魔法の言葉3

魔法の言葉3

平子♀の誤解は殆ど解けてない

続 魔法の言葉 の続き


1年を締めくくる季節、12月。

高校卒業を控えた撫子が連れてきた恋人は、死神にも人間の男にもやらんと意気込んでいたひよ里の堅い決意を木っ端微塵に砕いてしまうほど真面目で誠実な滅却師だった。

それから約9年。

2人は長年同棲、交際していたので、軍勢は石田のやや几帳面なところや台詞掛かった話し方をするところ、撫子への強い想いを知っている。

そんなわけで、撫子と石田の結婚は満場一致で認められ今日を迎える事となった。


「好きな人には好きって伝えるんだやって。ええ歌詞やなシンジ」

「ほっとけや」

平子とリサの視線の先には、華やかなウェディングドレス姿の撫子がタキシード姿の石田にファーストバイトを行っているところだ。祝福の言葉に微笑む撫子の姿はとても幸せそうな顔をしている。

平子はその様子にホッとし、その隣に座っているリサは穏やかな表情で二人を見つめている。

「自分が『愛する男の子を宿したい、ひとの親になりたいと願った女』の子と知って悩んでたナコが結婚するとはな」

「…その節は娘がお世話にナリマシテ」

「内心の自由は認めたらな、くらいしか言うてないよ。高校通ってあの子にとっていい出会いがあって良かったわ」


ーーーオカン失恋してるんやって。男の趣味悪いよな、リサ姉。


あの日、部屋に押しかけてきた妹分の言葉にリサはどう返答してやるものか、とぼんやりと考えた事を思い出す。

流してもいい、適当にあしらっても撫子は何も言わないだろう。

しかし、それでもわざわざこの話題を持ち出したということは、母に言いたくはないのだろう。


------ナコと男の趣味が合わんのは確かかもな。


藍染と平子の始まりがなんであったのか。リサは聞いていないし、聞くつもりもない。

だが、藍染の娘だと確定するまで平子がどんな感情を抱いていたかは知っているし、色んな意味でイカれてるな、とは思うが藍染を赦す事は無い平子を否定するつもりは無い。

「ナコを不幸にした時は殺すって言うて渡したったわ」

「バージンロードで石田に耳打ちしてたんそれかいっ!」

バージンロードを誰が歩くか問題、誰も手を挙げなかった為、ひよ里特製ポンコツくじの結果リサとなった。

「アタシはチチオヤ役やねんから、それくらいの権利はあるはずや」

「花嫁花婿は苦笑する訳やわ……でもマァ、せやな、うん」

思わず突っ込みを入れたものの、その言葉に返された同意に少々吹き出してしまう。

「石田なら大丈夫やろ。アイツも変わってるけど安心して任せられるし…どないしたんよ花嫁のお母さん」

「撫子の花嫁姿がな、見れるなんて思わんかったからな……」

「チチオヤとしての贔屓目抜きにしても今日のナコは綺麗や。発光してまるでマユリみたいやね」

「…マユリ…せやな」

珍しく相槌を打つものだから少しだけ面白くなる。

お色直しの為、撫子は兄(浦原)と一時退席した。髭を剃ったスーツ姿の浦原を見て、「やっぱヒゲがあった方がええ」と零していたのはご愛敬という奴だろう。

そのすぐ後に、友人代表である黒崎一護が挨拶に来た。

「ご無沙汰してます、真子さん」

「一護!すっかり大人になったナァ。一勇もリングボーイの大役お疲れ様、緊張せんかったか?」

「可愛い息子やね。頑張って偉かったなァ」

「ありがとうおばちゃん達!少し緊張したけど楽しかったよ」

黒崎一勇に声を掛けると、子供特有の高い声とくりくりした瞳が可愛いらしい男の子が返事をした。

「コラッ!お姉さんだろ。撫子さんの結婚、おめでとうございます」

「ありがとうさん…一護にそんな話し方されるん変な感じや。フツウに喋ろうやフツウに」

「お、おう。そうか?そうだな…瀞霊廷の式も家族全員で参加させて貰うな」

「おおきに。ご祝儀は気にせんでエエから、もう一回出席頼むわ」

そんな訳には…と渋る一護に、アッチの通貨持ってないやろ、と言うと何とか納得してくれた。

「アタシもおばちゃんやって」

リサは不服そうに唇を尖らせる。

「母ちゃんより歳上の女なんて皆おばちゃんや。おじさんって言われんかっただけマシやろ」

「そうだけどサァ」

そんな会話をしていると、会場の扉が開き、お色直しのドレスを着用した撫子と石田が入場してきた。

元々平子が持っていた振袖を新郎新婦がドレスに仕立て直した一点物だ。ピスタチオグリーンの生地に繊細な花模様が咲き誇る鮮やかな柄。長く緩いウェーブ髪をアップにし、首筋が見える髪型が普段の撫子とは違う雰囲気を醸し出してよく映えている。

「良かったなぁ……」

平子がポツリと呟いた。100年以上前の振袖がこうして娘の晴れ舞台で着られるとは、あの男も夢にも思わなかったのだろう。

各テーブルを廻り平子達親族のテーブルに来た撫子は似合ぅとるやろと、にい、と口元に弧を描かせて無邪気に笑んだ。

「ひよ姉にどの振袖使うか決めてもろたの正解やったわ」

「自分は常にジャージやのにな」

「うっさいわハゲ、服は似合えばええんや」

家族でじゃれ合い、友人の余興が終わると、家族への手紙の時間である。撫子が書いた手紙の内容にひよ里は涙ぐみながら怒り、列席者一同は惜しみない拍手と祝辞と爆笑を浴びせた。

「『-----そして、ここにいないあなたへ。あなたが今何を考えているのかわかりませんが、私の大切な人達に手を出したら、もう会いに行きません。』」

よく通る声が響く。

「『あなたの事を許していませんが、嫌いにも無関心にもなりきれません。私は雨竜さんと幸せになります。どうか無間(そこ)から見ていてください。』」

平子は声を出さずに笑い、ひよ里を見ると同じ気持ちだったようで、顔を見合わせて肩を揺らした。

藍染に聞かせてやりたいーーいや、藍染はこの景色を見て嗤っているだろう。

娘が巣立っていき、孫が生まれ、命が繋がっていく。血が繋いだ縁がある限り、藍染が孤独になることはない。

それは馬鹿らしいほど夢見がちで、くだらない妄想だけれど、平子はそれでも良いと思った。

撫子の手紙は続いていく。この場にいる全員に向けて、心からの感謝と、愛しいという想いが流れ込んでくるようであった。

撫子は本当にいい子に育った。

「『-----私は、皆のおかげでこんなに幸せな人間になれました。ありがとうございます。』」

そう締めくくり、花束の贈呈を持って披露宴は終了した。


今日は泊まりか?出席出来んかったルキアちゃんや拳西達も気にしとるやろうし帰ろうと、と話していると、平子の伝令神機が鳴る。

ディスプレイに表示された名前は雛森桃。嫌な予感しかしなかった。

出た途端、耳に飛び込んできたのは「隊長大変です!藍染惣右介がーーー!」

平子は思わず端末に向けて叫びそうになるが、深呼吸して落ち着けと自分に言い聞かす。

あの男、撫子の一生に一度の晴れの日を台無しにする気か。

思考回路が混乱する中、リサが平子の頭を小突いた。


『可愛いアタシに金輪際会えんくなってもいいんか?オトウサン?』


平子は雛森にすぐに帰るので準備を頼むと連絡し、浦原から録画していた映像を受け取り、義骸を飛び出し尸魂界へ急いだ。

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