馬が肥えても警察は痩せる秋

馬が肥えても警察は痩せる秋



網走署の軒先で、紐に吊るされたなにかが北海道の冷たい海風に吹かれて揺れている。

「杉元、あれなんだ?」

通りがかったアシリパが指さして一緒に歩く杉元に聞く。

「ああ、あれ干し柿だよ。…なんで警察署で作ってるか分かんないけど」

それを聞いたアシリパが目を輝かせる。よく見ると、口の端から少しヨダレが出ている。

「干し柿?!杉元が好きなやつじゃないか!行こう一個もらえるかもしれないぞ!」

「えぇ〜?」

アシリパに手を引っ張られ杉元も玄関の前にやってくる。すると、奥から誰か出てきた。

「ん?よう杉元とアシリパちゃん」

「なんだ白石か」

柿ののれんをかき分けて白石が出てくる。

「白石、これ干し柿か?」

「そうだけど、どうしたの?」

「いや…杉元がどぉ〜しても食べたいって言ってたから…ホラ干し柿って杉元がオソマくらい好きな食べ物だろ?」

「あっ、アシリパさんが食べたいって言って俺のこと引っ張ってきたんだろ!もう!」

ニヤニヤしながら白石を見るアシリパに、杉元は急いで弁解する。そんな二人に白石はバツが悪そうにポリポリと頬をかいた。

「あー、ごめんねアシリパちゃん、これ昨日干したばっかだからまだ食べれないよ」

「そっか、食べれないのかあ。いつごろ食べれそうなんだ?」

残念そうに笑うアシリパに、杉元と白石はさらに気まずそうに目をそらす。

「うーん、…あと2、3週間くらい…かな」

白石の言葉にアシリパは愕然として杉元を見る。

「3週間?!そ、そんなにかかるのか杉元?!」

「うん…俺柔らかいの好きだしここは寒くて干し柿にはちょうどいいところだけど…それでも2週間はかかるかな」

明らかにショックを受けているアシリパになんて声をかけようか二人がもたついていると、奥から土方が出てきた。

「久しぶりだな、二人とも」

「土方ニシパ、」

「…ここの干し柿が食べたいのか?」

「ああ」

迷いなく首を縦に振るアシリパ。土方は「なら」と吊るしてある柿を一個手に取って見せた。

「来週ここに来て干し柿の手伝いをしてくれるか?渋が抜けて早く甘くなる」

「本当か?それ、」

「もちろん食べていい。父さんと分けることだ」

ガッツポーズをして飛び跳ねるアシリパの横で、杉元は申し訳なさそうに頭をかく。

「悪いなあ、あの子食べ物に関しては譲らないから」

「いいんだ、子どもはあれくらいの旺盛さがある方がいい。それに、杉元も食べるだろう?」

「…あっ、いやあ…」

白石経由で杉元が干し柿が好きなのは伝わっていたらしい。杉元はニヤニヤと照れ笑いしながら突風で揺れる柿に襲われる白石の方を見た。

次の週、一心で柿を揉む二人の姿があったらしい。


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秋の空気が漂う北海道のとある山中。

「見てください、アケビの実がなってますよ」

姉畑が木の上を指差す。一緒に捜査に来ていた平太も指の先を目で追う。

「本当だ。秋ですねえ」

なんともほっこりした会話だが、二人とも獣害か殺人かわからない凄惨な事件現場を見てきた直後である。山に遺体を捨てられると動物に食べられたりで身元が分かりづらい。ので姉畑に鑑定を頼んでいたのだ。

「アレ、姉畑先生じゃない?ねえ、谷垣ニシパ」

「…ん?ああ、こんにちは」

山奥から話し声がして、ひとりの男と少年が近づいてきた。

「おや、谷垣さんと、チカパシ君」

手を振ってやってくるチカパシとそれを追う谷垣に気がついて姉畑は振り返る。

「あ、二瓶さんのところの…」

平太は二人を見て思い出したように手を叩いた。

「あ、どうも…いつも二瓶がお世話になってます」

「い、いえ、!むしろお世話になっているのはこっちの方ですよ」

谷垣と平太はお互いペコペコと頭を下げている。チカパシは姉畑の腕を引くと上を指差した。

「ねえねえ、あれってアケビかな」

「そうだね、今の時期はよく熟していて美味しいよ」

しかし、アケビは高いところになっている。チカパシと姉畑にはあまり届かない場所だ。

その様子を見ていた平太が何か考えると、二人の目の前にまでやってきた。

「…ちょっとこれ見ててくださいね」

そう言ってカバンを地面に置くと、近くの大きな木に飛びついてスルスルと登っていく。あっという間に谷垣の頭上より高いところにいくと、片手で器用に実を何個か取って降りてきた。

「食べ頃ですよ。ホラ、縫合線できてる」

チカパシ達にアケビを手渡すと、4人とも慣れた手つきでアケビを割ってその場で食べ始めた。

「種食べないでね、苦いから」

「…ヴッ!」

姉畑が忠告したそばから谷垣が苦虫、いや種を噛み潰したような顔をする。チカパシは器用に種を吐き出している。

ほとんど食べ終わった姉畑は皮まで食べようとする平太に気づいた。

「皮も食べるんだったら火通した方がいいですよ」

「あ、そうですね…つい癖で…」

そうこうしているうちにみんな食べ終わってなんとなく歩き出す。

チカパシがいくつかアケビを抱えたまま山道の先頭をいく。

「エノノカとかアシリパにあげるんだ。あとインカラマッと二瓶ニシパにも!」

「いいじゃないか。きっと喜ぶぞ」

ニコニコしながら歩く谷垣達に3歩遅れて二人も着いていく。

「このアケビ、綺麗な縫合線に優しいフォルム、山によく溶け込む紫色…ミツバアケビですね、美しい」

「…私は別に否定する気はありませんけど、帰ってからにしてくださいね」

なぜか一個持っていたアケビを眺める姉畑に、平太カバンを抱き抱えると呆れ気味につぶやいた。


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海賊房太郎は悩んでいた。目の前に置かれた大学芋の始末に。

「何やってるんデスか」

麻薬捜査の始末にやってきたジャックが小一時間山盛りの大学芋を睨みつける海賊に怪訝な顔をする。

「いや、これな…白石から渡されたんだけどよ…『これ科捜研からだってよ、さっき二瓶から渡された』って言ってて食べていいもんなのかが分かんねえ」

「………」

否定も肯定もできずジャックは黙り込む。科捜研には散々色々な意味でお世話になっているのだ。今さら何が起こるか予想はつく。

「…ええい食って見なきゃ分かんねえ!いくぞ!」

「おお、思い切りいいデスよ!」

ヒョイっと適当なかけらを海賊は口に放り込む。ジャックはそれを固唾をのんで見守る。

「あ…普通に美味い…いって!」

ほっとしたのもつかの間、ガリッとなにか明らかに芋とは違う食感に歯が当たり海賊は口の動きを止めた。

「…ん?んだコレ…ぐ?!…しょっぱ…いや苦…」

いきなり顔色を変えて咳き込みだした海賊に、ジャックはびっくりして駆け寄る。

「な、なにか入ってたんデスか?」

「…アイツ、サルミアッキ入れやがった…!」

「純粋に爆弾入れてきマシタね…」

急いで水をがぶ飲みし追加で大学芋を口にどんどん放り込む海賊に、ジャックはおののく。居た堪れなくなったのか一つつまんで口に入れる。

「…ア、普通においしいデスねコレ」

「だろ?料理上手いんだよアイツら。変なもん入れやがって…あ゛ーこめかみに響く…」

そのまま海賊は受話器を取り上げるとガチャガチャとキーを打っていく。ワンコールで繋がった。

『はい、北海道警察本部科学捜査研究所です』

「おい!お前またやりやがったな!」

開口一番怒鳴れば、向こう側は一瞬黙った。

『入れたって…何を』

「サルミアッキだよ!芋になんか入ってたぞ!いくらお前がロシアンルーレット好きだからって限度ってもんがあるだろ!」

『…は?』

しかし、返ってきたのは普通に戸惑ったような声だった。

「なんだよ、」

『いや…俺サルミアッキは入れた覚えないぞ』

「は?」

何かがおかしい。海賊は白石の言葉を思い出す。

『これ科捜研からだってよ、さっき二瓶から渡された』

「おい待て。二瓶ってどこ所属だ?」

『鑑識課だったと思うが』

「鑑識課って他には誰かいんのか?」

『他には、松田と上ヱ地…あっ』

そこで何か察したのか関谷も横で聞いていたジャックも黙った。海賊の方はわなわなと受話器を振るわせながら立ち上がった。

「あんの野郎ー!次会った時はただじゃおかねえ!」

そんな海賊にジャックと電話越しの関谷は軽くため息をついた。



同じ頃、網走刑務所にて。

「ばああああああ!プロボリス飴!プロボリス飴!」

「うるさい」

科捜研から送られた大学芋を食べた門倉が絶叫しながら机に突っ伏すのを、犬童は干し柿を眺めて一蹴していた。


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