饅頭と歌姫とお別れ

饅頭と歌姫とお別れ


 もう何度目かもわからない感覚で目が覚める。世界がリセットされ、記憶はそのままに、だが体は確実にインクに蝕まれていく。

「大丈夫かしら?ちゃんと覚えてる?」

 レミリアさんが話しかけてくれる。どうやら彼女達“ゆっくり”と私みたいな“人間”とはインクからの影響力が違うようで彼女達はしきりに私の事を気遣ってくれている。

「大丈夫だよ。私は世界の歌姫で赤髪海賊団の音楽家、ウタだよ!」

 彼女達には、全部話してある。私がやってしまった事も、これから私がやろうとしてる事も。それに彼女達は様々な反応を示したけれども、最後にはみんな一様に、『ウタちゃんには死んでほしく無い』と言っていた。

「大丈夫そうね。はいこれ、魔理沙からの薬。」

 レミリアから薬を受け取り、飲み干す。すると体からインクが染み出し、床に落ちていく。“インクの化け物”になりかけてた体を“ウタ”の体に戻して行くこの感覚は何度経験しても慣れる物ではない。

「じゃあいつも通り歌うよ。準備は良い?」

 インクが抜けきるのを体感で把握し、みんなに声をかけると、各々で確認作業をしていた彼女達がこちらに寄ってくる。最初は動く生首と驚いたけど、慣れてしまえば可愛い物だと思う。

 これから無防備になる彼女達の護衛として残るシュガーちゃんは少し離れた所で魔理沙先生の【エクスカリバール】をぶんぶん振り回している。彼女達が言うにはしっかり持ってるらしいが、私には念力で動かしてるようにしか見えない。初めて見た時は大層困惑した物だ。

「じゃあ行くよ。」

♪ど〜して〜♪

 世界の続きを歌い、彼女達をウタワールドに呼び込む。ウタワールドにはいくつもの資料が散乱していた。これは全て今までのループで集めた情報達だ。

 この世界を探索してるうちに色々な事がわかった。その中でおそらく脱出の為の1番大きな収穫はこのウタワールドだろう。ウタワールドはループの影響を受けない。この事がわかってから、私たちはループの度にウタワールドで今後の方針を決める会議をする事にした。その際に無防備になる体をどうするかとなった時にシュガーちゃんが護衛役を買って出た。曰く、『シュガーちゃん難しい事わかんないし、魔理沙先生が考えるなら大丈夫じゃろ。シュガーちゃんは書類に埋もれるより体を動かしていたいじぇ』との事だった。その様子になんとなくアイツを重ねたのは何故だろうか。

 2つ目の収穫は魔理沙先生が作った薬だった。なんでも“ゆっくり”が人型になる為の薬らしいが、これにはインクの侵食を取り除き、インクからの侵食を弾く効果があるみたいだった。この薬が無ければきっと長いループの中で私達はみんなインクに飲まれていただろう。私としても、忘れたくない物は沢山あるから有難い限りだった。

 3つ目、これが私にとって1番大きな収穫だった。終わらない夢の続き、つまる所この世界はあり得るかも知れない私が作ろうとしているの新時代の末路だ。その事を知った時、私は大きな拒絶感と吐き気を催した。そんな時彼女達は私を支えてくれた。彼女達が居なければ、あの時の私はとっくに折れて潰れて居ただろう。シャンクスと赤髪海賊団の思い出、ゴードンから受け取った愛情、私を待つファンのみんなの存在、一緒に悩み考えてくれた友達と呼んでくれた彼女達の存在、そしてアイツとの誓い。その全てが私を支えてくれた。

「さて、それじゃあ今回の方針を考えるんだが…私はもう潮時だと思っている。」

 ウタワールドで魔理沙先生が会議の主導をする。彼女達の中で保護者を自称するだけあり、魔理沙先生はとても頭が良かった。時間さえ有れば無限に出てくるのではと思うほど引き出しが多く、一瞬見た物でも大雑把に記憶していたりする。先生と呼びたくなるのもわかる程だ。

「潮時って言ってもまだループから抜け出す方法が見つかってないじゃない。それともあんたは見当がついたの?」

 魔理沙先生の言葉に真っ先に言葉を返すのは大体霊夢の時が多い。この中だと2人は1番付き合いが長いらしく、私も偶に2人が相棒と呼び合ってるのを見ている。

「ああ。確定じゃないけどな。私の中である程度出られる方法は浮かんでる。けどまぁ、それだけじゃなくてな…薬が大分減ってきたんだ。これ以上は引き返せなくなる。特に私たちは帰ったら薬を増やせば良いがウタはそうはいかないからな。出来れば綺麗な体で元の世界に返してやりたいんだ。」

 どうやら私の体の事を1番に考えてくれているらしい。確かに一度インクの侵食が大分進んだ時が有ったが、アレでは大切な人達に顔を合わせる事も出来ないだろう。そういった細かい気遣いも私にとっては有り難かった。

「みょん。確かにウタちゃんの可愛さがこれ以上崩れるのは辛いみょんね。喉まで侵食が進んだら歌声まで無くなっちゃうみょんし…」

 魔理沙先生の言葉に妖夢が反応する。彼女は変態なのが欠点ではあるが、私を細かく気遣ってくれたり張り詰めた空気を和ませてくれたりした。このメンバーの中だと割と常識人で、お互いに実親が分からず今の親に拾われた事もあってか話す事は多かった。

「取り敢えず魔理沙さんが考えた方法を聞きませんか?」

 フランちゃんが議論を先に進めようと誘導する。彼女は自分もビビりで怖がりなのに、私や他のみんなの事を何よりも優先する優しい子だ。1回恐怖が振り切れて暴走する事が有ったがあれは怖かった。今まで信じられなかったシュガーちゃんの半身というのがあっさり信じられるレベルだった。それでも基本的に丁寧で、優しく接してくれるのはありがたかったし、私の境遇に1番に共感して心配してくれたのは嬉しかった。

「私の考察を交えた上での話だけどな」

 魔理沙先生は前置きをすると紙をいくつか用意し説明を始める。

「おそらくだが、この世界のルールに従ってる限りこのループから抜け出す事は出来ない。だからこの世界のルールに従わない力を使う必要がある。それで色々試してたんだがな、私たちが持ち込んだ物や私たち本来の力はこの世界のルールに縛られないみたいなんだ。ウタの使う【ウタウタの実の能力】や私たちが使う【スペルカード】や【弾幕】は私たちの世界のルールで動いてる。」

 その言葉と同時に魔理沙先生は周りを見渡す。確かにウタワールドはこっちに来てもその万能性を失っては居ないし、世界がループしても変わらずに存在し続けている。私はそこまで考えた所で、魔理沙先生が考える作戦を理解してしまった。

「他にもいくつか作戦は考えてあるから、遠慮せずに教えてほしい。ウタは“Tot Musica”を歌えるか?」

「ちょっと!何言ってんのよ魔理沙!ウタちゃんの話は聞いてるでしょ!歌う所か考える事も辛いはずよ!」

「そうだみょん!いくら魔理沙先生でもそれは酷すぎる時思うみょん!ウタちゃんはあの事を今でも気にしてるのに!」

 魔理沙先生の問いに霊夢と妖夢がくってかかる。そんな中私はと言えば、ただ呼吸を激しくし跳ね回る心臓を抑えるしか出来なかった。話す事は問題無かった。出来れば閉まっておきたい記憶では有ったが私のやった事だ。しっかり覚えて置かなければならない。だが、歌うとなれば話は別だ。あの日の光景が頭の中を駆け巡り、体を強ばらせる。喉からは歌声など出ようはずも無く、ただ鋭く息が漏れるだけだった。

「大丈夫ですか?魔理沙さんも他の方法があるといますし、無理そうなら言ってくれれば。」

「そうね。そんな顔してる貴方を無理に歌わせるなんて出来ないもの。魔理沙、他の方法を先に言ってちょうだい。」

 妖夢と霊夢とは逆に、フランちゃんとレミリアはこっちに寄ってきて私の心配をしてくれる。フランちゃんは私の背中をさすり水を手渡してくれて、レミリアは私が負担に思わないように魔理沙先生に先を急かす。

「ああ。私が“Tot Musica”が1番だと思ったのはウタワールドが完全に独立してるのと、ウタの住んでた世界に近いところにあるだろうと踏んだ為だ。他の選択肢は力技に近いしな。」

 魔理沙先生は何故これが1番だと思ったのかを説明する。恐らく先の話をするのに纏わりついてる妖夢と霊夢を静かにさせる為だろう。

「他の方法は簡単だ。フランとシュガーの【ありとあらゆる物を破壊する程度の能力】でこの世界ごとぶっ壊す。いつだったかシュガーがそういう場所に閉じ込められた時、能力を使って破壊して出たって言ってたからな。あとは妖夢に切って貰ったりな。だが、この方法は壊すだけだ。その後帰れる保証は何処にもないしもっと酷い場所に飛ばされる可能性もある。」

「それはちょっと…力技過ぎないかしら?」

 魔理沙先生が出したもう一つの方法にレミリアが突っ込みを入れる。だが、提示された方法から考えれば誰だってそんな反応をするだろう。私も同じ事を思ったのだから。

「この世界以外の法則を持ってて世界そのものに干渉出来るのがそれぐらいしか無いからな。霊夢のフィールドキャプチャーは使えない見たいだし。私としてはどっちでも良いんだ。どちらにしろやり直しは効かないだろうからな。だから、やるかを決めるのはお前たち次第だ。」

 魔理沙先生はそう締めくくる。私が迷ってる間にフランちゃんが動く音が聞こえる。恐らく、私を気遣って自分達がやると言うつもりだろう。だが、フランみゃん達の方は確実性が低いし何よりシュガーちゃんと息を合わせないといけない。覚悟を決めるしかないだろう。

「あのバカと息を合わせるのは癪ですが

「やるよ。“Tot Musica”を歌う。」

 話掛けたフランちゃんの言葉を遮り私は宣言する。どのみち、この歌とはいつか向かい合わなければいけないんだ。ならば、頼りになる友人がいるこの場が1番良いだろう。

「提案した私が言うのもなんだが…出来るのか?無理はしなくても良いんだぞ?」

 魔理沙先生がこちらの心配をする様に言ってくる。それが私にとってどれだけ大きい結論か分かってるからこそだろう。だからこそ、しっかり目を見て宣言する。左手の甲にあるマークをしっかり握ればそこから決意と暖かさが流れ込んでくる。大丈夫。“私は最強”だ。

「舐めないで。私は世界の歌姫ウタ!歌で新時代を作る女よ!私の歌声が有れば、みんなを幸せに出来る!」

 強く、自分を鼓舞するように宣言する。逃げてばかりじゃない、立ち向かうための鼓舞。暫く私の目を見ていた魔理沙先生は、納得したようにわたしから視線を外すと紙を広げて説明を始めた。

━━━━━━━

 長く感じなかった感覚がする。柔らかい布団に、石と自然の匂い。これは…

「ウタ…もしかして目覚めたのかい?」

 扉の開く音共に声が聞こえる。この声は聞き覚えがある。

「ゴードンさん…」

 ずっと聞きたかった声の一つの主は、私を12年間育ててくれたゴードンさんだった。サングラスの隙間から大粒の涙を流しながらゴードンさんは走り寄って抱きしめてくれた。その体温が、確かに私は彼に愛されていたのだと実感させてくれる。

「ゴードン。教えて。私が起きるまでの話を。」

 ゴードンが言うには、部屋で倒れている私を見つけて部屋に寝かせたらしい。それから私は3日間眠っていたようだ。ゴードンは中々目覚めない私を心配して夜も眠れなかったと言っていた。ライブの日が後4日まで迫っている。ライブを中断する訳にはいかない。みんなが待っているんだから。だけど、新時代計画をやる訳にはいかない。あれは悪魔の計画だ。私は、全部をゴードンに話す事にした。

 新時代計画も、あの日の事を全部知ってる事も、私が迷い込んだ不思議な世界と不思議な生物の事も。ゴードンはあの世界の事を夢じゃないかと言っていた。けれども…

『これでお別れだみょんね。クソみたいな環境だったみょんけど、ウタちゃんと出逢えて楽しかったみょんよ。』

『元の世界でも強く生きてください。私が聞く限りウタさんに落ち度はありませんでした。気休めかも知れませんが自分を責め過ぎないように。』

『今度会う時はこんな世界じゃなくて平和な世界で、一緒に美味しいもの食べ歩きしましょう。魔理沙の作るホイップマシマシパンケーキも分けてあげるわ。ウタちゃんの世界であったなら是非そっちのグルメを教えてちょうだいね。』

『うちのメンバーが迷惑かけたわね。けれども、私達もウタちゃんと過ごせて楽しかったわ。次がいつになるかは分からないけど、もし次会えたらいつでも頼ってね。私たちもあなたを頼るから。』

『調子はどうだ?最後の一本だが、帰る前にこの薬を渡しておくぜ。私たちは元の世界に戻ってからでも遅くは無いからな。あー、その…また会おうな!ウタの歌声は天使みたいだったぜ!』

『さよならとは言わないぞい!シュガーちゃんはアイドルでウタは歌姫!だからシュガーちゃんとウタはライバルだじぇ!だから…次会った時はシュガーちゃんの溢れ出るアイドル力を見せてやるから楽しみにしてるんだじぇ!』

 彼女達が居たのは現実だ。あの悪夢のような世界でも、彼女達は生きていた。存在していた。きっとあの世界での経験は夢では無いのだ。

━━━━━━━

『みんな!速報よ速報!』

『なんだみょん宇宙人。』

『くだらない事でシュガーちゃんの至福の時間を邪魔したなら容赦しないぞい。』

『くだらなく無いわよ!見なさい!このポスターを!』

『ONE PIECE film RED…?』

『この真ん中にいる子、もしかしてウタさんじゃありませんか?』

『およ。確かに髪型とか髪色とかそっくりだじぇ。でもなんでウタがONE PIECEの映画に?』

『なんでってそりゃ、ウタはあの世界の住民だからな。映画で出るのは驚いたがそりゃ主人公の根幹に関わるキャラクターだしな。』

『え?』

『ちょっと魔理沙!私そんな事初耳なんだけど!なんで教えてくれなかったのよ!そもそもいつから気づいてたの!』

『気付いたのは戻って来てからだが、気付ける要素は沢山あったぞ?“悪魔の実”“ルフィ”“シャンクス”“フーシャ村”ウタの昔話に出て来た固有名詞はどれもONE PIECEに出て来るものだしな。てっきりみんなも気付いてると思ってたんだがな。』

『…い、言われてみれば確かに…』

『言われてみればそうだけど…色々ありすぎて記憶から飛んだたわね。』

『つまり…私たちはあの世界で二次会に繋がってたって事?』

『さてな。【影の国】や【妖怪の国】、霊夢の故郷に【幻想郷】。異世界と思える場所に私たちの知らない世界が有ったんだ。ウタもそういった別世界の住民なのかもな。』

『およ!ならまた会えるな!頑張ってウタ達が住んでる世界にいくんだじぇ!』

『まぁ、希望が残ってるのは良いことですしね。折角ですし公開されたらみんなでこの映画でも見に行きましょうか。』

Report Page