騎士とオタク(前編)

騎士とオタク(前編)

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空は一面雨模様、ランク戦も終盤。一条安寿の策で運の悪い転送先から四つ巴を切り抜けた崎守永治たちの前に立ちふさがったのは何度見たか、あの燃え盛るようなバーミリオンの隊服だった。


彼が尊敬し、憧憬し、恋焦がれている一条隊の隊長兼エースこと一条万里の前には、すらっと縦に長い体躯と人間離れした技術を誇る水瀬一。

中学生らしからぬ戦術脳と指揮能力で仲間たちを幾度となく救ってきた一条隊の脳こと一条安寿の前には、同じく中学生でボーダーとしても新人だが脅威の胸囲と戦闘能力を誇る川井龍子。


そして、崎守の目の前には。


「まさか、この終盤であなたと戦うことになるとは思ってもいませんでしたよ」


崎守は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて言う。左手に掲げているレイガストは微かに震えており、それが表しているのは単純な重さか、恐怖か、興奮か。

崎守は左手のぐっと握った拳をゆっくりと離し、慎重な様子で目の前の男と対峙する。


超攻撃部隊の水瀬隊が誇る現代の騎士、金剛崇人。


「金剛さん」


崎守の言葉に金剛もこくりと頷き、右手に持った弧月を鞘に納める。

その動作に崎守は少し疑問を抱いたものの、その疑問を言葉にする前に金剛は動いていた。


「そうだな。俺も、一条隊があの窮地から逆転して一位争いの場に舞い戻ってくるとは思ってもいなかった。騎士として貴方達を侮っていたことを謝罪したい」


そう言って頭を下げる金剛に崎守は目を剥いて言葉を失った。

ランク戦中、それも展開が一転二転とした後の熱を持った最終決戦中の不意の謝罪に対するベストプラクティスを崎守は持ち合わせていない。

崎守は狼狽してレイガストを落としかけた。


「ちょ、いいんですよ、それくらい。水瀬みたいに声に出されたら、そりゃ、多少はムッとするかもしれないですけど、心の中で思われるくらいなら別に。それこそ俺だって、相手のことを見くびっちゃうこともありますし……」

「しかし、俺は騎士として取るべきではない態度を取っていた」


崎守の言葉を遮り、軽く首を横に振って言い切った金剛は改めて頭を下げて謝罪の意を示す。

崎守はそんな金剛の心持ちに感心していた。

現代日本で心の底から騎士を自称している金剛は中身はさておき、傍から見たら年齢以上に老成したように見えるのだ。


「ゆえに、俺は隊長に直訴し、認めてもらった」

「認めて……?」


崎守は首をかしげる。

崎守の疑問に金剛は毅然とした態度で「ああ」と頷く。


「この試合、一条隊は序中盤のムーブメントで柊木さんを失い、現状隊としてのパフォーマンスは全盛からかけ離れている。他二部隊が落ち、残り二部隊となった以上、三対三での戦いは人数で見れば対等だが、パフォーマンスで見ればフェアではない」

「……まさか」


崎守は口を大きく開けて唖然とする。

崎守の脳裏には一つの盤面が浮かび上がっていた。もしこの仮説が正しいのなら、これを提案した金剛も、これを了承した水瀬や隊員達もとんだギャンブラーだ。


たしかにおかしいとは思っていた。序盤から始まった連戦で疲弊していた一条隊は、もしそのまま水瀬隊が隊列を組んで突撃してきていたら為す術もなく全滅に追い込まれていただろう。

そして、あの水瀬がそんなことにも気づいていないとは思えなかった。


だがしかし、水瀬隊のレーダーの動きは不自然にして不明瞭。水瀬隊の動きの意図を、その場の誰よりも戦術に長けているはずの安寿は見切ることが出来ないでいた。

それも当然、水瀬隊は勝つために動いていたわけではない。勝つためではなく、あくまでこの盤面を作る為に一条隊を分裂させたのだった。


「ここまで生き残った一条隊へ騎士として最大限の敬意を表し、俺たちは一対一でお前たちと対峙し、各個撃破する」


金剛はそれが謝罪だと言わんばかりの態度で言い切ると金剛は再び弧月を構える。右手に弧月、左手にレイガストを構える金剛から放たれるプレッシャーは両隊のエースと比べても遜色ないほどだった。


「決闘……ですね」


他にも言いたいことは沢山あったのに、何故か崎守は思わず口をついていた。引きつった笑いを浮かべながらも崎守の思考は不思議とクリアになっていた。


「!」


金剛は驚いたような表情を浮かべる。それが崎守の目には喜んでいるようにも見えた。


「そうだな、これは決闘だ。邪魔だてするものは誰もいない。騎士と騎士による、己の信念と仲間の誇りをかけた戦いだ!」


金剛は歯をむき出しにして言うと、自分の身体の前にレイガストを掲げ、叫ぶ。

それとほぼ同時に崎守も右手に持った拳銃の照準を金剛に合わせ、引き金を絞った。


「スラスター!」


それから少しして片方の体にヒビが入る。

空に浮かぶ三本のトリオン軌道の余韻と雲一つない快晴はまるで誰かの心模様を表しているかのようだった──。


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