首無し小説家は彼女にある『記号』を与える

 首無し小説家は彼女にある『記号』を与える

 

 ーゲマトリア・会議室ー

 「そういえば、お二人、なんか最近楽しそうですよね?何かありました?」

 「どういうこった?」

 「おや、そう見えますか?私はヤヨイの研究に励んでいるだけなのですが」

 「……ヒルデガルトに芸術を教えているだけだ。それ以外何でもない」

 「……そうですか。ならば良いのですが」

 「そういうこった?」

 全く、正直に話せば良いのにと思います。実際に彼らは『増産された無名の司祭達の遺産』という奇怪な『記号』を拾ってきてから変わりました。研究のためとはいえ、黒服は彼女中心に。マエストロだって、『ヒルデガルト』というペンネームを与える程、彼女が気に入っているようですし。ならばこそ……

 「私達も保護してみますか、デカルコマニー?」

 「そういうこった!」

 ーとある廃墟にてー

 自分は何なのだろう?機械だからとはいえ、自分は『生きている』。なのにここまで大変だ。……もう、諦めよう……

 「……失礼、お嬢さん。少々、よろしいでしょうか?」

 「!?……ッ……誰、ですか……!?」

 首が……無い。黒いモヤは見えるが、そこから上はない。自分の持つデータにこのような事態への対処はない。

 「……驚くのも無理はありませんね。後ろを向きながらの挨拶、どうぞお許しください。私の名前はゴルコンダ。そして、」

 「そういうこったぁ!!」

 「……私の体の代わりであるデカルコマニーです。どうぞよろしくお願いします」

 さらに疑問を追加。絵画が喋っている。この人と呼べるか怪しい人物に警戒を走らせた。

 「……何の用ですか?生憎、私は『生きる』ということに疲れました。なので……」

 「……もし、私が保護すると言ったら、貴方はどういう態度を取るのでしょうか?」

 ……何を言っているんだろうか?騙されることを前提に聞いてみた。

 「……三食」

 「ええ、つけますよ?」

 「……七時間睡眠」

 「保証します」

 「……嘘、偽りは?」

 「ないですよ。その代わり、貴方に戦闘職ではないことを手伝って頂きたいのです。よろしいでしょうか?」

 「……最終確認です。この生活から本当に脱却させて頂けるのですか?」

 「ええ、もちろんです。ちゃんと保証させていただきます」

 「そういうこったぁ!」

 ……ディールは成立した。

 「……分かりました。ついていきます。住居はどちらに?」

 「……少し目を瞑っていただけますか?」

 「……?分かりました」

 「…………どうぞ、開けてください」

 「?……!!えっ、どういう事ですか?!今まで廃墟にいたはず……」

 「ようこそ、ゲマトリアへ。ここはその会議室です。そして……貴方の部屋はココです」

 ……ベットはフカフカ。机、椅子は頑丈。そして、すごい数の筆記用具と原稿用紙。クローゼットもある。

 「……本当に良いんですか?此処に住んでも?」

 「ええ、もちろんです。その代わりに手伝いがあるのですから。机に筆記用具と原稿用紙がありますね?それで小説を書いて頂きたいのです」

 「そういうこった!」

 「小説ですか!?私は今まで戦闘しかやってな、」

 「ええ、もちろんそうでしょう。なので、私がアドバイス等はさせて頂きます。ですが、今日はもう遅い。ご飯にしましょう」

 「そういうこった!」

 ーそうして翌日ー

 ……本当によく眠れた。ここまで安心して眠れたのは何時ぶりだろうか?と思った。

 「……おはようございます。……そちらの方々は?」

 「クックック……ゴルコンダ。貴方も保護したのですか。と、初めまして、お嬢さん。私の事は黒服とお呼びください」

 「私の事はマエストロと呼んで欲しい。芸術を愛する者だ」

 ……インパクト強めの見た目だが、ゴルコンダさんとデカルコマニーさんの印象が強すぎて、そこまで驚かなかった。

「……えっと、自己紹介がまだでした。私は1920号です。以後よろしくお願いします」

 「……ほう。成る程……」

 「ゴルコンダ?何か考え事を?」

 「いえ、私もあなた方みたいに何か別の『記号』を与えようと思っただけです。……『R.U.R』を知っていますか?」

 「……確か『ロボット』という単語が生まれた作品だったか。元の言葉で『ロボタ』だったな?」

 「ええ、あの作品が発表されたのは1920年なんですよ。……なので、1920号。貴方に『チャペック』の『テクスト』を与えます。よろしいでしょうか?」

 「……分かりました。承諾します。これからよろしくお願いします」

 ……こうして、私、1920号、もとい『チャペック』の小説家としての人生が始まりました。


※追記

 ヒルデガルト・フォン・ビンゲンに続く過去の人物からの引用をお許しください。カレル・チャペックは知っての通り、チェコの有名な作家です。その中でも知られる作品が戯曲『R.U.R』です。この作品から『ロボット』という言葉が生まれ、現在に至ります。今回、ゴルコンダ&デカルコマニーが小説家であることを踏まえて、この発想に至りました。誠に勝手ながら、1920号もとい『チャペック』の話をどうぞこれからよろしくお願いします。

 それでは。

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