馬の骨DIY
休みの日に家に帰ったら父が母に土下座していた。
なにがあったとか、どうしたんだとか色々あるがはっきり言ってしまえばかかわり合いになりたくない。
「おう撫子、帰ったんか?」
「……オカンただいま」
「お前名字どっちがええ?まぁ聞くまでもないけど、平子やんな?」
「死んでも別れません」
産まれてから今まで聞いたことのないような父の地の底から響くような声にアタシはドン引きしたけど、母は軽く眉をひそめただけだった。
なにやらかしたんだこいつ。母は自分だけで済むことなら大概のことは「しゃーないやつやなァ」で済ませてくれるのに。
「……オトンは早よ自首しィ」
「父の弁明を聞こうという気はないのかい?」
「聞いてなに言えばええねん。これは死刑やな墓には参るわとか言えばええの?」
「思いやりのある子に育ったと思っていたのに残念だよ」
ムカついたので尻を蹴ったけどびくともしなかった。なにをどうしてもびくともしないのは常だけれどケツまで固いのかこの男は、腹が立つ。
それなのに母の大きなため息には即座に反応するのだから、なんなんだこいつはと父親に感じるべきでない感情も湧いてくるというものである。
「こいつがコソコソ作ってた虚逃がしたせいで十番隊の隊長がやめる羽目になったんは知っとると思うけど」
「なんや色々して全力で揉み消すことになったやつやん、余罪あったん?」
「こいつ逃がしたんわざとやった。計画的犯行や、もう言い逃れも出来ひん」
「まさか隊長自らが出てくるとは思わなかったので事故ですよ」
十番隊の隊長さんだった志波一心さんが現世でなんか色々あって結婚することになって隊長をやめるだのなんだのの原因がアタシの父であることはあまり知られていない。
大変優秀な副隊長と隊長がコソコソ作っていたもののせいで首が飛ぶと色んなことが滞りまくるので隠蔽されたのだ。大人って汚い。
十二番隊は浦原さんがいなくなってもなんかヤバいものを作るんじゃないかと思うけど。
「日番谷くんがいるでしょう?彼は将来性もあるので、少しばかり"盛れ"ば撫子に相応しい男になるんじゃないかと思ったのに隊長自らなんて想定外です」
「は?なんでアタシが出てくるん?」
「撫子に相応しい男が尸魂界にほぼいない以上虚化で既存の死神を強化して相応しい男を生み出さねば嫁の貰い手がなくなります」
「なんでアタシの相手へのハードル馬鹿高くしとるん?アホなん?」
「父親が嫁取りのハードルになるのは世の常だろう?」
大変優秀で馬鹿みたいに強くなんやかやで顔もいい父を基準にしたら、まぁそれなりに基準が厳しくなるというのはわからないでもない。
大概の人は性格とか倫理観とか人間らしさとかそういった点で父を大いに引き離すと思うのでアタシは勝手に選ぶつもりだけど。
「僕が相応しいと思える男が現状浦原喜助以外に存在しない以上、新しく作る他あの男に娘を渡さずに済む方法がないじゃないですか」
「アタシ別に浦原さんのお嫁さんになりたないんやけど」
「そもそもお前の無駄に厳しい基準をどうにかしたらええだけやろ、駄々捏ねて人様に迷惑かけるなや」
アタシにとっての浦原さんは親戚のおじ……ギリギリお兄さんみたいな人なので、あれを結婚相手にと言われても父の顔に蹴りを入れようかなくらいの考えしか浮かばない。
向こうもアタシのことはいつまでたっても小さい女の子だと思っているだろう。会うたびにそんなに大きくなってないのに「大きくなったッスね」とか言ってくるし。
「まったくコイツはなァ……俺がギンはどうやって言うたら次の週にはギンが三番隊の子になったりやりたい放題しよる」
「えっ、ギン兄ちゃん居らんくなったのそのせいなん?」
「誤解だよ、我が隊は手が足りていたというだけの話さ」
「今すぐ鏡で顔見てこい、胡散臭い顔しよってからに」
小さい頃からそれなりに構われていたのでそこそこ懐いていた相手が父のせいで迷惑を被っていたというのは中々にショックである。
父のことがあんまり好きじゃなさそうだったので、父の下でこき使われるよりはマシだったかもしれないけれど多少は心苦しい。
アタシが知らなかった事実に衝撃を受けていると、母がまた重々しいため息をついた。諦めたんだろう。
それを聞いた父の表情が明るくなったのを見てアタシは苦々しい顔をする。母が諦めたということは父が許されるということだ。
「まぁ今別れたら方々が奔走して揉み消した意味も無くなるしな……せやけど次やったら問答無用で離婚やぞ」
「3アウト制になりませんか」
「オトンほんまにビックリするほど図々しいやん引くわ」
「次やる言うてんのも駄目やろ、反省しろ惣右介」
両方からボロくそに言われてるのに父はどこ吹く風とでも言わんばかりににこにこと微笑んでいる。
普段の胡散臭い微笑みと違って本当に嬉しそうなのが更にイラつかせてくる。妻と娘に叱られてご満悦になるんじゃない。
イライラするアタシを尻目に母は座ったままの父を見下ろすと脳天にチョップをした。多分きいてはいないけど、わざとらしく父が「痛いですよ」と言う。
「惣右介、やるんなら墓までバレんようにしろよ。そうしたら俺が直々に墓ん中で説教したるわ」
「……今後はより善処します」
なんだかんだ母が手綱を握っているうちは大丈夫なのかもしれない。握らせたいと思ってる以上は目立つことはしないだろうし。
そう思っていたアタシは父が相応しい男を作ることを諦めていないことをまだ知らない。