりとした二の腕。ベテルギウスの色をした短髪が、ご機嫌に揺れている。相変わらず立ちつくすわたしの横を、獣人が鼻を鳴らして通り過ぎていく。見上げると、丈夫そうな扉の奥から続々と鎧を着た一団が入ってくるところだった。

「……お、」

少し、逡巡したあげく。わたしはその人の隣の席に、遠慮がちに滑り込むことにした。

「おっ、お邪魔します……」

「こんばんは!こんなところで会えるとは思ってなかったぜ」

テーブルの上には、パエリアやお酒のグラス、空っぽの皿が並んでいる。わたしの隣に座った魚人の女性が、その隣に乱雑にお猪口を置いた。

「こ、こういうところに……一人で来るのは、初めてで……」

メニューを差し出されたわたしの口調は、言い訳がましく聞こえただろうか。思い返せば、ここに来る時はいつも誰かと一緒だった。

「そういえば、あんたを見かける時はだいたい誰かといるよな」

並んだ料理名を眺めながら、思いついた顔をなんとなく思い浮かべてみる。それは向こうも一緒だったみたいで、メニューを頼んだ後は自然とその人たちの話になった。

「さ、31さんは……その、優しくて、頼りになりますし……かっ風の魔法も、コントロール性を保ちつつ高威力をコンスタントに使いこなしていて……凄いです……」

「やっぱり、魔法使いから見てもあの人の風の魔法は凄いんだなぁ。人柄も明るいし、大人だよなー」大人が大人に向かって言うのは変か?と笑いながら、届いたばかりの骨付きチキンを豪快にほおばっている。わたしもミネストローネをぱくつきながら、うんうんと頷いた。

「蛇の酒蒸しかぁー…美味いんだろうか?」あの笛使ってからは食う気がしないなー、と苦笑い。

「あの笛……ま、まだ使えるんですか……?」

「意外と効果が長くてな、この前警備宿舎で吹いて怒られたよ」

蛇、ではないけれど。

「ね、ネブラさん……かわいかった……」

ぽってりとしたシルエットと、ほのかに輝く赤い舌。カオモジさんを引きずっていく活躍は、頼りになる使い魔のそれで。

「これ見てそれ思い出す?」と、少し笑われてしまった。

「まさかカオモジが協力してくれるなんて、爆破騒ぎの頃は思わなかったよな」

そういえば、あんたはその時のカオモジに会ったんだったよな?と、山盛りのサラダを食べながら聞かれる。そういえば、そうだった。

「……可愛いのに、底知れない人でした」

何をするか分からない緊張感と、特有の間合い。今は知識も技術も頼れる不思議な人だと分かっているけれど、思い出すとそういうところもやっぱりカオモジさんだな、と思う。

「底知れないよなー。あ、すみませーん、エールおかわり!」

「わ、わたしも……岩じゃがのピリ辛フリット、お、お願いします」

「不思議と言えばさ、あの炎飛竜、元気かなー。」

店員さんに軽く会釈してから、その人はふと呟く。

「か、飼い主さんがすごい人なので……だ、大丈夫では……?」

あの人も、不思議な人だ。夜の匂いと朝の清潔さをまとった、どこか異界の匂いがする人。

「だよな。また会いに行きたいな!」

その人のことを考えると、わたしは引っかかるものがある。

"塔"。かつてのわたしの宿。薄暗い、宝箱の埋まった洞窟のような古巣。

「……塔」「とう?」いつの間にか声に出てしまっていたらしい。

「塔って、あの占星術の総本山だよな。どんなところなんだ?」

目の前の人の認識はまだいい方だ。

世間からの評価は『変人たちの巣窟』『奇人の巣』『魔法学校から弾き出されたやつの集う場所』『カルト』『正直なにやってんのか分からない』『あれ、いらなくない?』などなど。

風通しが悪いし、外からでは全容が見えないからだと思う。わからないものは怖いから。何しろ、身を置いていたことがあるわたしだって塔の全てを知っているわけじゃない。

譲れなかったものがある人。人と合わせて歩くのが苦手な人。優しすぎた人。疲れてしまった人。

魔法学校は素敵で、きらきらした、大切なかけがえのない学び舎だけど。眩しくて暖かな光だけが、魔法使いの居場所じゃない。太陽の出る真昼では、輝けない星もあるように。

「わ、わたし……み、見て分かるように、人付き合いが苦手で」

真昼では輝けない星たちがきらめく暗がりに、わたしは惹かれた。六等星として、転がり込んだ。

「でも、と、塔では……気にされなかった、から」

まだ幼かったわたしも、偉いおじい様も、塔の中では等しく一人の門徒だった。馴れ合わず、気にされず。知識の海に沈みこんで、一週間誰とも会話をしなくても、心配されたりしなかった。

「だ、大事な……場所です。」

「そっか。なんかいいな、そういうの!でも人付き合いはそんな苦手か?」

「こっこれでも改善された方ででで……」

「そうなのか……そういえば、武術家さんとは知り合いなのか?ライトの時そんな感じだったから」

ライト、と発音する時、声が低くなった。大切な宝物の場所を教えるように。わたしも一瞬、目を伏せる。

「ま、前に……偶然、会ったことがあって」

路地裏の黒猫から始まった、天使様の宝石の時に。どちらの宝石も、思い出こそ違えどわたしの宝物だ。

「かっこいいよなぁ、あのバトルスタイル!」

「と、徒手空拳というのでしょうか……すごい、ですよね」

飛び去る彼の後ろ姿のことを思う。わたしはフィジカルに自信が無いから、あんなふうに高く飛ぶには魔法を使わないと無理だ。きっと、鍛錬に裏打ちされているのだろう。

「ニッパさんもかっこいいよな、魔法無効化!」

「ふ、不思議が沢山です……でも、きっといい人、です」

あまり、話したことはないから。わたしの印象になってしまうけれど。でも、間違っていないと思う。これでも、第六感が必要な場所にいたのだ。

「そういえば、護衛の人は大丈夫だったのかな?」

「も、元に戻れたみたいです……」又聞きだけれど。何はともあれ、よかったよかった。

「俺も要人の警護はやったことあるけど、それが四六時中続く仕事となると疲れそうだよなー。警護対象と仲良さそうだから、案外いいのかもだけどな」プリンを食べながらわたしが頷く。家族のような、それでいて甘い、不思議な空気を纏ったふたりだ。

「……けっこう話し込んじまったな」

「そ、そういえば、お仕事は大丈夫ですか……?」

「ん?今日は早上がり。たまーに酒飲んで暴れるやつとかいるから、いつもみたく偵察の名目で呑みに来たんだ」

ふと気づくと、周りの声は色を変えていた。呂律の回らない声、たまの大声にいびき。わたしも、そろそろお腹いっぱいだ。

「ご、ご馳走様でした」

スプーンを置く。

「ごっそさん!今日はありがとなー、一人で飲むと寂しいから助かったわ」

「い、いえ……こちらこそ!」

会計に立ったわたしたちに、誰かが開けた窓から遠慮がちに夜風が吹き込んでくる。人が集まる場所特有の熱気を、料理や酒の匂いを、混ぜてどこかに運んでいく。涼しげな上着を着せかけるように、体のほてりを冷ましてくれる。

「じゃあ、また!」

「ま……まっ、また!」

言うか迷った。迷って、言った。半音ズレた声にバリアの人は目を丸くして、

「おう、またな!」

大きな手をひらりと振った。

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