魅了バグネタ2

魅了バグネタ2


やっぱりイスカリ君は可哀想



「おはよう諸君!突然だが現在カルデアでは謎の状態異常アクシデントが発生している。どうやら無作為に選ばれたサーヴァントがランダムで状態異常に掛かっているようだ。原因は不明、調査が完了次第対処にあたる。法則性を調べたいから心当たりのある者は管制室に支給のタブレットでメッセージを送るか直接報告に来て欲しい。ただし毒や火傷に掛かったサーヴァントは医務室へ、できれば手が空いてる者は救護を手伝って欲しい。恐怖や混乱状態のサーヴァントは見掛けても無理に刺激をしないで管制室に報告を。以降解決まで判明した情報はタブレットに随時アップロードする予定だ。ではよろしく頼む!」

 その放送を聞いた瞬間に足はシミュレータールームへと向かっていた。

 彼の王によく似た神造の少年はシミュレーターで再現した異聞帯のメヒコシティを自室として申請しており、そこで一人静かに祈りを捧げていることが多い。

 そんな彼を案じる都市の精霊が居る。見守るに留めることを選んだ二、いや三柱の神が居る。自分が駆け付けなければならない理由は無い。

 それでも動かずにはいられなかった。かつて間に合わなかった後悔が衝動を後押しする。せめて倒れて頭を打っているような様相になっていなければいいが。

「ムテスマ!居ないのか?」

 うら寂しい無人の都市を少年を探して歩く。彼が何を思ってここに住人を設定しなかったかは語ってくれなかったが、今は彼以外の人影に惑わされずに済みそうでありがたかった。

「ムテスマ!」

 都市でもっとも目立つ祭壇、その麓に少年はぽつんと佇んでいた。遠目には苦しんでいる様子は見られない。まずはそれに安堵した。

「ムテスマ、放送は聞いたかい?体調に変化は?」

「……わ、からない」

「分からない?」

 絞り出されるように告げられた言葉に首をひねる。異常ありでもなしでもなく不明とは。

「おい君、何か隠してるんじゃないだろうな」

 明らかに怪しい、背を向け俯いたままの少年の薄い肩を掴んで無理矢理振り向かせる。

 そして、潤んだ鳶色が揺れるのを見た。

「ぁ――、」

 褐色の肌を耳まで赤く染め、か細く喘いだ少年が落ち着かない様子で顔を伏せる。

 珍しく眉尻は心細げに下がり、薄い下唇を噛みしめ、指は何度も組んでは離れる。石畳を削る爪先は今にも駆け出して行ってしまいそうだ。

「みっ…!」

 魅了だ。どう見ても魅了の状態異常にやられている。でなければこんな恋する乙女のような顔を私に見せるはずがない。言ってて悲しくなってきたが生憎そこまで自惚れてはいないのだ。

「本当に分からないんだ……。熱くて、苦しくて、頭が鈍る。痛い、のか?足が勇む……?分からない、知らない、僕の体にはこんなことは一度も起こらなかった」

 不安そうにぽつりぽつりと語る少年になんと返すべきか迷って言葉が詰まる。

 たった一年も生きられなかった少年には身を焦がすような恋をする時間は与えられなかったのだろう。

 それを嫌っている男へと強制的に向けさせられたのだ。本来じっくりと育まれてしかるべき情緒はこうしてあっさりと、なんの思惑すら無い形で踏み躙られた。

「ええと、ムテスマ」

 少年の喉から引き攣ったような息を呑む音が鳴る。紛い物の感情であろうとも恋い慕う相手に他人の名で呼ばれては柔い心を傷付けるだけだと分かっていただろうに。

 どうやら私自身も思ったより動揺しているらしい。

「……イスカリ。おそらく君はいま魅了状態にある。放送は聞いていたね?勝手に状態異常にかかるとかいうやつだ。きっとマスター達が事態解決に向けて動いてくれているはずだから、それまではちゃんとここに……君の側に居るから」

「本当に……?」

 震える指先が遠慮がちにシャツの袖を摘む。恋を知らぬ身でなんとか衝動を形にしたものがこれだと思うと堪らないものがある。

 かわいらしい。いじらしい。愛おしい。そんな感情が次から次へと溢れてくる。今であればこの従順な子供を容易く摘んでしまえるだろう。

 そんな獣欲を全力で押し殺し、落ち着いた声音になるよう努めてイスカリに話しかける。

「ここには君と私しか居ないんだ、やりたいように振る舞うといい。君が正気に戻ったその時は正直に怒られるとしよう。そのくらいの甲斐性はある」

 熱に浮かされたような期待の眼差しが真っ直ぐに突き刺さる。

 やがてイスカリは躊躇いながらも私の手を取って、その掌に自らの頬を寄せた。

 火照る熱がそのままイスカリの緊張を伝える。添えられた手は鍛えられてこそいてもまだ少年らしい細さを残しているのに、目を閉じ悩ましげに息を吐く姿は年頃に似合わず艷やかだ。

 思わず天を仰ぎ心の中で祈りの句を唱えた。主よ、どうか私の忍耐力に祝福をお授け下さい。

「…………ん、あれ……?」

 心を無にして祈っているうちにいつしか時間は過ぎ去っていたようで、イスカリがぼんやりと瞬きを繰り返しながら苦笑する私を見上げた。

「なっ…!」

「おはようイスカリ君」

「うわあああああアアッ!!」

 先程まであんなにうっとりとした表情で摺り寄っていた手を放り出し、獣のような素早さで跳び退る。さすがはジャガーの戦士、見事な身のこなしだ。

「な、な、な、な、」

「大丈夫かい?顔が真っ赤だけど」

「黙れ!」

 奇妙な形に改造されたショットガンを向けられたので素直に両手を掲げ降参の意を示す。

 イスカリの顔は今や羞恥で真っ赤に染まって涙目になっている。我ながら悪趣味と思わなくもないが、やはりこちらの方が彼らしくて安心する。

「――くそっ、くそっ!よりにもよって貴様に……!ああもう出て行け!征服者め、僕の都市に踏み入るな!」

「分かった分かった、そいつに撃たれるのは痛いじゃ済まなさそうだからね」

 このままだと本当に撃たれてしまいそうだったため、真っ赤になって威嚇するイスカリを背にしてさっさと幻のメヒコシティを後にする。

 カルデアの内部はまだまだ騒がしい。イスカリは正気に戻ったようだが完全解決には至ってないようだ。

 ふと軽い足音が背中に追い付くのを聞いた。振り返って見れば黒髪の内側を目にも鮮やかな水色に染めた少女がじっとこちらを見据えている。

「イスカリに手を出さなかったことは褒めてあげる」

「なんだ見ていたのか」

 意外には思わなかった。

 わだかまりが残るせいもあるのか積極的に話しかけに行きこそしていないようだが、彼女はイスカリを相当気にかけている。これだけのトラブルの中でそれなりの長時間様子見にすら来ない筈がない。

「忌まわしい征服者。あの王だけでなくイスカリまで奪わねば気が済まないものだと思っていたのだけれど、ね」

「ははは、それはまだ諦めてはいないさ。今度ばかりは正攻法で挑みたいだけだよ」

「そう。相変わらずお前のことは気に入らないけど、今日は機嫌がいいから見逃してあげる」

「それはありがたいな美しき都市の化身よ。……ところで後学の為に聞いておきたいんだけど手を出してたらどうなってたの?」

 少女は無言で黒々とした瞳を細めて、背筋が凍り付きそうなほどの美しい微笑みをもって答えとした。

 そうして宣言通り機嫌の良さそうな軽やかな足取りで、顔を引き攣らせた私を置き去りにして通路の先へ姿を消してしまう。

「怖〜。洪水で押し流されるだけじゃ終わらないなあれは」

 しかし私とて名を馳せたコンキスタドールの一人だ。無理難題を前に尻込むほどの臆病者ではない。

 それにあんな顔を見せられてはますます諦めが付かなくなるというものだ。いつかはあの蕩けたような甘い表情を自力で引き出してみせるとも。

 だからそれまではせいぜい絶好の機会に手出しの一つもしなかった男を想って悶々としているがいい。


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