駆藤とAFOの邂逅

駆藤とAFOの邂逅




AFO(個性)の中に入った駆藤。駆藤はそこで、かすかに残ったAFOの意志と対話する。

二初前提。

原作413話までのネタバレを含みます。



体中がズキズキ痛む。思いのままに動かせない。

俺の肉体は一世紀ほど前に滅びたので痛みも何もないはずなのだが、これは個性因子が深刻なダメージを受けた証なのだろうか。

という事は、譲渡の解釈を拡げ実行した賭けは成功したのか。少なくとも一部は。

俺に個性の使用を止めさせる権限は無い。死柄木弔が先程危機感知を使えたように、因子が無事なら変速だって俺の意志を無視して使えるはずだ。しかし、止める権限は無くとも使用された時にその事実は俺にも伝わってくる。その感覚は、無い。

死柄木弔が変速にまだ気づいていないだけの可能性や、使おうと思えば反動無しで使えるものの機会を伺ったり警戒したりしているだけの可能性もあるが、俺にはもうそうでない事を祈るしかない。

「駆藤、大丈夫か。しっかりしろ」

先のAFOの中に取り込まれていた四ノ森避影が驚愕した様子で俺を抱き起こす。

「どうして君が真っ先に奪われた?9代目はどうした?」

四ノ森にとっては信じがたい光景だろう。事情の知らない四ノ森は、自分の次に主戦力がまんまと死柄木弔によって奪われたという絶望的な状況を思い描いている筈だ。

「四ノ森さん……奪われたわけじゃない……これは計画の内だ」

「どういう事だ?」

俺はついさっきOFAの中で説明した事を四ノ森にも話した。

「それは……ずいぶん酔狂な賭けに出たな」

「ああ、俺では実現できなかった事、綺麗事を諦めない9代目を、信じたくなった」

「……そうか」

それっきり、四ノ森は何も言わなくなった。これは拒絶の反応ではなく、むしろ受容の表れである事が何となく伝わった。

俺達ただ黙って、外の世界を見守る事にした。

しかしそういうわけにもいかないようだ。

突如四ノ森が厳戒態勢を取った。暗闇の先を睨めつける。

俺達に危機が迫っているという事だ。

四ノ森の視線の先を辿り、俺も目を凝らした。

危機はいったい何なのか。変速が死柄木弔に使われようとしているのか、それとも──

「……く…ど…う?」

暗闇の中でもぞもぞと動く何かが見えた気がした。そしてそれは俺の名前を呼んだ。

声の主はすぐに分かった。死の間際、耳に焼き付いたあいつの声だ。

このオール・フォー・ワンという個性の中で、俺の名を知り、俺に激昂するものなど一人しかいない。

「さっきぶりだな、オール・フォー・ワンよ」

「駆藤!!!」

死柄木弔に取り込まれたかと思っていたが、やはりしぶとい。ボロボロになり俊敏さはもう無いものの、着実にこちらへ向かってきていた。ヤギに頭を潰されたため瞳は無いはずだが、まるで怒りでギラギラさせているように見える。

AFOが迫ってくるので、四ノ森が攻撃しようとし始めた。賢明な判断だ。しかし、俺は四ノ森の袖を引っ張り静止させた。

何故とは聞かれなかった。ただ理由を待つように、じっとこちらを見つめてきた。駆藤のことだ、何か考えがあるんだろうと。

「少し話をさせてくれ」

承知した、と四ノ森は攻撃しようとしていた手を下げる。

AFOはその間にもジリジリと迫ってくる。凄まじい気迫だ。しかしそんなAFOが迫ってこようとも、俺は思っていたより冷静だった。AFOは俺の宿敵でもあり、与一や親族、仲間達の仇でもあるのに。なんだか少し上から俯瞰して見ている気分だった。

「お前と直接話を交えるのは、だいたい一世紀ぶりだろうか」

言葉にすると、もうあれからそんなに経ったのかと不思議な気持ちになる。与一と出会って、目の前で殺され、そして仲間もろとも俺自身も殺されてから、もう100年以上も経つのだ。

「お互い、人の有り様から随分とかけ離れた存在になったな」

俺が生きていた頃のAFOは異能を多く奪い取った事で常人離れした存在にはなっていたが、まだ人並み程度の年数しか生きていなかったし、複数人もいる存在でも無かった。今現在はまた1人となったが、AFOの本体は消滅したにも関わらず個性を死柄木弔に譲渡した事でかろうじてもう1人のAFOが生きているという、なんとも不思議な状態である。

かくいう俺も、また人の理からだいぶ外れた存在と言えよう。俺の身体はとっくの昔に死んだというのに、OFAの中に宿った意識がまだあるのだから。

「俺達は、もう死んでいるのに生きている。そろそろ終わりを向かえてもいい頃じゃないか?」

四ノ森が危険知らせるため耳打ちするも、俺はまた袖を引っ張り静止させた。

「終わり!?まだ終われるわけがないんだ!」

そう言ってAFOは俺の体をがっしり掴む。

「弟をまだ返してもらっていない!金庫にしまいこんでおいたのに!」

AFOがそう叫んだ瞬間、あまりに激しい感情のせいなのか、意志のみの存在である俺達は共鳴し合った。

AFOの感情が俺に伝わってくる。

それと同時に俺の感情もAFOに伝わっていく。

俺達の思い出が走馬灯のように流れていく。

体が勝手に動いて宿敵の片割れを救けたあの日、与一達と共にAFOの魔の手から逃れ続けたあの2か月間、与一が死んだあの日、与一の意志が俺の中にあると知ったあの日、俺が死んだあの日。そしてOFAの中で彼と再会したあの日。




長い眠りから覚めた気分だった。

目をパシパシしてみると、視界がその度に僅かに遮られる。

手を目の前までゆっくり持ち上げ、開いて閉じてみる。

夢の中のような感覚なのに、実態があるような感覚でもあった。

ここは死後の世界なのだろうか。それならば天国なのか地獄なのか。

地獄に問答無用で行かされるほどの悪行を尽くしたりはしていないと思うが、かと言って自信を持って天国に行けたはずと思えるほど精錬潔白な人間だったわけでもない。

仕方がないと無情な決断も重ねてきた。敵にも仲間にも、犠牲になった者達は大勢いた。過酷な時代なせいだ、巨悪のせいだ、駆藤がいようがいまいが誰も彼も平穏無事ではいられない時代だった。むしろ駆藤のおかげで助かった存在も多くいた。仲間達はそう庇ってくれるだろう。

庇ってくれる仲間達の思いを否定したくはない。実際にあの巨悪を野放しにしていてはもっと悲惨な事になっていただろうし、巨悪は俺がいようといまいと数々の人生を弄ぶ人だったのだから。巨悪の所業のせいのものを自分のせいにしてしまうのは却って幼稚な事に思えた。何でも自分のせいにしてしまっていては、AFOに無惨にも殺された仲間達も親族達も浮かばれないだろう。

しかしだからと言って、割り切れる人間でも無いのだ、俺は。昏い過去を無理に照らしたくない。無理により暗いものにもしたくない。美化も卑下もしないのが、せめてもの誠意だと思った。

だからここが天国でも地獄でもなければいい。

与一はきっと天国にいるだろうから、きっと会えないだろうが──

「マイヒーロー」

瞬間、俺の思考は停止した。

僅かな期間しか共に過ごしていないのに、脳裏に焼き付いたその声の持ち主は……

「……与一?」

信じられない気持ちで後ろを振り向いた。

後ろにいたのは紛れもなく与一だった。顔には表情が出ていないというのに、不思議に冷たさを感じさせないいつもの与一だった。

「百年ぶりかな?」

そしていつものように与一が柔らかく笑みを浮かべた瞬間、俺の体は動いていた。

「君は相変わらず力が強いね」

与一は苦笑した。俺がめいいっぱい抱きしめたからだ。

与一はそれ以上何も言わず、彼なりに強く抱きしめた。

どれくらい抱きしめあっていただろうか。この沈黙を破ったのは俺からだった。

「ずっと謝りたかった」

俺を抱きしめたまま与一が言葉を返す。

「どうして」

俺は体を離し、与一を見つめた。与一はまっすぐ俺の目を見つめ返した。

「一度はお前を救けた。そしてお前はマイヒーローと慕ってくれた。

なのに二度目は死なせてしまった、みすみす負けてしまった。負ける事は許されなかったのに。

戦いの果てにあるのは、勝つか負けるか、生きるか死ぬか。それだけ。それだけなのに。目の前で。みすみす死なせてしまった。」

俺は潤んだ瞳を見られたくなくて下を向いた。

与一は俺をじっと見つめたまま黙っていた。何も言わず、頬に手を当て、親指で涙を拭った。

与一は深呼吸して、ようやく言葉を発した。

「あの2ヶ月を君を与えてくれたじゃないか。」

手で頬を包んだまま、額同士をコツンと当てた。

「君は本当に沢山のものを与えてくれた。

僕の個性に意味を与えてくれたのだって君だ。

それに何より君が僕の意志を継いでくれたから、そして繋げてくれたから、とても強い力になったんだ。八木くんを見たかい?OFAはあそこまで成長したんだ。」

俺は生前の事を思い出した。俺の中に与一の意志があると知ったあの時を。そしてAFOに俺自身も殺されたあの日の事を。

俺は確かに死ぬ。俺はお前に敵わなかった。けど今は敵わずともブルースが、そしてまた託された誰かが少しずつその力を培ってくれる……。そしていつかお前を止めうる力となる……そんな希望を胸に、死の間際与一に心の中で呼びかけた。

「君は僕と一緒に戦い続けてくれたんだ。感謝の気持ちしかないよ、マイヒーロー」

与一は死んだけど、完全に死んだわけじゃなかった。意志が生き続けていた。そうだった。生前俺は、だから俺は希望を見据えながら戦い続けられたんだ。死ぬ間際、最後の最後まで、希望を捨てずに済んだんだ。

与一も俺を補完するものだった。肉体が消え去ってもなお。

「俺にとっては、与一こそがヒーローなんだ」

与一の手を握ったつもりが、いつもいつの間にか俺の方が握られていた。

俺が与一を救ったはずだったのに、救われていたのは俺だった。

「与一、愛してる」

「僕も愛しているよ」

与一が俺の名を呼び、キスを交わそうとした瞬間、

「やめろ」



面影がふっと消え去った。

周りはまたAFOという個性の中だ。どこまでも続く暗い世界の中、ここにはAFOと俺と四ノ森の3人だけ。

息を荒くしたAFOは、今にも俺を食い殺してしまうのではないかというほどの迫力だった。

「弟は僕の所有物(もの)だ!だのに、お前なんかのものに!」

AFOが俺の体をグワングワン揺らす。全ての怒りを俺にぶつけているようだった。

「与一も俺も、誰かの所有物ではない。恋人だろうと何だろうと、与一を俺の所有物だと思った事はない」

激昂するAFOの動きがピタリと止まった。

「嫌だ、許さない」

うわ言のようにつぶやく。何でお前なんか選んだんだ。ずっと小さい頃から与えてきてやったたじゃないか。何にも与えてこない存在だったお前に。力も与えてやったろう。お前に使いやすい異能だ。なのにあいつと行くなんて。一時の気の迷いだろうそうだろう。どうしたっていつも俺の手をすり抜けるように、思い通りにならない。

僕の俺はただ黙って聞いていた。与一には聞かせたくないと思いながら。与一は聞いても平気だろう。ただ俺が聞かせたくない。

少々冷ややかな気持ちになっていたが、このAFOを見て少し気が変わった。

「俺には与一がいなきゃダメなんだ。与一じゃなきゃだめなんだ。」

AFOは膝から崩れ落ちた。

「ずうっと見ててほしい。どうしたら俺だけを見ていてくれるんだ。あれでずうっと見てくれると思っていたのに。嫌な事の方が、みんな覚えているだろうに」

AFOは俺の腕をより強く握りしめた。しかし、それは俺を傷付ける意図ではなさそうだ。溢れんばかりの思いをどこにやればいいかも分からず、ただただ悶ているようだった。

「離したくない。手放したくない。一緒にいたい」

徐々に素朴な思いに近づいているように思えるAFOを見ながら、さっき流れ込んできたAFOの感情の原液のようなものを思い出した。

そんなAFOを見て、俺は最期に伝えてやろうと思った。

「与一からの伝言だ」

AFOがゆっくり顔上げる。

「愚かな兄さん、それでもあんたを愛していたよ」

目をかっ開いたAFOは、そのまま死柄木弔に再び取り込まれていった。

「お前が自分の思いを見つめ直せていたら、もっと思いの丈をぶつけられていたら……お前ら兄弟はどうなったのだろう」

伝言は果たして魔王の心にどう響いたのか定かではない。分からないまま、ただ見送った。

AFOが取り込まれていったが、呑気にしている場合ではない。側にいる俺ももちろん無事ではなかった。

ゆっくりゆっくり、得体のしれない何かが俺を包んでいく。

俺は横にずっといた四ノ森に声をかけた。

「四ノ森さん、あなたは逃げられたのに。AFOが夢中なのは俺だけだった。AFOを再び沈めこませるのに、囮になるのは俺だけで十分だ」

四ノ森は首を振った。

「どうせ逃げ場は無い。なら君を独りにすべきではないと判断したまでだ」

「……そうか」

最期に与一とブルースがいるであろう方を向いた。

ブルースにはまた、俺を見送らせてしまった。そしてまた、そう遠くない内にこちらに来るのだろう。彼は覚悟してきた事だからと、なんて事の無さそうな顔をするのだろう。クールに見えて本当は熱い男なのに。ブルースがAFOと戦ったあの時に彼は微かに笑みを浮かべながら涙を浮かべていた。あの時の得も言われぬ感情はOFAの中にいたぼやけた俺の意識にも伝わってきていた。

そして与一。今度はお前が見送る側だった。今回もまた突然の別れだったが、最期に言葉を交わせて良かった。今度は与一の瞳にも俺が映っていて良かった。

死してなお、2人にまた会えるとは思ってもみなかった。

俺を補完してくれた者達よ。同じ意志で同じ歩調で、隣を走り続けた者達よ。

本当に、また会えて良かった。


「さようなら、マイヒーロー」

与一は静かに涙を流した。












(余談)

弟を所有物と見なしているらしいAFOが、与一が他の誰かの所有物になった(とAFOは思い込んでいる)様を見たらどうなってしまうのかすごく興味深い。特に恋人関係って本人/本人達がどう思っていようと所有物になったと見なされやすい関係だから、一番AFOがダメージ受けやすそうだなって。


あと、AFOって与一を手放したくない等という自分の感情を言語化できていなくて、自分の与一への思いを所有物への執着だと見なすようになったのかなと思ったりもするので、救いになるのかならんのかよく分からない言葉をあげたいなと。駆藤ごしに言われたらどんな内容でも救いにはならなくなっちゃうのかもしれないけど。所業も考えるとそれくらいの塩梅がいいのだろうか。

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