鬼哭啾啾たる砂漠 3話

鬼哭啾啾たる砂漠 3話


「…これは一体、どういう事かしら?」


ミレニアムの厳重に警備された会議室。

アビドスと敵対する各校の首脳陣は一堂に会し、混乱していた。


「はぁ…私達が知っているとでも?」


困惑し、わかるはずの無い問いをするリオにアコが苛立ちと疲労感を隠さずに返す。

彼女の目の下の隈は酷いもので、完全にやつれていた。

敬愛していた空崎ヒナを敵に回し、壊滅状態の風紀委員会と万魔殿を何とか再編しようとしているのだ。

その苦労は計り知れず、彼女を知らぬ者でも何となく限界が近い事を察せる有様だった。


「アビドスからの和平の申し出…解せませんね。」

「劣勢であるこちらに降伏勧告でも、不平等条約でもなく、和平とは…」


「向こうも継戦が厳しい、とは思えませんね。他校は静観を決め込んでいますし…」


ナギサとヒマリも同様に顔を顰める。

三大校が同時に打診された和平は、あまりにも不可解だった。


「ですが、怪しくてもこれを蹴る事は出来ない…違いますか?」


「…いいえ。その通りよ、アコ行政官。」


苦々しく答えるリオ。

現状はかなり厳しく、そう答えざるを得ない。

前回の武力衝突によって各校の主戦力が壊滅的被害を被ったのだ。

今また真正面からぶつかれば敗北は必至。

最早三大校に起死回生のチャンスは、アリスが率いる自称勇者パーティを除けば何も無い状態だった。


「内容も向こうの得は…いえ、むしろ損をしてるとまで言えるわ。」

「和平の締結の成否を問わない全捕虜の返還…本当に、何を考えているのかわからない。」

「けれども、これを全校に伝えられた以上は私達に蹴る選択肢は無い。」


政治に明るい者であれば、これは罠だと見向きもしない内容。

だがこれは首脳部に実に効果的だった。

長期化した戦いによって厭戦ムードが漂い始めており、中には砂糖を摂ってアビドスに寝返る者も散見される様になっていたのだ。

そこに和平の打診が来た。自治区内はあっという間に和平を求める声に溢れ、捕虜となっている友の帰還を喜んだ。

ここでそれを蹴る様な事をすれば、何が起きるかは火を見るより明らかだった。


「…では不本意ですが、会談と捕虜の受け入れ準備を始めましょう。」


ナギサの声に一同は頷き、会議は終了した。


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「はぁ…はぁ…はぁ…!」


「セイアさん、ずっと苦しそうですが本当に大丈夫ですか…?」


了承の返答をしてから1週間、遂に和平会談の日を迎えた。

捕虜は即日返還され、ミカも砂糖による禁断症状が無く、非常に元気な姿だった。

一方、返還された捕虜を受け入れてからセイアの焦燥は日に日に酷くなっていたのだ。


「大丈夫なものか!感じるんだ!何か、何か恐ろしい事が起きている…!」

「そう…そうだ!あの日、空が赤く染まった時に匹敵する何かだ!」

「これほど予知能力を失ったことを後悔したことは無い…!」


鬼気迫る表情でナギサに詰め寄るセイア。

ナギサとしても無視することは出来なかった。


「…わかりました、セイアさんの護衛はミカさんにお願いします。」

「ミカさんならあれに匹敵する危機でも大丈夫でしょう。」


「オッケー、任せてよ!」


快諾するミカ。

彼女はあのハナコが執着していたというのに、アッサリと返還された。

また、本人が言うには今は何故か離脱症状が現れないとのことで、非常に元気だった。

しかし、それでセイアの表情は晴れる訳ではない。


「では、私は会談に行ってきます。何かあれば連絡をください。」


扉を閉め、ナギサは場を去る。

部屋に残されたのは、ガタガタ震えるセイアと寄り添うミカの二人だけ。


「…」


ミカは静かに、扉の鍵を掛けた。

そして、頭を抱えて震えるセイアの下に歩み寄る。


「…ねえ、セイアちゃん。」


「なんだミカ!?今はそれ所、じゃ…」

「あ、あぁっ、あああぁぁぁぁ!?!?」


「ふーん…やっぱり気づくんだぁ?」


瞬間、ミカの腕が目にも止まらぬ速さで動く。

その行先は、哀れにも取り残された小狐の首。

可憐な少女の骸を被った悍ましいナニカはその細首を握り込み、素早く針を突き立てる。

赤黒い液体は、するするとその体内へと注がれていく。


「あ、ぎゃあああ!?!?!?」


「元の神秘からは変質してるけど…」


赤黒い液体が全て注がれたことを確認すると、ミカは注射器を引き抜きセイアを投げ捨てる。


「が、があっ!?か、か、はっ…!?」


床でのたうち回り、自らの喉をガリガリと掻きむしるセイア。

その姿を見るミカは…


「これはこれで、使えるよね☆」


三日月を描き、人ならざるモノの笑みを浮かべていた。


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「漸く来られましたか、皆さん。」


「は…?」


中立で鎖国を布いているはは百鬼夜行の自治区にて、遂に迎えた和平会談。

リオ達首脳陣が扉を開くとその目には想像を絶する光景が飛びこんで来た。

この場を中立の存在として提供した百鬼夜行連合。

その長であるニヤはヒナに貫手で貫かれ、副官であるカホは血の海に沈んでいるではないか。


「な、何を…!?」


「使えなさそうだったから処分しただけ。」


あまりの事に動揺して口が上手く回らないナギサ。

ヒナはそれに淡々と答え、勢い良くニヤから手を引き抜いて血を払う。

ヒナは中身を掴んでいたらしく、辺りには臓腑が鮮血を伴って鈍い水音と共に散らばった。


「うっ…!?」


思わず吐き気を催す。

だが、下手人であるヒナの表情は至って平然としたものだった。

さながら手や服に付着している赤褐色のシミなど、まるで無いかの様に。

誰もがその光景に凍りつき、身動きが取れなかった。


「は、はは…!委員長、だ、ダメじゃないですかぁ!」


だが、一人だけ動き出した人物がいた。

それはかつてのヒナの腹心であり、誰よりも忠を誓っていたアコだった。


「あは、あははっ!凄く良く、で、出来た作り物ですね!」


「…っ! いけません、アコ行政官!!」


アコは一人でフラフラと空崎ヒナに歩み寄る。

彼女は正気を完全に失っていた。

キヴォトス内外を問わず、禁忌である殺人。

それを敬愛する空崎ヒナが犯している現実は、あまりに堪え難がったのだ。

ヒマリの咄嗟の制止も、今の彼女には届かなかった。


「でも、ご、ご冗、談は、このくらいに…!」


これは芝居だと、鉄臭い血の匂いが立ち込める空間も演出なのだと自身を騙すアコ。

それに対してアビドスの首領であるホシノは椅子から立ち上がる。


「ヒナちゃん?」


「要らない。要るのはジュリだけ。」


「ぇ─────」


「うへ~、了解~。」


アコの時間が、完全に止まった。

空崎ヒナの口から出た言葉は、自分は不要だという旨。

彼女を敬愛するアコにとってはまさしく、自分の存在意義の完全否定に等しかった。

そして───


「ぎぁっ」


パギャン、という音と共にアコは跳躍したホシノにその首を蹴り折られる。

そして、近くの壁にその頭を半分埋めて鮮やかな血の花を咲かせた。

誰がどう見ても、即死だった。

だが、心が先に死んだ彼女にとって、それは慈悲だったのかもしれなかった。


「いやぁ〜、脆めな人の処分は楽で助かるねぇ。」


「ッ!!」


その光景を見た瞬間、リオは全てを悟る。

ここは会談の場などという生ぬるい場所ではない。バケモノの胃の中だと。

しかし、リオも伊達にビッグシスターと呼ばれてはいない。

こんな事もあろうかと、1機でC&Cを薙倒せるアバンギャルドくんを12機も地下に待機させていた。

袖の中に隠し持っていたその起動スイッチを押下し、全機を出撃させる。


「うーん?この音は何かな?」


ホシノはその駆動音に気づいた。だがもう遅い。

リオの更なる改良で滞空能力を得たアバンギャルドくん。

その内の1機が壁を破壊し、他の全機が空から銃口を向けていた。


「和平の、話は…!?」


「あら?大変驚かれていますが…妙ですね。」

「この素体の内部データでは、彼女はもっと高性能のはず…」


リオの問いかけに、ハナコはキョトンとした様子で答える。


「和平ということにすれば、貴女方全員を引き摺り出せるというだけの話ですが…?」


「…貴女達は、最大の禁忌を犯した。大人しく投降しなさい。」


最低最悪の理由に、呆気にとられそうになるのを堪える。

人の死。それを目の前で見た。

てらてらと蝋燭の火の光を反射するニヤの臓腑。

瞬きもせずに見開かれ、何者も映さないアコの濁った瞳。

それらがこれは現実だと語りかけてくる。

リオは内心の動揺を限界まで抑え、この場における最適解と思う行動を取る。

だが、返って来たのは予想だにしていない反応だった。


「…この娘はダメだね。」


「ええ、ダメだわ。」


「はい、ダメです。」


アビドスの首脳達は互いの顔を見合わせて何かを呟く。


「「「最優先で抹消する。」」」


そして、三者の目が一様にリオを射貫いた。

彼女たちが何の事を言っているのかは見当も付かない。

しかし、危機が迫っていることだけはわかる。

故にリオは躊躇いなく攻撃指示を下す。だが───


「なんで…!?」


アバンギャルドくんは、1機たりとも動かなかった。


「…ジュリの神秘も確保したみたい。これで全ての準備は整ったわ。」


「一応言っておくと、あれは”私達”の技術だよ。」

「流用元の方が優先権を得れるのは当たり前だよね~?」


そう語る三者の後ろには、何処からか現れたハレがいた。

彼女はその身体から凄まじい量のケーブルを周辺の機器に繋いでおり、リオからアバンギャルドくんの制御を奪い取っていたのだ。


「流用元…?っ!!…まさ、か…!?」


一方、リオはホシノの言葉に何かを思い出し、息を呑む。

しかし、それは状況を打開する策には成り得ない。

会議室の外からは怒号と悲鳴、そして扉を叩く音が聞こえていた。

一同は無慈悲にも逃げ場が無い事を悟る。


「”私達”の技術を解析できる貴女を生かしてはおけない。」


「脅威度は今、お前が最も高い。この場で必ず殺す。」


「他の方も不要なので死んで頂きます。」


「怪蛇…アポピス…」


その言葉を最後に、反アビドス連合の首脳は文字通り全滅した。

階下にまで滴り落ちる血が、百鬼夜行の建物の白鷺が如き白の壁面を赤く彩っていた。


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「はぁっ…はぁっ…!まだ、湧いてきます…!」


すっかり日も落ちたアビドス近郊の廃墟にミネの声と戦闘音が響く。

勇者パーティは反アビドス連合の敗走後、起死回生の一手を打つべく潜伏していた。

だが今の一行は包囲され、敵襲を受けている。

敵は無数のアビドス生であり、蛇でもあった。


“このままじゃ…!”


『先生…!私達ももう…!』


リオとヒマリの共同開発したステルス装備での彼女らの潜伏は完璧なはずだった。

だが、小さな蛇が湧きだした時から状況は変わった。

アビドス生にあっさりと見つかり、彼女らは倒してもすぐに起き上がって向かってくる。

その身の骨が折れようとも無理矢理立ち上がってくる姿はソンビゲームさながらだった。

蛇はどうやっているのか、足元からも湧いてくる。

疲労も限界だった。銃弾を受けながら休む暇も無く蛇を払い、時折噛まれ、払いを繰り返す。

そして、遂にその時が来てしまった。


「すみま…せん…皆さ…」


「セナさん!?」


最初に脱落したのはセナだった。

無数の蛇に群がられその姿が見えなくなる。


「あぁっ!?ダメ、ダメです…!!」


噛まれても平気なアリスがその蛇を払ってセナを助けようするも、蛇の塊の層はとても厚かった。

ほんの数秒でその塊は厚みを失い、蛇は散り散りに散開した。

セナがいたはずの場所には、もう何も無かった。


「セナ…さん…」


“あっ………”


「きゃあああああああ!?!?」


それに続いてしまったのは先生と補習授業部の面々だった。

廃墟の床が抜け、四人は階下に落下する。慌てて覗き込んだ先は黒い海の如き蛇の群れ。

四人は悲鳴を上げる間もなく、その中に消えていった。


「あ、ああぁ…!!」


「アリス!!」


呆然とへたり込み涙を流すアリス。

それに対して師匠であるミネが発破をかける様に胸倉を掴んでビンタする。

そして、強い眼差しで最後の教えを授ける。


「最早これまでです…ですが、貴女は砂糖に強い…!」

「貴女は最期のその瞬間まで、救護のためにその手を伸ばし続けなさい!」

「貴女に、キヴォトスの未来を託します。」


「ぇ………?師、匠!?」


瞬間、アリスは遠方に向けて投げ飛ばされたことに気づく。

アリスが最後に見るミネは、優しい笑みを浮かべてアリスに背を向ける。


「救護が必要な場に、救護をォ!!」


「っ!?師匠ぉぉぉぉぉ!?!?!?」


そして、アリスとは逆方向に向かって突貫していった。


────────────────────────


「……………………………………」


アリスは、生き残ってしまいました。

誰も救えず、何も成せず、ただただ砂糖に強いという理由だけで、おめおめと。

今はとにかく砂漠をひたすらに歩き、ミレニアムへ向かっていますが、立ち直れる気がしませんでした。

でも、ミレニアムに帰ればミレニアムの方々やヒマリ先輩やちびメイド先輩、そして、ゲーム開発部の皆がいるはずです。

先生をも喪った無能と誹られることもあるでしょう。

ですが、アリスは師匠の言いつけを守らねばなりません。

パーティの犠牲を、無駄にしてはいけないのです。

私が斃れた時が、本当のゲームオーバーなのだと、そう信じて。

ですが───


「ミレニアムの…明かりが…」


やっと見えたミレニアムの自治区は、光が一つもありませんでした。

何故、どうして、と混乱する頭で必死に考えますが、解は全く得られませんでした。

しかし、その解は向こうからやって来ました。


「ここにおられましたか、王女。探しましたよ。」


そこにいたのは見知ったミレニアム生の人でした。

挨拶をすると笑顔で返してくれて、たまに手作りのお菓子をくれる様な優しい人。

ですが、様子は明らかにおかしいものでした。

全身血塗れの上、右腕は千切れかけでぶらぶらと宙を揺れています。

なのに、平然と喋っている。


「彼女らが私達を捕虜の返還として快く受け入れてくれたおかげで、ここまで事がスムーズに進みました。」

「ゲヘナ、トリニティ、百鬼夜行は無事に制圧し、ミレニアムも今しがた終わりました。」

「各種エネルギー関連施設を暴走させて吹き飛ばしましたので、今少し散らかっておりますが…」


何かを喋っています。何を言っているのでしょうか。

よくわからないので辺りを見回してみました。

人の破片が一杯転がっていました。それを誰かがむしゃむしゃと食べています。

窓ガラスが全て割れたビルに誰かが手を当てると、ビルはその身体諸共、砂になって消えました。

アリスは何を見ているのでしょうか。


「他の学区も間もなく終わります。…山海経が今終わりました。」

「残るはレッドウィンターだけですが、補給ルートは完全に封鎖しているのでじきに終わるでしょう。」

「それと…申し訳ありません。たしか王女がお気に召していたゲーム開発部なる存在ですが…」

「爆発によって破損させてしまいました。ですので、修復したものをご用意しました。」


ゲーム開発部、という言葉にアリスは反応し、そちらを見ます。

聞き覚えのある声がしました。

おかしなことに、その声は姉妹両方の声が同時に聞こえます。

アリスは壊れてしまったのでしょうか。


「「アりスー!」」

「「だイジョうぶだッタ?モうスグセんめツがおわルヨ!アリす…?」」

「「…おかシイデすネ、ジんカクエミュれーたはせイじョうにどうサしてイルのでスが…」」


そこには、皆を継ぎ合わせた様な、バケモノがいました。


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