魔女の末裔だから血に不思議なパワーがある説①
※何の説明も無くいきなり悪霊っぽいのがいるよ
※血とか刃物とか出てるよ
※冴が怪我(自傷)するよ
※小学生くらいの頃の2人の設定だよ
夜空の黒に割って入るのは目も眩むような流血の赤だ。
視界を切り裂く鮮紅に釣られて、凛は状況も忘れそれが飛んできた方向に振り返る。
冴が。兄が。ランドセルの筆箱から取り出したらしいカッターナイフを握りしめて、その刃先にポタポタと血潮を滴らせていた。
左手首に鋒を滑らせたのであろう。未だ肉も筋も成長しきらぬ少年らしい華奢なそこには、横真一文字に出来立ての裂傷が姿を現している。
鼓動に合わせてぷつぷつと粒が浮かんだかと思えば途端に繋がって太い線となり、そのまま重力に逆らうことなく指先に向かって歩を進めていく流血。
それが公園の土に落ちる前に、冴は再度左手を振るって血を前方に飛ばした。
途端に芳香と滋味とが周囲に広がり、凛と、凛に腕を伸ばそうとしていた『何か』の動きが止まった。
鼻腔を通り抜けて舌先へと至り、ただの甘い匂いでしかないはずのソレが味蕾の上で確かに蕩けて蜜と化す心地。
只人には嗅ぎ取れぬ、えもいわれぬ珠玉の甘露。
冴の体内を巡る古き歴史を秘めた深緋はそんな代物だ。
「凛から離れろ。食いたきゃ俺を食えよ」
普段から美味い美味いって吸い付かれてんだ、自信あるぜ、と嘯いて。
握っていたカッターを地面に放り捨てると、まるで蠱惑するように手首の切創を『何か』に見せつけ、そこに更に爪を立てた。
痛みに微かに冷や汗をかきながら、けれど悲鳴も上げず傷口を指で抉り開け、押し込み、そうして血液を掻き出す。
極上の果実が自らの身を切り分けて果肉の艶々しさと果汁の瑞々しさで誘ってくるのに等しいその光景に、血走った目で『何か』は腕の向かう先を凛から冴へと変更した。
たかが2、3メートル程度の距離など走れば一瞬で詰められるのに、薫りのあまり理性が蒸発したのか酔っ払いじみた足取りで徐々に冴に近付くことしかできない。
急激に空気を薔薇色に染め上げた冴の『魔女』としての血統は、その糖度の高いラブコールをもちろん凛にも送っていた。
ふらりと歩み寄ろうとした弟を、けれど兄たる冴は束の間の険しい視線で制して来るなと訴える。逃げろと無言の主張をしている。
当然だ。何も見知らぬバケモノに喜んで体を差し出そうとしている訳じゃない。先に狙われたのが凛だったから、逃がしてやるために使えるものを使っているだけなのだ。
どういう原理か不確かであれど、己の血液が怪異人外化生の者を惹きつけるのは経験で知っている。