魔性の少年

魔性の少年

悠長なことを言ってられなくなった兄者

「兄者、今ちょっと良いか?」

「どうした?急ぎの用か?」

「急ぎ……ではない」

歯切れの悪い弟を部屋の中に引き入れ柱間は扉間を座布団に座らせた。もう就寝前の時間に扉間が柱間の部屋を尋ねるのは珍しい。しかも、扉間は申し訳なさそうな顔をしている。その時点で柱間には邪険にするという選択肢は端から無かったが、弟がこんな顔をするような出来事に全く心当たりがないので若干戸惑っていた。

「で、何があった?」

「あー、その、同性から熱烈な恋文を貰ったんだが」

「ん?もう一回言ってくれぬか?」

「恋文を貰ったんだ、いや、恋文なのか??」

自問自答し始めた弟に、柱間が取り敢えず現物を出すよう促す。扉間が、懐から五枚綴りになった手紙を出した。柱間がそれを受け取り、上から目を通していく。五分も経たないうちに、柱間が手紙を叩きつけた。柱間はまだ一枚目にしか目を通していなかったが、これ以上読んだら破り捨てる自信があった。手紙の内容を要約すると、扉間を非常に性的な目で見ていて、そういうことをしたいと常々思っていますとのことだった。

「渡してきた男の顔は?」

「……オレの傍付きだ」

「ほう?」

「兄者?」

確実に怒っている響きの声に扉間が様子を窺うように柱間を呼んだ。弟の呼びかけに柱間が笑顔で返す。先程までの怒りが一切含んでいない笑みだが、逆にそれが恐ろしい。自分が悪いわけではないのに居心地が悪くなった扉間が逃げ道である背後の障子に視線をやった。柱間は落ち着かない様子の弟を見て不安なのだと解釈したのか扉間を抱き締めた。扉間が落ち着かない原因の八割は柱間から放たれている威圧感の所為なのだが。

「今日はオレと一緒に寝るぞ」

「あ、ああ」

違和感を感じながらも扉間が兄の提案に頷く。手紙を寄越してきた男が身の回りの世話をしているのだから柱間の提案はおかしくはない。だが、何か引っかかるような気がして扉間は内心首を傾げた。手紙を文机に置いて、柱間が扉間に布団に入るよう促した。ここで、扉間は違和感の正体に気が付き、そっと障子の方に向かった。

「何処に行くつもりだ」

「ふ、布団を取りに行こうかと」

「?一緒に寝るのだから要らんぞ」

「オレはもう十六なんだが??」

それがどうした?と心底不思議そうな顔をする柱間に扉間は交渉の余地がないことを悟り布団の方に戻った。最後の抵抗で扉間は布団とは少し距離の離れたところで立ち止まったが、当然柱間によって布団に引き摺り込まれる。

「久しぶりだの」

「当たり前だろう……」

「オレは毎日でもお前と寝たいが?」

「添い寝なら女を作って頼め」

マイペースな兄に付き合っていると疲れるだけだと扉間が素っ気なく返し、寝てしまおうとした。柱間の腕が腹に回ってきてそれは叶わなかったが。強制的に兄と密着する形にさせられた扉間が、何だと柱間の方を向く。自分の方を見た弟ににっこりと柱間が笑う。嫌な予感を察知して、布団から出ようと扉間が藻掻いた。暴れる弟を宥めるように柱間が耳や髪に口付けをする。

「一回自分を抱いた男に対して冷たいの」

「あれは兄者がっ」

「だが、頷いたのは扉間ぞ?」

「頷くまで粘ったのは何処の誰だ」

父の仏間がこの世を去り、柱間が当主となって一年目のとき。つまり扉間が十五のときにどうしても抱かせてくれと柱間が頼んだのだ。扉間はぎりぎりまで兄に正気になるよう言ったが、柱間は頑として譲らず結局扉間が折れた。それ以降特に迫って来なかったので血迷っただけだと扉間は処理していたが、柱間はどうもそうではなかったらしい。

「仕方ないであろう。初めてはお前が良い」

「はっ?」

「ん?知らなかったのか?」

「いや、そうじゃない」

口から飛び出そうになった言葉を必死になって扉間が飲み込む。だが、弟の機微を察知することに長けた柱間は誤魔化されず、何を言いかけた?と問いかけた。絶対怒るなよ!?と扉間が柱間に念押しする。しかし、柱間は内容次第だのと無慈悲なことを言った。二分ほど沈黙があって扉間が覚悟を決めた顔をして、十四のときに兄者のところには女は来なかったのか、と言った。

「……………………」

「あ、あにじゃ?」

「その女の顔を覚えておるか?」

「いや、眠いし気持ち悪いしで覚えてない」

第二次性徴が始まったばかりかつ元から性欲が薄い扉間にとって女との行為はあまり思い出したくないの分類に入る。それでも扉間が我慢したのは、そういう要員で来た女で向こうも大して望んでいないと思っていたからだ。ここに来て、その前提が違うらしいことに気が付き、扉間は静かに動揺していた。

「扉間。暫くオレの部屋で寝なさい」

「分かった」

「うむ。それと」

オレ以外の男とは寝ていないな、と柱間がわざと低い声で囁く。それに扉間は慌てて頷いたが、柱間が本当かどうか身体に直接訊くぞと着物の合わせ目に手を入れた。芋づる式で発覚した事実に、柱間は早々にちゃんと自分のモノにしてしまわないと弟の貞操が危険だと判断していた。

Report Page