馴れ初め
タイホ君とムスメちゃんの馴れ初め妄想小説昼食時の食堂はとにかく混雑する。用事があって出遅れたのは仕方がないとして、相席してくれるような友人が今日に限って食堂にいないのもまた運が悪い。
立ち尽くしていても昼を食いっぱぐれて午後の練習に励むことになるだけで、どこかで適当に立ち食いでもしてしまおうかと踵を返す、その瞬間だった。
「あの、よければ相席いたしませんか?」
おそらく僕に向けて発されたであろうその声に振り向けば、そこには同期のアカイトリノムスメさんがいた。ほとんど話したこともなかった彼女に話しかけられて何も返せないでいる僕を見て、彼女は続ける。
「ソダシちゃんとお昼を食べる予定だったのですが、どうやら練習が長引いてしまっているようで。ひとりで食事をするのも寂しいですし、よければご一緒いただけないかと」
「それなら……お言葉に甘えて」
思ってもみない提案にどうしようかと少しは迷ったものの、席についてする食事の魅力には抗えない。それに、心なしか嬉しそうに笑った彼女を見れば悪い気もしなかったし。
「アカイトリノムスメさんは、誰かとお昼を食べることが多いんですか?」
「『アカリ』で構いませんよ、タイトルホルダーさん。普段お昼を一緒にすることが多いソダシちゃんやエールちゃんなんかもそう呼んでいますから」
「ならアカリさんで。僕のこともタイホとか、ホルダーとか、そんな感じでいいですよ。周りのやつらもそんな感じなんで」
「ではホルダーさん。……ふふ、こうやって話すのは初めてで、なんだか新鮮な気持ちです」
「あんまり接点もないですしね。でも、今日は席貸してもらえて本当に助かりました」
「そう言ってもらえるなら、勇気を出して声を掛けて正解でした」
食事を口に運びながら会話をしているものの、アカリさんの食べ方は上品さを保ったままだった。さすがのお嬢様だなと思うと同時に、自分もある程度は上品な食事をしなければと緊張で背筋が伸びる。
「あまり緊張なさらないでください」
「あー、そういうのもお見通しで?」
「お茶会にいらっしゃるお客様のような顔をしてらっしゃったから。そんなに緊張してはご飯も美味しくなくなってしまいますから」
お食事は美味しくいただくのが一番だから、と諭されて、彼女に対する認識をまたひとつ改めることになった。もっと近寄りがたい存在かと思っていた。
「そうですね、ご飯は美味しいのが一番です」
「ええ。だから貴方が一緒に食べてくださってよかった。またご一緒してくださる?」
「僕で良ければ、いつでも」
ごちそうさまでしたとふたり同時に手を合わせて、一言二言交わして解散する。
「アカリさん、ありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったわ、ホルダーさん」
手を振って去っていく彼女が見えなくなるまで見送って、彼女と過ごした時間を存外気に入っている自分に気が付く。次に話すのはいつだろうと、密かに楽しみにしながら午後の練習場に足を進めた。