餡キチポメラニアンの呑気なお店やさん
トーナメント戦の幕間ネタ風味を目指した駄文です「こちらご注文の白玉マシマシ濃いめ甘めにございます。お熱くなっております故、飲む前には一旦ふーふーなさいませ」
もはや何人目か数えるのを忘れ始めた知っている顔を見送り、せかせかと後ろの台に戻る。
今日は随分と知っている顔を見る日である。
せっせこせっせこと白玉を丸めながら、マグダレーナ・ウォラギネラはそんなことを考えていた。
無論、完全に意識が他所に行ってしまっているというわけではない。
––––「催しといえば祭りである。祭りといえば屋台である。美味しいものといえばつまりおしるこである。つまりおしるこの屋台は用意されるべきなのだ。Q.E.D.」
この見えざる帝国とも、なんなら虚圏ともこれっぽっちも関係ない趣向を受け入れさせる上で、「くおりてい・こんとろおる」という概念の徹底を甥っ子とその友人からキツく…いや本当に、もう少しぐらいは優しくしてくれても良いのではないかと思うほどにキツく言いつけられている。
マグダレーナからすれば、さほど必要な概念とは思えない。大体言っている方も調理をさせれば固形の地獄みたいなものを出してくるというのに、どの面下げて、しかも恐れ多くも叔母上に対し文句を言っているのか。
虚圏に住んでいた頃によくもらって食べていた……なんかこう…黒っぽくて甘い何か(現在の知識量に照らし合わせればおそらく煮詰めた砂糖と何かを混ぜたものであろう)は毎度毎度微妙に違う味がしたし再現もできないが、依然美味であった。
結局のところ食事というものは、何を取るかではなく誰と取るかであるのだ。であれば、多少適当にやって一期一会の味というものを味わうのもまた一興というものではあるまいか。実際のところ、単純に面倒だからいちいち計りたくないというのが主な理由ではあるのだが、当人の中ではそういう風に理屈がついている。
それでも、「商業、ひいては一団体としての威信が絡むのであれば商品の品質は一定に保つべき」という方面で説得されては仕方がない。ある程度納得がいく理論を述べられているのであれば、納得して駆け引きに応じるのは責務というものである。
それはそれとして面倒なものは面倒なので、溜息自体はふんだんにつくのであるが。
そんな風にふうふうと息を吐いていれば、息が僅かに白く煙ってくるのが見てとれた。
「…なんだか、少し冷えて参りましたねえ」
いそいそと会場につながるドアから出てくる人々も、体が縮こまってしまっている。
「中で何か?」と、本日都合六度目(なんと、現在のところ最多記録である)の同じ顔に尋ねてみると、ほのかに頬を赤く染めながら「氷が会場を埋め尽くしておりまして、気温が少々」と返ってきた。
時節で言えば秋口、見れば道ゆく人々もそう寒さに強そうな格好はしていない。そりゃあ凍えるわけである。
「こんなに悴んで、可哀想に」とマグダレーナが汁粉のカップを握り続けて温まった両手で指先を撫でさすってやれば、ほのかだった赤みはいよいよ紅葉もかくやといった様子になった。
そんな様子を僅かに見上げながらも「やっぱり色が白いと赤みが目立つのね」などと読解力に欠けること考えているところに「おい、後ろつかえてるぞ」と声をかけられ、いささか粗忽者の気がある店主は慌てて「はあい」と声を上げた。
「時間を取ってしまってごめんなさいね。ついでにこれ、中の子達に持っていってあげなさい」
しるこのついでにと後ろで温めていた自分用の生姜湯(冷え性とかが気になるお年頃なのである)を手早くポットにつめて渡してやれば、相手は口の端を僅かに綻ばせて「ありがとうございます」と返してくる。
そういう顔がなんだか無性に可愛らしく思えるので、彼に世話を焼くのが殊更に好きなのがマグダレーナであった。
とはいえ、今の彼女は店長。すなわち、店の長である(とはいえ、ワンオペなので民と呼べるものはいないのだが)。なれば、カワイイにかまけて責務を怠るなど下の下。急いでテーブルを整えた後、すぐ後ろで待っていた客に「お待たせ」と声をかけた。
「こっちこそ……あー……邪魔して悪かったな?」
「うっさい色ボケ。そういうんじゃないし。どちらかといえば子供と親戚のお姉さんみたいなあれだし。大人同士の関係に口出してんじゃねーよ。オマエこそ織姫ちゃんとはいつ式挙げんだよバーカ。ジャイアントパンダでももうちょっと積極的だぜ」
「大人を名乗る人間の返しじゃねえだろそれは」
何かを誤魔化すが如くペラペラと喋り散らかすマグダレーナに、相手が僅かに照れの混じる呆れ声で答える。
またしても知っている顔であったが、こちらはおそらく先ほどから感じる作為の匂いとは無関係であろうとマグダレーナは思った。姪っ子曰く「平和ボケしたお人好しのアホ(※聞いた側から総合した要約である。いくらなんでもここまで直接的ではない)」であるからして頼まれれば彼からは手を貸しそうではあるが、一連のサクラ作戦を主導しているであろう者の方が彼に助けを求めそうには到底思えない。
だいいち、さっき後ろから声をかけられた際に些か恨みがましさのこもった殺気を飛ばしていたし。頼み事をしておいてそんな態度を取っていたのならば不本意ながら躾をせねばならない案件なので、頼んでいない方にかけておきたいのが彼女個人の心境であった。
「いいからさっさと注文しろや」
「そうだな、普通のやつを六つ……や、やっぱ普通のを五つにチョコ味一つで」
「はいはい。チョコレートのはちょっと硬くなっちゃってるから、今あっため直してあげる」
ぐるぐると鍋とかき回せば、バレンタインさながらの匂いがたちのぼる。マグダレーナ個人としてはしるこに混ぜ物など必要ないと思っていたにもかかわらず話す人話す人が「おしるこ一本で勝負を!?正気!?」と変な顔をしてくるので仕方なく入れた選択肢ではあったが、どこかにある需要に応えられたのであれば悪くない感覚であった。
それにしても、なぜ帝国の連中はこうもおしるこに対する敬意が足りないのであろうか。確かにかつてはざっくり西洋の方に所在していたことを考えると異文化の代物ではあるかもしれないが、現代のグローバリゼーション社会を鑑みれば国民食として受け入れても然るべきであるのにとマグダレーナは内心ひとりごつ。
その点ユーグラムは良い心がけである。帰ったらもうひと鍋ほど特別に拵えてあげよう。そんなことを考えながら鍋をかき回していれば、所在がないのかカウンター越しの相手が声を投げかけてきた。
「そういや、試合、見なくていいのか?」
あんたの姪っ子もいるわけだけど、という意味が含まれていることも察知しつつ、マグダレーナは「別にいい」と返した。親善には興味があるが、試合には大して興味はない。そういう生き物なのである。
「なんか…参加者の中に危険な人がいて見苦しいかもしれないから、念の為見ない近づかないを徹底して欲しいんだって」
私としても卯ノ花八千流の娘なんて怖くて近寄りたくないから望むところだけど、と付け加えられたところで、心当たりがあったのだろう、哀れなる青少年は「……………あー………うん……あれな……」と目を泳がせる。
仄かな煩わしさに口をキュッと結びつつ、マグダレーナは僅かに首を傾げた。なぜこの話題だと誰に聞いても同じようなリアクションが返ってくるのだろう。知らない方がいい、とかなんとか、フォークロアじゃないんだから。危険があるというのであれば、むしろその性質を詳らかにして対策を用意させるのが筋というものなのではあるまいか。
とはいえ隠し立てされていることを無理に聞き出す趣味はない。茶色い液体でたぷたぷになったカップを複数持ち歩き用のトレーに載せて差し出せば、向こうとしても上手いこと切り上げる手段を探していたのだろう、話はそこで終わりとなった。
「ふー。疲れましたねえ」
えげつないぐらいの高級さを放つハンカチーフを忌憚なく汗拭きに使いつつ、ひよっこ店主はため息をついた。
決裁や取りまとめならともかく、自ら額に汗して他人と物をやり取りする労働というものは千年生きてきて初めての体験である。なにしろ、そういうのは下々の行うことで、マグダレーナの仕事はもっぱらそれに「ありがとう」を与えたりやり甲斐を感じさせることであるからして。
本人としてはそういうのはあまり良くないと思うのだが、自分でできるわよと動くたびに「何か不足があったのかい」とおじいちゃんおばあちゃんに悲しい顔をさせてしまうのは忍びないという思いもあり、今日の今日まで我慢して過ごしてきた次第であった。
なんだ、結構できるじゃない。私、もしかしたらお店やさんの才能とかあったりして。敗北を知りたい…!
そんなノリでこれまた自分用に確保していたポカリを啜っていると、「あのう」と見知った顔(ポメラニアン的メモリーを参照するに、確かどこかで挨拶したことのある下っ端であったと思う)がおずおずと声をかけてきた。
「ほんわか休んでるところ悪いんすけど、今あそこの端まで並んでる客、全員ここの店のっすよ」
なにしろ、クソ寒いですからね。
そんなことを言いながら「とりあえず白玉マシマシ、LLサイズで」と手を差し出してくる客を目の当たりにし、「うえぇーッ!?」という貴族令嬢にあるまじき声が店主の喉を吐いた。
かくして、彼女の「呑気」はあえなく終了となった。
この後「エキシビジョンですから」と注目の真っ只中に放り込まれてますます頭を痛めることになるのだが、それはまた別の話。