端切れ話(魅惑の〇。〇)

端切れ話(魅惑の〇。〇)


地球降下編

※リクエストSSです




 地球に降りて来てから暫くの時が経った。

 エランとスレッタは地球で体験するたくさんの出来事を経験しながら、どうにか移動を続けている。

 この間は貨物列車に乗った。

 その後に夜行列車も。

 大陸を横断するように伸びている細く長いレールに乗って、どんどん西へと進んで行く。

 その間、エランはスレッタのことを注意深く観察していた。

 どうやら彼女は我慢をしてしまう癖があるようなので、こちらである程度気にする必要があった。

 スレッタの我慢強さは誘拐犯のエランにしてみたら都合のいい特性だが、困ってしまうこともある。別に彼女をいじめたいわけではないのだ。

 だから彼女の体調の変化にすぐ気付けるように注視して、小まめに休憩や補給の時間を作っている。列車を早めに降りて、宿でゆっくりと休むのもその一環だ。

 最初はトイレ一つで大騒ぎだったことを思い出す。性別が違うとどうしても彼女が向かう先とは別になるので、エランは手早く用を済ませて、女子トイレの近くでスレッタが出て来るのを待っていなければいけない。

 正直変態のようで気が咎めるが、彼女の安全の為だと自分を無理やり納得させている状態だ。スレッタもよく許してくれていると思う。寛大すぎる彼女が時折心配になる。

 とはいっても外のトイレはあまり利用しない。衛生的に問題がある場合が多く、スレッタもあまり使いたがらない。

 だから必然的に宿にいる時間が長くなったのだと言える。

 逆に食事の時間だけは外に食べに行くことが多い。彼女は食べることが好きなので、できるだけ美味しい物を食べさせてあげたいと思っている。

 今日も一時的に宿から出て、外の店に食べに来ている。煮込み料理で有名な店らしく、スレッタも美味しそうに料理を頬張っている。

 彼女のスプーンの持ち方は独特で、まるで小さな子供のようだ。たまに食べ辛いんじゃないかと思う時があるが、特にエランは指摘などしない。

 食事なんて食べられればそれでいいし、食べて美味しければそれが最良だと思っている。

 目の前でスレッタが口を開ける。

 具を乗せたスプーンを空中に固定し、自分から迎い入れるように頬張っている。美味しかったのだろう。ふわりと口角が上がるのと同時に、ぽこりと頬も膨らんでいる。

 口の中の物を噛んでいる内に、柔らかそうな頬はだんだんと元の形を取り戻していった。

 器が空になるまで繰り返される、いつもの食事風景だ。

「………」

 エランはジッと観察する。

 へこんだり、膨らんだり。伸縮を繰り返すスレッタの頬を中心に、ずっと観察を続けていた。


「美味しかったです」

「評判通りだったね」

 手を繋ぎ合ってゆっくりと歩く。分厚い手袋越しでは体温は感じないが、それでも彼女が手の届く場所にいると思うとホッとする。

 スレッタは繋がっていない方の手で、小さくお腹を擦っていた。

「いっぱい食べたからお腹がはち切れそうです」

「少し散歩して帰ろうか」

 辺りは見晴らしのいい通りで、少々遠周りをしても迷う事はなさそうだった。

 賛成です、と頷くスレッタの姿は顔以外が服で隠されている。鮮やかな髪を覆い隠すように帽子を被っているので、遠目から見たら男の子に見えるかもしれない。

 少しはマシになったとはいえ、この辺りはまだ防犯上の不安がある。防寒対策、防虫対策と共に、女性らしい体の線が出ないようにするのも安全を確保するための一工夫だ。

 とは言え近くで顔を見ればきちんと女の子だという事が分かるだろう。

 特にニコニコと笑っているスレッタの頬は柔らかそうに盛り上がっていて、思わず目が引き寄せられるくらいだった。

「………」

「あ、エランさん。あれって『バス』ですか?」

 またジッと顔を見ていると、スレッタが華やいだ声を上げた。特に珍しいモノでもないが、彼女はたまにこうして何かを見つけては嬉しそうにしている。

「市内バスだね。街に住んでいる人なら列車よりこっちの方が便利だと思うよ」

「そんなに人が乗ってないですね。『経営』は大丈夫なんでしょうか?」

「たまたま空いてるだけかもしれないよ。それに、上から補助金も降りているだろうし」

「補助金…。保護されるほど、大切なものなんですね」

「うーん、そうだね」

 感慨深げに頷くスレッタを見て、エランは補足をすることにした。

「この辺りはL5のどこかの企業が統治している場所だったと思う。見たところ車も自転車もあまり走っていないし、多分移動手段を制限されてる。なら残った交通機関はそれなりに管理されてるだろうね」

「そういうもの…なんですか?」

「最低限の生活をしやすいようにサポートをしておけば、結果的にアーシアンから吸い上げる税の増加に繋がる。だから希望込みの推測ってところかな」

 これがベネリットなら警戒用のモビルスーツが通りを歩いているだろうし、もっと締め付けが強いだろう。

 グループ内企業によってはいくらか変わるかもしれないが、ベネリットが概ね厳しい統治を行なっているのは周知の事実だ。

「はぁ…」

 スレッタはピンと来なかったようで、曖昧に首を傾げている。

「徒歩よりはバスに乗った方が職場にも店にも行きやすいからね。元気に働いてもらうために、少しは住人たちを甘やかしてくれるだろうって事」

「なるほど、それは分かります。アスティ…、いや、学園でもたくさん移動手段がありましたよね」

「僕らが勉強に集中できるようサポートしてくれてたって訳だね」

 あの学園はエランにしてみたら酷い場所ではあったが、スレッタにとっては素敵な思い出がある場所だ。好意的に語るスレッタの気持ちを蔑ろにしないように、それとなく同意しておいた。

 ついでに、里心を出さないように別の話題を出しておく。

「もしよかったら、後で少しだけバスに乗ってみる?」

「え、いいんですか!?」

「急ぐ旅でもないしね」

 思った通りに食いついて来たので、エランはバス停に近づいてみた。時刻表を確認すると、大体1時間ごとに来るようだ。同時に端末も取り出して、ザっと近くを通っている路線を調べてみる。

「泊まっている宿の近くにもバス停がある。今日は歩いて来たけど、明日はバスを使ってもう一度さっきの店に行こうか。別の店でもいいけど」

「さっきの店がいいです!でもそんなに距離がないから、すぐにバスから降りることになっちゃいますね…」

「何度か同じ路線を回るみたいだよ。すごく安いし、一周してから向かおうか?途中で飽きたら一度降りてもいいわけだし」

「!」

 安いと言う一言が決め手になったのか、スレッタが大きく頷く。彼女の柔らかそうな頬は興奮で赤く染まっていて、やはりとても目を引いた。


 次の日、さっそく宿を出た2人は近くのバス停へと向かった。

 バス停には乗車券の販売機が備え付けられているので、どうせならと一日中乗れるフリーパスを買う。これで今日はこの町の中ならどこへでも乗り放題になる。

 あとはこの乗車券を持ってバスに乗り込むだけでいい。中に車掌がいる場合は直接乗車券を見せて、いなかった場合は持っているだけで大丈夫だ。

「もしかして、乗車券を買うのを忘れたフリをすれば、車掌さんがいない場合はタダで乗り放題なのでは?」

 悪い事を考え付いてしまった、とばかりにスレッタが発言する。確かにそうだが、車掌がいた場合に乗車券を持っていなければ、それだけで警察に連れて行かれることになる。

 警察、という言葉を聞いて、スレッタは恐れ慄いていた。

「ひぇっ、乗車券を無くさないように気をつけます」

「車掌がいなければすぐにでもポケットに仕舞った方がいいね」

 そんな何でもない雑談をしている内に、目当てのバスはやって来た。

 さっそくバスに乗り込むと、やはり客の姿はまばらにしかいなかった。見回しても車掌はどうやらいないようだ。

 スレッタは少し迷ってから後ろの方の端の席に座り、エランはその横に陣取った。

 乗車している客は他に数人の老人だけなので、少しくらいは気を緩めてもいいだろう。そう思ったエランは、バスの景色を楽しんでいるスレッタの姿をなんとなく眺める事にした。

 しばらくすると、店の近くのバス亭へと近づいてきた。スレッタはだんだんと興奮してきたようで、いつもより頬の赤みが増している。

「エランさんっ、ボ、ボタンを!降りる前にこれを押すんですよね?」

 スレッタが人差し指をピンと伸ばして降車ボタンを指さした。触れる直前まで指を近づけるのを繰り返して、どうやら押す練習をしているようだ。

「そうだね。すぐに押してもいいけど、まだ昼まで時間があるからもう少し乗ってる?押すタイミングはきみに任せるよ」

「は、はい…。今日は乗り放題ですもんね。いくらでも、乗ったり降りたりできちゃうわけです」

 少し冷静になったようで、スレッタは指を引っ込めた。

 そして数分後、昨日のレストラン近くのバス停を通り過ぎても2人はバスに乗っていた。せっかく良い席に座れたのだから、すぐに降りるのは勿体ないという判断だ。

「まだお腹は減ってませんし、どうせなら、一周しちゃいましょう」

 目的地を通り過ぎたからか。スレッタはボタンを押す練習を一旦やめて、再び景色を楽しみ始めた。

 遠くに見える背の高い建物、近くを通り過ぎる公園。そんなものを見ては、ニコニコと笑っている。エランの目からは景色を楽しんで笑っているスレッタの、柔らかそうな頬の線だけが見える。

 今日は天気が良くて日差しが温かいので、ただ座っているだけでも心地いい。エランはスレッタの声を聞きながら、列車とは違うバスの振動を楽しんだ。

 ゆったりとした時間が流れていく。そうしている内に、だんだんとスレッタの口数が減ってきた。どうやら少し眠くなっているようだ。

 バスはこのまま市内を一周するので、あと1時間ほどは大丈夫だろう。待っていれば彼女も目を覚ますと思い、エランはスレッタをそのまま寝かせることにした。

 さらに数十分後、乗り込んだバス停を通過しても、本格的に寝入った彼女は目を覚まさなかった。

 ───さすがにそろそろ起こさないとまずいかもしれない。

 そう思いスレッタの顔を覗き込む。すると彼女は幸せそうに半分口を開けて眠っていて、エランは目が吸い寄せられてしまった。

 そして。

 ───ふに。

「………」

「?ふむっ…」

 ───ふにふに。

「………」

「うむぅ…?」

 気付けば見ているだけではなく、実際に手を出していた。

 特に何かを考えていた訳ではない。強いて言うなら視線と同時に指が吸い込まれていたというか、ほぼ無意識の行動だった。

 エランは柔らかい感触を指の先に感じつつ、最近の自分が見ていたものを思い出した。

 食べ物を食べた時のぽっこりと出た膨らみ。ニコリと笑った時の曲線。何もしなくても柔らかそうな、彼女の頬。

 つまりは、ただ触ってみたかったのだ。

 ───ふにふにふに。

「………」

「む、むうぅ…」

 スレッタの眉間に皺が寄る。こんな子供のようなイタズラはやめようと理性が訴えても、どうしても指が止まらない。

 終いには人差し指だけでなく親指も参戦して、頬を挟むように摘まんでしまう有様だった。

 結局彼女が起きた時にはもう降りる寸前になっていて、寝ぼけ眼のままボタンを押させてしまう事になった。

 スレッタはよく分かっていないようだったが、エランは自分がした事をよく知っている。事情を話して謝るべきだ、と頭では分かっているのだが、気まずくて言い出すことが出来そうにない。

 口が重くなるのと同時に、どんどん罪悪感が募ってくる。

 エランは思う。

 ───柔らかそうな頬がそこにあっても、今後は絶対に手を出さない。出しちゃいけない。…イタズラは駄目だ。


 しきりに触られた方のほっぺたを気にしているスレッタの姿を見て、エランは大いに反省するのだった。






番外編SS保管庫

Report Page