魔法をとかないで
※閲覧注意
※お話しているだけ
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12年🍁天 閃光の貴公子×シンデレラガール
「遅くなっちゃいましたね、忙しいのにごめんなさい」
「構いません。ガール、こうして一日を貴女に捧げられるのは、私にとって至上の喜びです」
「フラッシュさんは、王子様みたいなことを言うのが上手ですね」
部屋の扉を開け、キングサイズのベッドを除いた、至って普通の部屋を見たときにはほっと胸を撫で下ろしたものだ。
卑猥な道具なんかがあったらどう対応すべきか頭を悩ますことになっただろう。
しかし、このような場所に連れてきた時点で彼女への危険はただならぬもの。油断はできない。
彼女にとっては、自分はただの先輩。それ以上でも以下でもない。
名を呼んで可愛らしい笑顔で後ろをついてきた彼女。最後のダンスパーティーで手を握った彼女。そして再び、自分の手を取ってくれた彼女。
御伽噺のお姫様のように可憐で、しかしお姫様よりもたくましい。
「またこうしてフラッシュさんとお話しできて、嬉しいです」
「私もですよ。あの日のことを何度も思い出しますね、Aschenputtel」
「……はい、すっごく嬉しかったです。ちゃんと胸を張れて、ちゃんと踊れて」
あの日、彼女は小さなひびのあったガラスの靴を履いていた。初めてのG1の日から着用しているのだから、それも長年走っていてはそうなるのは当然だった。しかし、それでも消せない、宝石のような輝きを宿していた。
きっと、あのガラスの靴には魔法がかかっている。永遠の輝きを手に入れるための、魔法が。
それを見たとき、我ながらに解けない魔法がガラスの靴にかかっているのだなと思ったものだ。
その魔法は、きっとこれからも続く。
「……フラッシュさん?」
「すみません、少し考え事を」
ベッドに座り込み、虚空を見つめる自分をのぞき込む彼女。小さな体をより小さく丸めて。
「フラッシュさんも、そんなことあるんですね。何だか意外です」
鈴を転がすような、軽やかな可愛らしい声と血色のいい両頬に浮かんでいる豊かな微笑。年月は経っているのにも関わらず、その横顔にかつての彼女を重ねてしまう。
「私もそれぐらいありますよ、可愛い貴女の前ではきっちりとしていたいだけです」
きっと、自分も魔法をかけられている。時計の短針がきっちりと12時を差す数秒前に、ずっと時を止められているような。
「何ですか、可愛い貴女って。これでも私はフラッシュさんと同じ、G1馬なんですから」
少し悪態をつく彼女の表情は明るい。
きっと、彼女も魔法にかかっている。変わらないこの関係が、時間が、たまらなく愛おしい。
「ごめんなさい、もう立派なレディでしたね」
「……しかし、私にとってはいつまでも、いつまでもガールは可愛い後輩です。子供扱いしている、とは言っていませんよ」
ドイツでのシンデレラは、自分で魔法をかけて舞踏会へ行き、カボチャの馬車を、ガラスの靴を作った。
彼女はシンデレラ。彼女は全てに魔法をかけた。ならば、魔法を解くのも、解かないのも、全て彼女次第になるだろう。
「フラッシュさんは本当に、王子様みたいです。私にとって、今も昔も。何だか、シンデレラの舞踏会にいるみたいですね」
シンデレラが自分で魔法を解かない限り、王子との舞踏会は続く。
あのガラスの靴にかけられた魔法が、解けませんように。喜びを頬に浮かべる彼女を横目に、心の中で強く思った。