魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする6
「それが件の売女の根城だ。チンケな魅了で男どもから搾り取った金で、イキリ散らしてタワマンなんざ住んでやがる」
とん、と手作りの地図に記された星マークを指差し大きな凛は舌打ちをかます。
冴も覗き込む。いかにも上澄みのパパ活女子あたりが住んでいそうな、ここ数年で出来たばかりと思われる趣味の悪い成金マンションだ。と文字で端っこに書かれている。
流石に大きな凛の画力は写真ほど鮮明ではないので、この補足説明が無ければまあマンションだなとしか思わなかっただろう。
「ここに移り住む前の根城に直に乗り込んだことがあるんだが、向こうも大したタマじゃねぇとはいえ妖狐の端くれだ。流石に神位の俺じゃ対面する前に嗅ぎ取られちまった。ついた頃にはもぬけの殻ってな」
「ああ……人間からしても線香みたいな匂いするもんな、お前。そらご同輩なら余計に勘付くか」
古くから神仏に伽羅や沈香が捧げられてきたのは、ひとえに日本における神様仏様というものは良い匂いを好むからだ。
故にスピリチュアルな界隈では「神社で良い匂いが漂ってきたら神様に歓迎されている証」なんて風説もあり、実際、目の前にいる大きな凛からは白檀のすっきりとした涼やかな甘さが匂う。
冴も血の芳香が毛穴や粘膜から染み出しているのか、人外の者たちによく完熟した果実や煮詰めた砂糖に例えられる甘さを有してはいるが。
大きな凛の匂いは魔女の末裔たる冴の誘い込み絡め取るような甘さとは違って、心を解し落ち着けるような甘さだ。
どちらが良い匂いかは嗅ぐ者の感性によるだろうが、薔薇と桜のようなものなので『濃い』匂いを放っているのは冴のほうだろう。
だから今回は冴に協力を求めて来た。適材適所。
「わかった。俺はお前の匂いが女狐に嗅ぎ取られないように、存在を誤魔化すための強い芳香剤をやれば良いんだな?」
「ああ。頼む。あの劣化モノマネ女芸人の嗅覚は鋭いが、お前の血の甘さはそれ以上だ。わざわざ怪我しなくたって、窓も開いてない部屋ん中でお前と数分も話し込んでりゃ匂いに酔って鼻が馬鹿になる筈だ。そこを俺が叩く」
「…………」
他意が無いのはわかっているが、そんな言い方をされるとこっちが体臭のヤバい人間みたいでちょっとムっとしなくもない。
悪臭とは真逆なのだから少しくらい香害でも良いだろう別に。