「高貴な狼男と高貴な吸血鬼」

「高貴な狼男と高貴な吸血鬼」

2023/03/28

「やっと見つけました。僕の主」

その日は満月が綺麗な夜だった。私の前に現れたのは、狼男。狼男というのは、大抵が粗暴で野蛮なケダモノだと皆は言っている。

だが、私の目の前にいるのは、身なりの良い紳士な狼男だった。タキシードをきっちり着こなし、頭にはシルクハットを被り、メガネをかけていた。これが狼男だとは、私の仲間は到底思わないだろう。

その狼男は懐から薔薇の花束を取り出し、落ち着きのある声でこう告げた。

「僕を貴方の従者にしてください。あの時から僕は、あなたの側にいることを望んでここまで来ました」

所作も丁寧で、高貴な私の側に置くにはちょうど良いだろう。だが、私には気になっていたことがあった

「……お前、あの時だと? 私がお前に何かをしたというのか?」

「覚えて、ないのですか? あなたが僕に道を示してくれたから、僕はここまで自分を磨いて来たのですよ? その証拠に、ほらこれを」

狼男は被っていたシルクハットを脱ぐと、私の前に見せた。近くで見ると、年季の入った代物であることがわかり、長年に渡って使い続けてきたことがわかる。

「そしてこれが……あなたが僕にくれた代物だという証拠です」

シルクハットの中を見せると、そこに書いてあったのは私の名前。それを見て、ワタシは思い出した。これを渡したのは、確かに私だと。

「お前まさか……あの時の!?」

「はい、そうです。どれくらい前でしたかね……」



あの時の僕は、狼男のくせに力も弱く、一族から恥さらしだと言われて追い出されました。それ故、生きるために都会でゴミ漁りをしていました。

ですが、そんな僕は路地裏をたまり場としている不良やチンピラどもにはちょうど良い、サンドバッグとしてしょっちゅう殴られたりしていました。力の弱い僕は、抵抗することもできませんでした。

ある日のこと、僕はいつものように暴力を振るわれて、キャンキャンと鳴いていました。弱っちい犬っころとして、なすがままされるがまま。その時、あなたは現れました。

「うるさいな。今日は良い夜だというのに、お前達の汚らしい声が響いてかなわん」

そこに現れたあなたは、とても身なりの良い紳士で、僕とは別次元の世界にいました。今と違うのは、シルクハットを被っていたことですかね。

犬をいじめていたら、世間知らずの金持ちがやってきた。不良たちは鴨が葱を背負ってきたとあなたに襲いかかりましたよね。けれど、あなたはそれを全員返り討ちにした。あなたは吸血鬼ですから、あれくらいなんでもないですよね。

そうして全員気絶させた後は、僕に近寄って来ましたよね。僕は、コイツにもいじめられると泣きわめきました。でも、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた時にあなたが語った言葉は。

「情けない顔だ。そんなではまたカモにされるぞ、少年」

僕に対して、罵倒ではなく身を案じる言葉を投げかけてくれましたよね。さらには。

「全く、身なりぐらい整えたまえ」

そう言いながら、僕に自分の被っていたシルクハットを被せてくれました。つやのある、高級な代物でそこら辺の帽子とは比べものにならないものを、僕に。それでもあなたは。

「くれてやろう、それで少しはマシになるだろうよ」

そう言いながら去ったあなたに、僕はもうメロメロでした。あんな風になりたい。このシルクハットが似合う人物になりたい。シルクハットを握りしめながら、僕はそう思いました。

それからというもの、僕は一流の紳士になるための修行を積み重ねて来ました。最初は狼男だからだとかいろいろ言われましたけれど、あなたへの思いで全てやりきりました。

そして、修行を終えた僕はあなたを求めてシルクハットに書かれていた名前を頼りにここまで来て……やっと、あなたに会うことができました。



「まさか、あの時のお前がこんなになって私の前に現れてくれるなんて、思ってもいなかったよ」

「僕も、あなたに出会わなければ、こうして自分を磨くことも無かったでしょう。このシルクハットが無ければ……ね」

「フフ……いいだろう、ついてこい。お前を従者として、正式に認めてやろうじゃないか」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

「ああ。高貴な私には、お前のような高貴な狼男が相応しい。精々私の名に恥じない振る舞いをしてくれよ?」

「その辺りは、抜かりなく」

「さあ、私の城へと共に行こうではないか」

「はい、ご主人様」

「ああ。……そのシルクハット、似合っているぞ」

「ありがたき幸せでございます」

高貴な吸血鬼のそばに、高貴な狼男。二人はたちまちに有名となり、夜の世界で名を広く知らしめたという……。

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