鬼は外、福は内
二月三日は雨だった。
掲げたビニール傘を雨垂れが打つ音に混じって、
──おにはそと、ふくはうち……
どこかの家から、そんな子供の声が微かに聴こえてきた。
家族で豆蒔きなのかな、って私はふとその景色を思い描く。
声の主は男の子かな、女の子かな。小さな手に炒り豆をいっぱいに握りしめて、それをオニに向かって投げつける。
オニはお父さんかな。お面を付けて、がぉ〜って叫びながら子供に抱きつこうとするけれど、きっと子供は鬼ごっこみたいに逃げて、そして豆を投げて、お父さんきっと、やられた〜とか言いながら寝転がったりして……
……きっとお部屋は豆だらけで、私はそれを見てお掃除が大変でしょ、って叱るんだけど、きっとあの人は子供と遊ぶのに夢中で聞いてはくれなさそう。子供は倒れたお父さんの上に抱きついて、子犬みたいにはしゃぎ回って──
私は傘を差してない方の手で、自分のお腹をさすった。
夢想の中で、いつしか自分を妻に、夫を彼に当て嵌めていた。
でも、そんな未来なんて、きっと来ない。
あのクリスマスから六週間。私のお腹には、新たな命が宿っていた。
この事実を彼に伝えるべきだろうか。お腹の子の事を考えたら、そうするべきだったのかもしれない。でも、この子は普通の子供とは違う。
「ごめんね……」
君にはきっと過酷な人生を歩ませてしまうかもしれない。私がそうであったように……ううん、もしかしたら、もっと辛い未来を送るかもしれない。
「ごめんね……」
それでも、愛さずにはいられなかった。彼を、そして私の中に宿ってくれた君を。
──おにはそと、ふくはうち……
鬼は私。でも、内に宿った命は福だと信じて、私は雨降りそぼる街を後にした……