駆け落ち

駆け落ち


 僕がその貴族の屋敷の使用人に任命された時、自分の運命を呪った。仲間はもっと良い場所へ行けるのに。

 なぜ嘆くかと言えば、令嬢の評判が非常に悪かったからだ。我儘で傲慢、言う事を聞かなければすぐに喚く。そんな者の使用人をやりたいという人は少数だろう。

 とはいえ、平民出身なのだから贅沢は言えない。僕は諦観を抱きながら屋敷へ向かった。


 果たして、実際に令嬢と対面した僕の感想は、酷く淋しい人だ、というものだった。確かに我儘で傲慢なのはその通りなのだが、それが祟って誰もが腫れ物を触るように接し、気にかけられていない。彼女は構ってもらっているようで、実際は孤独だったのだ。


 それを見た僕は憐れみを感じ、他の使用人より少しだけ構うようになった。初めこそ暴言の荒らしだったが、そのうちに少しづつ態度が軟化した。

 我儘こそ変わらない物の、その内容も身の回りの事ばかりやらせる物から、散歩に付き合って欲しいなど、確実に変化してきていた。周囲もその少しの変化に驚いていた。


 そのうち、僕は彼女御付きの使用人となった。直々の指名だ。この頃になると、僕も彼女の我儘に付き合うのは嫌ではなく、むしろ楽しみにすらなっていた。

 また彼女自身も周囲を気遣うようになり、人によっては好かれるようにもなった。曰く、気遣うのは僕の真似をしたかった、だそうだ。


 そんな彼女にも縁談が来た。所謂政略結婚だが、相手は彼女の事を好いているらしく、僕は喜んで祝福した。しかし、彼女はそうではなかった。


「私はあなたと結婚したいの。駆け落ちしましょう」

「それは命令ですか?」

「そうよ。私は我儘なの。知ってるでしょう?」


 彼女が笑う。そうだ、この人はそういう人だった。


「これまでとは比べ物にならない我儘ですね。大変ですよ?」

「分かっているわ。けど、私の我儘を聞いてくれるあなたとだもの。苦にならないわ」


 そんな彼女の無茶な我儘を命令された僕は、何故か心地良いのだった。

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