魔法の帽子と共に行く異世界!

魔法の帽子と共に行く異世界!


第一話『いきなり異世界へ!?』

 

 どこかの森の中、少年は一人彷徨っていた。鬱蒼とした森の中、空も見えない森の中を一人歩いていた。変わらない景色の中を、ずっと。

「どうしよう……このままずっと、こんな森の中を歩き続けるのかな……?」

 こんな何か出そうな森の中を、Tシャツとジーパン、スニーカーという軽装(ポケットには財布とスマホ)で歩いている少年の名前は夢野(ゆめの)春太(はるた)。16才の少年である。実は、この少年はこの世界の人間では無い。

 なぜこんなことになったのかというと……。

 

 

 窓から朝日が差し込み、夢々の顔に直射日光が当たる。目覚ましも鳴って、朝が来たことを知らせる。

「ふわわわ……あー、今日は日曜か。ということは、あの日か! 楽しみだな~」

 春太はパジャマから私服に着替えて、部屋から出て階段を降りる。ダイニングには、春太の家族がそれぞれ朝食を待っていた。

「おはよう、春太。ご飯もう食べられるわよ」

「おう、春太。早起きだな」

 母と兄が春太に声をかけると、扉を開けて父と妹が出てきた。

「おはよう、夏鈴(カリン)を起こして来たよ」

「おふぁよう……」

「みんな揃ったわね? それじゃあみんな、いただきます!」

「「いただーきまーす!」」

 家族揃って、ご飯を食べる春太の家族。だが、父が少し不満げな顔で言う。

「しかしまあ、秋奈(あきな)はまた帰って来なかったのか?」

「ええ、病院に泊まり込みよ。最近多いわね、あの子」

「秋奈お姉ちゃんに会えなくて、あたしさみしい……」

「そうね。でもね、看護師さんっていうのは、人の命を預かるお仕事だから、大変なのは仕方ないことなのよ」

「う~……」

「そういえば、春太は今日、俺らと一緒に映画に行けないんだっけ?」

「うん冬兄(ふゆにい)、今日は野枝留(ノエル)ちゃんと一緒に映画を見に行くんだ」

「ほお、その子は確か、クラスで人気のある女の子だったよね?」

「うん、元々友達づきあいはあったけど、二人で映画行こうって誘われてさ」

 その言葉を聞いて、春太の家族は一斉ににやついて一言。

「デートか!」

「デートだぁ!」

 そして、顔を真っ赤にして春太は……。

「なんだよ……そーだよ!」

 そんな春太に父親が一言。

「春太、心配は無いと思うが、下の方は合意の上でな!」

「ちょっとお父さん! 急に何言うの!」

「大事なことじゃないか!」

「ちょっとあなた! 朝食を食べている時にそんなこと言わないでください!」

 そんなことをギャーギャー言いながら終えた朝食を終えた春太。こんな家族だけど、春太は大好きだった。優しい両親、頼りになる兄、しっかりした姉、可愛い妹、そんな家族が好きだった。

(全く、みんな……良い家族だなあ)

 そう言って、デートの用意をして家を出た春太。電車に乗って、待ち合わせの場所に来た。ワクワクしながら待っていると、その子は来た。

「春太君、待った?」

「野枝留ちゃん! 大丈夫だよ、僕もちょうど来た所だよ」

「そう……ありがとう、んじゃ行こっか」

(……可愛いなあ)

 可愛い女の子と一緒に、デートする。すると、野枝留は手を出してきた。それを見て、春太は遠慮無く手を繋ぐ。良い子だなあ、と幸せな気分に浸っていた。

 だが、その幸せは、唐突に崩れ去った。

 ドズン! と、何かが刺さるような鈍い音がした。その音がした方向は、なんと……春太の脇腹だった。じわり、と広がる赤いシミ。刺さっているのはナイフ。刺したのは、フードを被ったクラスの男子だった。

「え……え……?」

 訳がわからないまま、激痛が走る。力が入らない。その場に倒れてしまう。体から何かが出て行くような感覚が、やけに大きく聞こえる心臓の音と共に感じる。

「キャーッ!」

「ひ、人殺しだーっ!」

「警察を呼べーっ!」

 野枝留の悲鳴。人々が騒ぐ声。それを意に介さず、血塗れのナイフを持った男子は、野枝留に近寄る。

「えへ、へへへ……の、野枝留ちゃぁん……君はねぇ、こんなヤツと、付き合っちゃあいけないんだよぉ……僕は、君のことを、ずっと好きで見ていたのにぃ……」

「ひ、人殺しーっ!」

「や、やだなぁ……僕は、君を悪い男から守るナイトなのにぇ……」

 その光景を春太は見ていたが、激痛が酷くなって目の前が霞んでいくのが見えた。徐々に赤く、黒く染まっていき……完全に黒くなると同時に意識が飛んだ。

 

 

「……はっ! ぼ、僕は、一体……」

 春太が目を覚ますと、見えたのは全くの闇。まるで、自分の目が光を失ったかのような感覚を感じて、おどおどする春太だったが、急に光が見えた。

 その光から現れたのは、多数の白い羽を背中から生やした、白いドレスを着た女性だった。

「だ、誰ですか……?」

「私は天使です。哀れな少年よ、あなたは非業の最期を迎えてしまいました」

「え、まさか僕……死んじゃったの!?」

「はい、死んでしまいました」

「そ、そんな……」

 まさか、あんなことで死んでしまったのかと、絶望で膝を折る春太。そんな春太に、天使は頭を撫でて一言。

「まあ、よくあることです。人がいきなり死んでしまうことなんて、生きていればままあることなんです」

「そうなんれすか? 酷い……」

 涙目になって鼻水も出ている春太に、天使はそっと頭をなでる。

「では、本題に入りまして……あなたは死んでしまったのです。あなた方人間は、死んだら天国や地獄に行くと聞いていますよね?」

「死んじゃったからね……どうなるの、僕……?」

「ええ、あなたは今まで悪事とかはしていませんし、善良な人間ですね。ですが、あなたは天国には行けないのですよ」

「なんで!?」

「ええ、最近は悪事を働く人間も少なくなって、天国に行く人が多くなって天国が満杯になりそうなんです。輪廻転生も結構時間がかかるものですし……」

「じゃあ僕地獄に!?」

「いえ、罪を犯していない人を地獄へ送るのは禁止されているんですよ」

「じゃあ……僕どうなるの!?」

「天国にも、地獄にも行けない人は、異世界へ送られるのです」

「異世界!?」

 天国か地獄か、そう思っていた矢先に異世界という第三の選択肢が発生したことに、涙が引っ込むほど驚く春太。天使は無表情で淡々と続ける。

「異世界で生き残ることができれば、あなたは元の世界で元通りの生を約束しましょう。頑張ってください」

「ちょ、ちょっと待って! そんな、いきなり言われても……そ、そうだ! なんか、能力とかもらえたりしないの!? こういうのって、そういうのがお約束だったりするし……」

「ありません、人間の妄想です」

「そんな!」

「では、頑張ってくださいね」

 天使が手をひらりとすると、春太は後ろに吹っ飛んで行った。どうすることもできないまま、春太はされるがままだった。

 春太が見えなくなった時、天使は無表情を崩して、にやぁと笑う。

「……精々、頑張ってちょうだいね。私達の為に」

 そして、目が覚めた春太は、森の中にいた。何の能力も装備も無く、Tシャツとジーンズ、スニーカー(ポケットには財布とスマホ)という軽装で、今にも何かが出そうな鬱蒼とした森の中に。

 

 

「なんでこんなことに……」

 春太は、今にも泣きそうになっていた。こんな何もない状態で、どうやって生き残れと言うのだという理不尽に駆られ、ただひたすら歩いているだけだった。

 空気の感じから、ここが自分の世界とは違う世界だとはわかる。だからこそ、この森の中からいきなり何が出てきてもおかしくない。巨大な獣はもちろん、ゴブリンですら太刀打ちできないのだ。なにしろ、春太は平和な世界で安穏とした生活を送ってきた一般人。武器も筋力も無いことは、春太自身が一番よくわかっている。だが、立ち止まっていても助けが来るわけではないので、仕方なく歩いているという状態だ。

 しかし、景色は一向に変わらない。まるで同じ所をグルグル回っているかのような、そんな錯覚に陥っている。

「どうしよう……どうしたらいいの?」

 どうしようもない状況。光明があればなんであろうとすがりたくなるような状況だった。

 そんなことが何分か、何時間続いただろうか。突如、求めていた光明が見えた! 森の木々の中から、一筋の光。それを見て、春太はそれに向かって走り出した! 

「村!? 町!? 城!? なんでも良いから、とにかく突っ走れー!」

 少なくとも、こんな暗い木々の中にいるよりはマシだと思えた。生き残れないかもしれない、最悪の選択かもしれないけど、やらないで死ぬよりはマシだったと思う春太。逆に、そう思わなければ狂ってしまいそうな状況だったから。

 なんとかなれの精神と、鬼が出るか蛇が出るかの精神で、光へひた走る。そうして、光が視界を覆い尽くして、目が慣れてちゃんと見えるようになった瞬間に見えたのは……。

「あ……」

 見えたのは、崖際に立つ屋敷だった。見るからにボロボロで、窓は割れているし、外壁は傷だらけで正面玄関の扉も傾いて半開きだった。こんな所に、人が住んでいるとは思えない。断崖絶壁に立つ、ボロ屋敷。これが、光の正体であったことにがっくりする春太だった。

 だが、すぐ気を取り直し……いや、開き直って屋敷の前に来た。

「落ち着け、ひょっとしたら何かいるかもしれない。幽霊とか、モンスターとか……少なくとも、雨よけにはなるかも……」

 すると、雨がポツポツと降り始めた。このまま土砂降りになったら、それこそ本当にいろいろあって死にかねないので、入るために春太は一応半開きのドアをノックした。

 ……返事は無い。空き家に勝手に入る罪悪感はあれど、ずぶ濡れになるよりはマシだと考え、立て付けの悪いドアを開けて中に入った。

 電灯なんか無いので、当然暗い。ポケットからスマホを取り出して、ライトをつける。充電は百パーセント近いが、いつ消えるかわからない。

 中はあちこちボロボロではあるものの、高級そうな絵や骨董品などが置かれていた。階段も大理石みたいな高級そうな石に絨毯が敷かれていた。

 正面奥の部屋へ行けば、食堂らしき部屋に出た。何か食べられるものがないかと思ったが、食料庫らしき所にはちり一つ残っていなかった。

 右の部屋には、倉庫があった。何か使えるモノが無いかと探して、武器を見つけた。槍やら剣やらがあったが、重くて全然持てなかった。他の縄なども、何に使えばいいのかわからなかった。

 階段を登った先にあった部屋は、古い本が並んでいる書庫があった。本をめくってみても、よくわからない文字ばかりで、一文字も読めなかった。

 そして、寝室らしき部屋もあった。ベッドは一丁前に天蓋付きのベッドだった。ボロボロのだが、少なくとも、ノミとかシラミとかいるかもしれないが寝ることはできそうだった。

 最後に入った部屋は、衣装部屋らしき部屋だった。高級そうな衣服が多数ラックにかけられていた。だが、全て黒色の燕尾服だった。

 そして、ついでなのでクローゼットを開けてみると……。

「はーっくしょん! ええぃ、今更戻ってきて、我輩の大切さをやっと理解できたのか?」

 開けた中には、シルクハットだけがあった。それも、かけられていた燕尾服と同じ、黒色だった。

 それしか無いはずなのに、開けたとたん大きな声が返ったのだ。春太はびっくりして部屋を見回すが、誰もいない。

「だ、誰かいるんですか!?」

「ん? 自信過剰で我輩の大切さも知らない、バカでアホタレなジャギーかと思ったが……誰だ貴様は?」

声と共に目の前のシルクハットの表面に赤い一つ目とギザギザの歯が現れて動いた。それに、春太は大変に驚いた。

「ぼ、帽子が喋った!?」

「なんだ貴様は失敬だな! この世界に帽子が喋ってはいけないというルールは無いだろう」

「すいません……」

 春太は頭を下げて謝った。だが、どうにも訳がわからず、シルクハットに尋ねる。

「あ、あの……あなたは誰ですか?」

「ああそうだった、自己紹介がまだだったな。我輩は、稀代の魔術師が自らの魔法を全て与えて生み出した、魔法のシルクハットだ!」

「は、はあ……」

「なんだ、納得がいっていないようだな……まあいい、次はお前の自己紹介でもしてもらいたい所だが、いちいち説明してもらうのも面倒だ。我輩を頭に被れ」

「え?」

「いいから被れ」

「わ、わかりました……」

 黒シルクハットに促され、頭に被る春太。すると、シルクハットは「んおっ!?」と、驚く。

「なんと、貴様はこの世界とは違う世界から来たのか!? それも、天使にいきなり言われて……ほうほう……」

「あなた、ひょっとして僕の記憶とかが読めるのですか?」

「そうだ。我輩を頭に被った人間の考えくらい、読めなくてどうする。しかしまあ……大変だったな、なんの力も無いのに、この世界に来てしまったとは……道中何も会わないでよかったな」

「そ、そうだったんだ……」

 ひょっとしたら、何かに襲われていたのかも……と思うと、震えが止まらない春太。シルクハットを頭から外し、今度は春太がシルクハットに問いかける。

「それで、あなたはどうしてこんな所にいたんですか?」

「ああ、我輩か? 我輩は元々、稀代の魔術師に生み出されて以降、ジャギーという魔法使いに拾われて一緒にいろいろやっていたりしたのだが……あの自信過剰のボケナスが我輩など必要無いと言いだして、我輩をここに閉じ込めたのだ! 今まで散々我輩が手助けしてやったと言うのに、ヤツときたら!」

「ははは……そうなんですか」

 愚痴を言うシルクハットに、帽子にもいろいろ苦労があるんだな……と、春太は独りごちた。そして、シルクハットは「コホン」と咳払いをした。

「それで、春太とやら。お前はこれから、どうするつもりでいるのだ?」

「え、えっと……ホントどうしましょうかね……殆ど何もないのに、こんな所来ちゃって……その上、帰る方法すらわからないで……一応天使さんからは、生き残れとは言われたけれども……どうしたら良いかわからないよ……」

「だろうな。はっきり言うが、この世界において、魔法も特殊技能も持っていない。その上、そんな柔らかい体では、ゴブリン共はおろかその辺の人間にすら勝てないだろう」

「そう……ですよね」

 実際この異世界において春太は、貧弱な16才の少年だった。戦うことも、武器を振るうことすらもできない。一方的に蹂躙されるだけの、弱者。

 正直言って、あんな森の中でシルクハットが言うゴブリンみたいなモンスターにすら出会わなかった+この屋敷にたどり着けただけでも、奇跡に近いのだ。だからこそ、あの森を抜けられるとは思えない。

 そんな春太の考えを見透かしたのか、シルクハットは春太に対してにやりとする。

「どうだ、春太よ。我輩と契約する気はないか?」

「け、契約!? な、何出せばいいの!?」

「落ち着け、魂だの命だの、悪魔とするようなモノはいらん。お前はこの世界で生きる助けが必要で、我輩は我輩を必要としてくれるヤツが必要だ」

「それで?」

「言っただろう、我輩は稀代の魔術師が自らの魔法を全て与えて生み出した、魔法のシルクハットだ。お前に力が無くとも、我輩自身が力を行使すればまあその辺のヤツには負けんだろう。だからこそ、我輩をお前が被ってくれればそれでいい」

「ほ、ホントに良いの? 大丈夫?」

「心配するな、何も取ったりはしない。まあお前も、どのみち我輩を頼るしか選択肢は無いのだろう」

 シルクハットの言い分は正しかった。かなり怪しいけれども、春太にこの異世界を生きるための能力は、はっきり言って無い。だからこそ、怪しくともこのシルクハットの言い分を飲むしかなかった。

「わかった、君の契約を飲むよ。ちゃんと助けてくれる?」

「わかったわかった、疑り深いヤツだなお前は」

 シルクハットのつばを両手で持って、頭に被る春太。だが、シルクハットは不満げな表情を浮かべた。

「ちょっと待て、まさかお前は……そんな格好で我輩と一緒にいる気ではなかろうな?」

「あ、やっぱりダメ?」

 シルクハットを頭から外す春太。当然、シルクハットは怒り顔。

「当たり前だろう! 我輩はシルクハットだぞ!? 紳士が正装のために身につける、紳士の象徴だ! そんな格好で我輩が似合うと思っているのか!?」

「は、はいわかりました……でも……この衣装部屋にある黒の燕尾服、僕には大きすぎると思うんですけど……」

 春太の言うとおり、衣装部屋にある衣服は春太には大きすぎた。明らかに大人用の衣装で、16才の少年である春太がとても着ることはできそうにない。それを見たシルクハットは、苦々しい顔をした。

「全くしょうがないヤツだな……よし、もう一回我輩を被れ。そしてイメージしろ」

「イメージ?」

「我輩を頭に被って、あの我輩によく似合う燕尾服をイメージしろ。サイズは、お前にぴったりのヤツをな」

「うん……やるね……」

 春太は、衣装部屋にかけられている黒の燕尾服をイメージする。すると、シルクハットがごそごそと音を立てて揺れた。春太は帽子を見上げた。

「!?」

「おい、頭から離れないようにしろ」

 春太は、シルクハットのつばをつかんで動かないようにして、かがみ込む。シルクハットは二度三度と、中から揺さぶられる。春太がつかんでいても、音と動きがますます大きく長く続き、止まらなくなる。春太は、頭からシルクハットが離れないように押さえつけているが、今度はびよーんびよーんとゴムのように伸び縮みする。

「だ、大丈夫なのコレ!?」

「はい、できあがり」

 シルクハットの動きがピタリと止まる。

「おい春太、我輩を頭から外せ」

 頭からシルクハットを外すと、シルクハットの中からポンッと音を立てて白黒の燕尾服が出てきた。それだけではなく、革靴や手袋、蝶ネクタイ一式が出てきた。

「これを着ればいいの?」

「ああ当然だ。我輩を身につけるからには、我輩に似合う衣装を着てもらう」

「でも、僕着方わからないんだけど……」

「ああもう、しょうがないな。手伝ってやる」

 すると、春太の手からシルクハットが離れ、空中に浮かんだ。すると、中から体が出てきた。シルクハットと同じ、黒の燕尾服を着た体だ。

「か、体があるじゃん!? ならなんでそれを使って動かなかったの!?」

「馬鹿者。我輩はシルクハットの中から直接体が出ているのだぞ? こんな姿で人前に出たら殺されるだろう」

「……そうだね」

 シルクハットに手伝われ、燕尾服を着て蝶ネクタイを結ぶ春太。そして、両手に手袋をはめて両足に革靴をはけば、身なりのいい紳士の少年ができあがった。姿見で見ると、それが良いものだと思える。

「なんか、服に着られているみたいだ……」

「似合うようになればいい。ほれ、これも持て」

 シルクハットが自分の中に体をしまうと、中からまたポンッと音を立てて出てきたのは黒のステッキだった。

「さて、これで我輩を被るのに相応しくなったな。馬子にも衣装ってものだな」

 シルクハットは、春太の頭の上に乗っかった。

「で、どうすれば良いの?」

「まずは、外に出るのだ」

 シルクハットに言われるがまま、外に出る春太。雨はいつの間にか止んでいたが、強い風が吹いていた。

「そして、またイメージしろ。今度は傘が良い、黒の傘をな。イメージできたらステッキを我輩の中に入れろ」

 またしても、イメージする春太。そして、十分にイメージができたところで、シルクハットの中に縞々ステッキを入れる。ステッキはシルクハットよりも長かったが、スポッと完全に中に入った。そして、シルクハットがもにょもにょと動くと、中からまたポンッと音を立てて白黒の傘が出てきた。

「よし、できたな? 後は傘を開いて、高く掲げるのだ」

「こう?」

 開いた傘を空に向かって高く掲げると、突然とてつもない強風が吹いた! その風は、傘を開いた春太を軽々運んで行き、春太は青空へと遠慮なく吹っ飛ばされた。

(す、すごい……!)

 春太は感嘆していた。まさか、空を飛んでいるなんて……と、この状況を楽しんでいるようだった。

「フフフ、どうだね春太。我輩の力はまだまだこんなものではない、もっともっといろんなことができるぞ」

「すごいね、君! あ、そういえば……君の名前は、なんて言うの?」

「名前? そんなものは誰も、我輩にはつけてくれなかったな……名前は無いな……」

「じゃあさ……君はシルクハットだから、シルク! 君の名前、シルクでどう?」

「そのまますぎるな……だが、良いセンスだ。今日から我輩はシルクと名乗ろうではないか!」

「でさ、シルク……今は傘で風に乗って、空を飛んでいるんだけど……これ、どこにたどり着くの?」

「……さあな」

「えっ!? どこに行くかわからないの!?」

「どうせお前はこの世界のことなどわからないだろう。だからこれで良いのだ。風任せでどこまでも行こうではないか」

「せめて、安全な所に着地できるようにはして~っ!」

 強風に煽られ、どこまでも飛んでいく春太とシルク。その先は、二人にもわからないものだった。

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