魔女の末裔冴がお狐凛ちゃんの神域にお呼ばれする5
「──あのアバズレの腐れ雌ギツネ。こともあろうに、俺の参拝者に手ぇ出しやがった」
大きい凛の声が低くなる。
もっと近くに寄れば、ギリィ、と奥歯の軋む音も聞こえるだろう。
参拝者。数多の神社に祀られる有名どころの神々ならば、そんな1日に何千何万と訪れる人々のことをいちいち覚えてはいまい。
だが大きい凛は知名度の低いマイナーな神様だ。古事記にも日本書紀にも名前の載っていない、地方の村民の信仰によって産まれた存在。
現世の神社には殆どおらず半ば異界にある自分の神域に引き篭もりっぱなし。冴も幼少期は廃神社だと思い込んでいたし、だから境内でサッカーボールなんて触っていた。
そんな彼にとって、たとえ月に1度だろうとたびたび訪れて賽銭と祈りを捧げる信徒は貴重で稀少なものだ。
それに手を出されたとあらば雰囲気の底冷えするのも無理は無い。
「……あの昔から土日のどっちかに来て500円投げてた爺さんか? それとも週イチで清掃に来てくれてたボランティアのおっさん?」
「どっちもだ。あの糞アマ、ここいらの男は全員モノにしようとしてんのかガキからジジイまで粉かけまくってやがる。特にツラの良いのは全員もうお手付きにされてるぜ。小さい俺も冴もブルーロックだのスペインだので離れてなきゃ確実に毒牙にかかってたな」
冴も己の容姿はスポンサーにとっての商品の一つであるとして保湿などの手入で損なわないようにはしているが、大きい凛はそんな冴以上に糸師兄弟の顔立ちを気に入っている。
なにせ自分のツラを凛の大人バージョンで固定しているのだから。
なんなら定期的に鏡でまじまじと自分を凝視しては「これ地上に降り立ったら神性を隠してても顔面だけで喝采を浴びちまうかもしれんな……」とか「小さい俺の審美眼と造形センスが誇らしいぜ」とか独りごちているのを隠しもしていない。
「で、あんまり見栄えのしねぇ男……言っちゃ悪いが俺の参拝者はこっちだな。こいつらは性悪ビッチ淫売フォックスが自分の着る服やら付けるアクセサリーやらのために体壊すくらい働かせて貢がせてる。早くどうにかしねぇとあと1ヶ月もしたら過労死まっしぐらだ」
やたら豊富なボキャブラリーで玉藻前の偽物を罵りつつ、大きな凛は冴から本を回収すると今度は和紙に墨でしたためられた四つ折りの地図を渡してきた。