鬼哭啾啾たる砂漠 1話

鬼哭啾啾たる砂漠 1話


「うへ~、こうして見るとやっぱり大きいね~。」


アビドス高校の校舎本館。

かつて隆盛を誇ったその姿は今となっては見る影も無く、

砂の下に横たわるばかりであった。だが、今は違う。


「温泉開発部の皆、ありがとう~。」


砂の下にあるはずの本館は今、目の前に堂々と聳え立っている。

温泉開発部の技術は見込み通り素晴らしいものだった。


「ハナコちゃん、皆にとびっきりのあげちゃって~。」


「は~い♡ 温泉開発部のみなさ~ん!」

「ホシノさんからのとびっきりの恩賞、期待してもらっていいですよ~!」


アビドス温泉開発部から湧き上がる歓声。カスミちゃんも喃語で雄叫びを上げている。


「…本当に、ありがとうね。」


遂にここまで来た。

自治区内の経済成長も右肩上がりで、最盛期の頃に徐々に近づいている。

このまま順調に行けば、夢にまで見た砂祭りの開催にすら手が届くだろう。

仲間は転校生が大人数で来たことで大幅に増え、それに伴って出来ることも増えた。

ユメ先輩も屋上から満面の笑みでこちらを見下ろしている。

…誰かを忘れている様な気もするが、気のせいだろう。


「本館の復帰、おめでとう。」

「アビドスの再興の象徴としては最高のデモンストレーションね、これ。」

「ミレニアムとトリニティ辺りがまた喚くでしょうけど。」


喜色満面で綿菓子を頬張るヒナちゃんが、祝いの言葉と懸念事項を私に投げかける。

彼女の言う通り外野が五月蠅いが、どうせアビドスを妬んでいるのだろう。

今までアビドスの窮状に素知らぬ顔をしていた連中が憤慨している姿を想像すると、気分が良かった。

政治でならハナコちゃんが、武力でなら私とヒナちゃんが少し暴れれば容易く倒せる。

逸るハナコちゃんを抑えて攻勢に出ていないことを感謝して欲しいくらいだ。

…何かを忘れている様な気がするが、今のアビドスの力があればどうにでもなる些事だろう。


「まあそういうのはその時にまた考えたらいいんじゃな~い?」


「ふふっ、そうね。貴女がいて、私達がいれば出来ないことなんて無いでしょうし。」


「そうですねぇ。あ、でも私に指揮はともかく武力は求めないでくださいね?」


悟られない程度に少し申し訳なさげなハナコ。

まったく、人には得手不得手があるのにこの子は何を言っているのだろうか。


「それを言ったら逆におじさんに頭は求めないで欲しいなぁ、勝てる気全くしないし。」

「友人としても、頼りにしてるよハナコちゃん?」


「同じく。仮に貴女以上の参謀がいたとしても、私達は従わない。」

「貴女だから従うのよ、誇りなさい。」


「…ありがとうございます。」

「そういえば、今日は日食が見られるらしいですよ。後で皆で見ませんか?」


照れ隠しで全く関係の無い話題を振るハナコ。

耳まで真っ赤だからバレバレだったが、言わないでおくのが優しさだろう。

私は二人と近衛を伴って本館の中に進んでいった。


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「ここが最後かな?」


温泉開発部が整備したお陰で、砂一つない綺麗な校舎内の各部屋を見て回る。

最後に着いたのは生徒会長の執務室だった。

奇妙な事に、ここだけは完全に埋没していたのに綺麗な状態だったらしい。

そのため、温泉開発部の面々も手をつけていないとのことだった。

アビドスの資料が綺麗に棚に納められ、過去の晄輪大祭での優勝トロフィーも飾られている。

だが、それ以外は至って普通の部屋だ。これと言った物は無いと判断し、踵を返そうとする。

だがその時、ハナコが何かに気がついた。


「本棚の、それも側面に電子錠...?何かありますよ、ホシノさん。」

「嘘…この電子錠、生きてますよ!?」


見ればハナコの言う通り、謎の電子錠があった。

だが見た所、入力するパスワードの桁数は何と50桁以上はあった。

まるで、絶対に解かせない様にしているかのようだった。

だが、そんな事はミレニアムから来てくれたこの子には関係ないだろう。


「コユキちゃん、お願いできる?」


「にはは!任せて下さい!」


数学的な解錠においてコユキに比肩する者はいない。

コユキはあっさりとその電子キーを解錠し、本棚はゆっくりと横にスライドしていく。

厳重に封をされていたものに対し、鬼が出るか蛇が出るかと身構える。

だが、その警戒は不要なものとなった。


「何も無いわね?」


現れたのはただの真っ白で、傷一つ無い綺麗な壁だった。

ホシノは期待を裏切られたと落胆し、ため息をひとつ吐くと今度こそ踵を返そうとする。

だが、顔を上げると近衛の生徒の一人が奇妙な行動をしていた。


「君ぃ、何してるの?」


生徒は、隠されていた壁を銃のストックでコツンコツンと叩いていたのだ。

その動きは中を確かめるのではなく、何か手順を踏んでいるかの様だった。


「…はっ!?し、失礼しましたホシノ様!何故か急に眠く…」


先ほどの行動を見ていたホシノは、眠たくなったという回答に内心首を傾げる。

すると突然、静かだった部屋に石を引き摺る音が響き渡った。

全員が何事かと驚愕していたが、その原因はすぐに現れる。


「うへ~、こんな通路があるなんて、おもしろいね~。」


叩かれていた壁がゆっくりと床に沈み、目の前に下のどこかへ続く石造りの螺旋階段が現れたのだ。

隠し階段とは言え、場所的にアビドスの生徒会が管理していたものだろう。


「君、何か知ってるなら今の内に話して欲しいなぁ。」


記憶が正しければ、この生徒は元ミレニアム生のはずだ。

何故、何十年も前に埋没したこの校舎の、しかも隠し階段を知っているのかを圧を以て問いただす。


「っ!?いえ!!本当に何も知りません!!!」


だが、その反応は本当に何も知らない様子だった。

ここまでの演技が出来るのであれば大したものだと思うほどだ。


「そっか。まあいいや、とりあえず行ってみよ〜。」


故に、ホシノは追及することを諦める。

アビドスの生徒会が隠し、今日まで持ち出されなかったもの。

それは大したものではないか、何も無いのだろうと判断したからだ。

金になるものであればとうの昔に借金のカタになっているはずである。

最悪、何も無くても良いとホシノが警戒を解き、歩を進めようとした時だった。


「待って…くださいっ…!!!」


この場にいる面子の中で唯一、砂糖を摂取していない月雪ミヤコがホシノの腕を掴んできた。

その顔色は蒼白と言う他なく、掴むその手も震えていた。


「…どしたの?ミヤコちゃん。」


「ダメです…この先だけはダメです…!」

「理由は分かりません…でも、ここだけは、ダメですッ…!!!」


必死に首を横に振り、訴えかけるミヤコ。

しかし、ホシノの反応は冷たかった。


「へぇ…私に意見するなんていい度胸だね、一度裏切った野兎風情が。」


「ッ…。」


ミヤコはアビドスにおける信用の一切を失っていた。

それもそうだろう。

彼女はアビドスの戦闘部隊において非常に有力なRABBIT小隊のメンバーを拉致した。

そして、ミレニアムへの亡命を果たそうとしていたのだから。

確保後の調査で彼女の亡命の対価として、アビドスの内部情報を渡していた痕跡も確認された。


「君の腕は買ってる。だからこうして近衛として重用はしてる。」

「でもね、勘違いはして欲しくないなぁ。」

「君の言葉は、信用に、値しないんだよ。」


ホシノの視線には怒気が込められていた。

その怒気にあてられ、ミヤコは顔を伏せて黙ってしまう。

そんなミヤコにホシノは嗜虐的な笑みを浮かべた。

そして大袈裟な身振りを伴って声を発する。場にいる全員に聞こえる様に。


「よ〜し。じゃあその度胸に免じて、この階段の先の視察という大役を授けてあげるよぉ〜。」

「皆、拍手〜♪」


「ぁ…待っ…!」


祝福されるかの様に一斉にパチパチパチと打ち鳴らされる拍手。

それと裏腹に、ミヤコの顔は更に青ざめ、その瞳に涙を浮かべていた。


────────────────────────


嫌だ。絶対に、嫌だ。

私の前にある入口。その存在が顕になった瞬間に感じた悪寒。

これ迄の人生において、ここまでの危機感を感じた事は一度たりとも無かった。

自分の本能が、魂が、"ここだけはダメだ"と警鐘を鳴らしている。

そんな場所に自分は歩を進めている。

嗚呼、どうしてこんな事になってしまったのだろう。

どうすれば良かったのだろう。

月雪ミヤコは只管に後悔していた。


「…」


下り続ける石造りの螺旋階段。

ライトで照らしてはいるものの、直線の階段では無いため、終わりが全く見えない。

独り歩くミヤコには、自身が冥府へ向けて足を運んでいるとまで思えてくる。

しかし、不安に満ちた螺旋階段も遂に終わりを迎えた。


「ここは…?」


降りた先は開けた円柱の形をした空間だった。

足元は砂で満たされ、目の前にも砂の山がある。

ミヤコは恐る恐るその空間に足を踏み入れた。

そして辺りをライトで照らし、内壁を見始めたその時だった。


「入口が…!?」


突如として鳴り響いた轟音と共に、入口が上から落ちてきた巨大な石壁に阻まれる。

生き埋めという非常事態にミヤコは慌てて通信を送った。


「こ、こちらRABBIT1!応答願います!」


だが、完全に地下に埋まってしまっているためか、通信機は雑音を返すだけだった。

持っていたC4爆弾を起爆し、破壊を試みる。だが、それによりミヤコの絶望はより深まった。


「そん、な…!」


爆破された石壁の表面が少し剝がれ、露わになったのは傷一つ無い合金と思われる硬質な壁。

石壁はあくまで表皮に過ぎず、この場所が想定以上に頑丈であることを意味していた。

そして遂に、ミヤコが感じていた何かが動き出す。


『起動条件のクリアを確認。励起に必要なリソースを確保するため、検索を実行。』

『起動装置内にリソース名、”月雪ミヤコ”の神秘を確認。』


空間に電子音声が木霊する。

その内容は明らかに自身を害するものだった。


「ひっ…嫌っ!誰か!誰か助けて下さい!誰かぁっ!」


恐慌状態で必死に石壁を叩くミヤコ。手足の骨に罅が入ろうと関係ない。

今、ここからすぐに離れなければ自分は誰にも看取られず、ここで果てるという確信があるからだ。

だが、どれだけ足搔こうとももう遅い。既に彼女は胃の中にいることに変わりないのだから。


『現時刻をもって、”APOPHIS”を励起状態に移行。』

『日輪は呑まれ、生贄は用意された。』

『全ての”忘れられた神々”を追放し、世界に終末を齎さん。』


その言葉を皮切りに、ミヤコの周囲には腕程の大きさの蛇が突如として現れた。

それらは足元の砂や壁からはもちろん、天井からも無尽蔵に次々と這い出てくる。

余りにも多いその蛇の群れは、塊となってミヤコに襲いかかった。


「ああああああ!?助け、げぅっ!?」


一瞬の内に全身に無数の蛇が嚙み付き、巻き付き、人型の蛇の塊が出来上がる。

ミヤコはそれでも振りほどこうと足掻くも、その重さにふらついていた。

そうしていると無数の内の何匹かがミヤコの口の中に押し入り、喉を滑り落ちていく。

慌てて吐き出そうとするも喉を通り抜けた瞬間に別の蛇が首を締め付け、吐き出せなかった。


「~~~!!!~~~~~~~!!!!!」


最早声を出すことも出来ず、足元を蛇に絡め取られてその場に倒れ伏す。

すると蛇の群れは藻掻くミヤコを運びだし、砂山の頂点にある穴の中に引き摺り込んだ。

ミヤコは最期の足搔きとして穴の端を片手で掴む。

だが、無情にもその手に4匹もの蛇が噛み付き、手は穴の中に消えていった。


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「おかえり~、どうだった?」


「何もありませんでした。」


先程までの恐れは一体どこに行ったのか、平然とした様子でミヤコは戻って来た。

身体にも傷一つ無く、ホシノは生徒会長の椅子の背もたれに身を預けながらつまらなそうに返す。


「ふーん、やっぱりそっか。後でボディカメラ見せてね。」


「了解しました。」


そうして一行は執務室を後にし、最後尾に着いて来るミヤコの口は弧を描く。

その事に気付く者は、誰もいなかった。


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