魔女の入学前夜、或いは2人のGUND-ARMパイロット

魔女の入学前夜、或いは2人のGUND-ARMパイロット



白と黒、2つの機体が火花を散らして宙をかける。

ビームサーベルがぶつかり、鍔迫り合ったかと思うとパッと離れて双方が狙撃に切り替え、互いのブレードアンテナに照準を合わせた。

まさに人機一体、GUND-ARMの真髄を見せつける動きだ。


「フライトユニットの動きは問題ないわね」

「エアリアルのデータを基に特注したんだもの、それくらい当然よ」

「んま!スレちゃんったら笑ってるじゃないの!」

「2年ぶりの再会なんだから嬉しいんですよ、きっと」

部屋の壁一杯に広がるモニターに映し出された2機のガンダムの攻防を見ながら婆さん達が盛り上がっている。女三人寄れば姦しいとはまさにこの事である。


闘いの全貌を映すタブと同じくらいの大きさで、白の機体を駆る少女、スレッタ・マーキュリーのコックピット内の映像が表示されていることにはもはや突っ込む気力もなかった。

2つの映像に挟まれて可哀想なくらい小さく写っている対戦相手の顔を眺める。

俺と同じ顔をしているが、浮かぶ表情も纏う雰囲気も全く異なる「もう1人の」エラン・ケレス。

そのあまりの無表情さと近寄り難さに学園では「氷の君」だの呼ばれているらしい“俺”も、今は微かに嬉しそうな顔をしていた。


時は半刻ばかり前のことである。

『なんでもいいんですか!?じゃあ、今すぐエランさんと…闘いたい、です』

婆さん達に入学祝いを贈ると言われ、彼女が望んだのはガンダム・ファラクトとの模擬決闘だった。

学園の生徒が興じているという決闘ゲームのルールに則った模擬戦。

『いいの?CEO達はもっと価値のあるものを欲しいって言った方が喜ぶと思うよ』

でも君が言い出さなかったら僕が申し込んでた、とそう言って俺の顔をしたガンダムパイロットは頬を緩めた。


急いで用意する都合上、パーメットスコアは2まで、機体の損傷は出来る限り抑えろと指示が出されているものの、決着のつかないままくるくると螺旋を描く機体も2人の表情もそれを感じさせない。

モニターの中ではファラクトが宙に漂うデブリを無差別に打ち抜き、砂嵐を発生させていた。

エアリアルの視界を奪ってその隙に接近する戦法だろう。

あいつはなかなかに意地の悪い動きが得意だ。

この2年間、水星で救助活動を行ってきたスレッタとエアリアルにはガンビット抜きの単純な練度では追いつけないと自覚しているのだろうか。

水星の地表では戦闘モニタリングカメラなど役に立たない。だからあいつが成長した彼女の戦闘を見るのは今日が初めてのはずだが…

2年の空白など鎬を削る両者の間には存在しない、これだからMS乗りってのは理解不能だ。


「なあこれカテドラルに見つかったりしないよな?」

ペイル社の所有する宙域ではあるが、航行する連絡船に見つからないとも限らない。

「あら、随分と心配性になりましたねエラン様」

「お兄ちゃん、ですものね?」

婆さん達は自分達の行いを棚に上げて俺をおちょくってきた。

スレッタは婆さん達のプレゼントの山に目を回して混乱してたぞ、と言いかけて止める。言ったら更に弄られるところだった。

婆さん達が許可したというのでまあ安全は確保されているのだろう。心配して損した。


「エアリアルの有機制御パターンの一部をルブリスと一致させておいたわ。これで決闘委員会、ひいてはカテドラルは絶対に放っておかない」

モニターを眺めつつ、仮面の女、プロスペラ・マーキュリーが切り出した。

尤も今はその特徴的な仮面を外し、素顔を晒しているが。


「カテドラルの尋問は厳しいから、スレちゃんが心配だわ」

「でもペイルが彼女の後ろにいることは学園も承知よ、手荒な真似はしないはず」

「でも私達は学園に行けない」

「魔女裁判」「魔女裁判が開かれるんだもの」


「あら魔女裁判なんて茶番も良いところよ」

ニューゲンCEOは軽い口調で言う。


「そう、ジェタークの弱味は握っておきましたから」

プロスペラは銀色の情報キーを取り出す。

ヴィム・ジェタークがデリング・レンブランを暗殺するために雇った組織の情報が記録されている情報キー。

これがあれば御三家の力関係は2:1となる。

カテドラルにおける敵はサリウス・ゼネリ、グラスレー社CEOのみだ。

そしてデリングはGUND-ARMを認める。

筋書きに変更は許されないし、その上で多少の誤差は楽しむ余裕がある。


  ◆ ◆ ◆


会議もお開きという所で、まだ闘っていたエアリアルとファラクトに通信を繋ぐ。

「スレちゃん、そろそろ帰っていらっしゃい」

「明日は早いでしょう」

「はい!ありがとうございました!お婆ちゃん!」

決着はつかなかったようだが、満足した様子でスレッタは素直に応じた。

ちょうど燃料のパーメットも切れてきただろうし、いい頃合いだったようだ。

“俺”はどうしているかなと思ってモニターを見やると、途中で横槍を入れられたことが不愉快だったのか、むっつりと押し黙っていた。

しかし、すぐに表情が柔らかくなる。どうやらスレッタがファラクトと通話を繋いだらしい。何を話しているのかはこちらからは聞こえないが、おそらく次は負けないだの、学園でもよろしくだのどうでもいい会話に違いなかった。


婆さん達がモニターを見ながら相談し始める。

「エランにも入学直後の過剰な接触は控えるように言っておかなくては」

「入学以前から取引相手以上の接触があったと気取られるのは危ないものね」

「ずっと水星に居たことになってるんだもの」

ペイルテクノロジーズと共同事業を行ったシン・セー開発公社の社長令嬢、スレッタ・マーキュリーをペイルが学園に推薦した、それが彼女の設定である。


プロスペラが静かに口を開いた。

「スレッタはもう何が起こるか、どのように対応すべきか分かっている。

 私達の自慢の娘だもの、スレッタもエアリアルも。


 ………そして、エリーも。」

その名が出た途端、騒いでいた婆さん達はすっと押し黙り、部屋の空気は水を打ったように静まり返った。


俺も驚いて言葉が出ない。

彼女の口からエリーの名前が出るとは思わなかった。

あの事故の後、彼女は随分と悩んでいたようで、計画に必要だと分かってはいてもスレッタを造ることにかなりの難色を示した。

そりゃあそうだ、クローンなんて喪った存在の代わりになんて成れやしないのだ。

しかし計画にはエルノラ・サマヤとナディム・サマヤの間に産まれた子が必要だった。

最終的には彼女が折れた。

だからスレッタは今存在しているし、彼女はエリクトの妹なのだ。


人格を再現することは既存の技術では不可能だ。

記憶が再現できないのだから当然だが、

それを理解していただろうに、「記憶はない。何にでもなれる、あんたにだって」とこちらを睨みつけた瞳を覚えている。


スレッタがエリクトにならなくて良いように、お前も俺になる必要はないんだぜ、まあそんな忠告は言われなくてもわかってるだろうけどよ。


  ◆ ◆ ◆


ペイル社の暗い廊下を歩く影が2つあった。

「エランさん!あの砂がぶわ〜ってなるやつって、どうやったんですか?」

「デブリを撃ったんだ。………君には、有効だったかな」

「…強い、ですけど狡いですよね、エランさんは」

ぽろっと口に出した後でそれが失言だと思ったのか、スレッタは慌て始めた。

「わ!わわ悪い意味じゃ!えっと!その…か、かっこいい……と思います!ファラクト!!!」

褒められているのかよくわからないが、ありがとう、と返す。


「スレッタ・マーキュリー。グエル・ジェタークは強いよ」

スレッタは目を見開いてこちらを見つめた。

「単純なMSの操作では僕よりもね」

彼にかかればこちらの小細工など正面から捩じ伏せられる。

決闘してみたい、自分の策が何処まで通用するかは確かめたい気持ちはあれど、彼を倒すのは彼女とエアリアルの役目だ。


「あの!エランさん!ああ、あ明日、ま、待ち合わせしていい一緒に学校へ行くって!いいい、良いでしょうか!?」

「いいよ。ついでに学園を案内しようか?」

「そ、それはだめです…お、おばあちゃんがあんまり距離が近いのは…だめって……」

「そう、GUNDの未来の為に?」

「……はい………」


  ◆ ◆ ◆


初登校にてペイル寮の新入生として注目を浴びたスレッタ・マーキュリーがエラン・ケレスとの関係を問われ、「メメメ、メル友です!」とよくわからない誤魔化し方をしたため、学園に激震が走ったのはまた別の話である。

当の本人は「そうか、僕たちは好敵手なだけじゃなくて、メル友なんだね」と満足のいく解答を得ていたこともまた別の話であった。



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