餌付けしたがるシュライグ

餌付けしたがるシュライグ


「マスター、ちょっといいか」

シュライグはデュエルに勤しんでいるマスターに声をかけた。

「ん、何」

振り向いたマスターにシュライグは台所から持ってきたクッキーを差し出した。

「そろそろ何か食べた方がいいぞ」

「……いや、別におなかすいてないし」

そう言って突き返すのをなだめてシュライグはマスターの口にクッキーを突っ込んだ。

「頭を使っているのだから糖分補給をした方がいい」

「……カロリーオーバーな気がする。俺このごろ腹回りヤバくね?」

「そんなことはないだろう。マスターはもう少し肉付きが良くてもおかしくはない」

「戦闘員とモヤシを一緒にしないで欲しいなァ」

釈然としない顔でマスターはポリポリとクッキーをかじる。

とはいえこのごろ間食頻度が多くなっていることは事実である。実際注意されているし、シュライグもそのことはわかっているはずだ。それでもシュライグはマスターに食べ物を与えようとするのをやめようとしなかった。あと食べ物を持ってくる際いちいち口に突っ込んでくるのもなんとなく違和感がある。まるで餌付けされているような様相で、どうにもすっきりしない。

とはいえ、マスター自身ははデュエル中寝食を忘れるほどに熱中することが多いため、シュライグが何かしら持ってきてくれること自体はありがたく思っていた。


「マスター、今日は何が食べたい」

マスターが食べ終わったのを見ると、シュライグは今日の夕食の献立について聞いてきた。以前は食事はマスター自身が用意していたのだが、このごろシュライグが用意したがるようになり、任せるようになっていた。最初は下準備程度だったのが、今では献立から何から何までやってもらっている。全面的にマスター自身の怠慢のせいではあるのだが、現在のマスターの胃袋は完全にシュライグに握られてしまっている。

「……………………唐揚げ」

「……俺は鶏じゃないから別に気にしなくていいけどな、まあでも鶏肉ないから無理だ」

「じゃあハンバーグ」

「承知した」

そういってシュライグは台所に消えていった。



台所に戻ったシュライグは冷蔵庫の在庫を確認しつつ夕飯の準備を始めていた。

このところシュライグは、マスターに食べ物を与えたい気分になることが多かった。最初はことあるごとに間食と称し軽食を口に突っ込むだけだったのだが、その延長として現在は食事の準備もするようになっている。

なぜそんなことをしたがるのかは自分でもよくわかっていない。最初はまともに食事を食べられなかった時代……精霊としてここにいる前の、迫害されていた幼少期の記憶から飢えへの忌避感があるのだろうと考えていた。

それも確かに要因としてはあるのだが、どうもシュライグの中にあるのはその気持ちだけではないようだった。その言語化できない気持ちに対する答えはいまだシュライグの中にはない。だがこのマスターに餌付けしているような状況も悪くは無いとシュライグは考えていた。


シュライグが夕飯の準備を進める中、人影が一つ台所に近づいてきた。

「おーい、台所誰か……ってシュライグの旦那じゃないか、なんか食べられるもんあるか?」

その陰の主はデスフェニ君だった。どうやらマスターはデスフェニ入りじゃないデッキを使い出したらしい。シュライグは動揺しびくりと震えた。シュライグは若干このヒーローが苦手であった。シュライグは動揺を見せないように気を付けながら答える。

「あぁ……棚にクッキー缶があるから適当に持って行ってくれ」

「おっサンキューな!ていうか飯の準備か?手伝おうか?」

デスフェニの言葉を受けたシュライグは自身の翼を指さし、首を振って見せた。シュライグの翼は台所のかなりのスペースを占有していた。

「……さすがに邪魔になるなぁ、狭いし」

少し申し訳なさそうにしながら、クッキー缶を抱えたデスフェニはポリポリクッキーをかじりながら台所を後にした。


デスフェニが去るのを見送ったシュライグは、ふぅ、と息をついた。

(どうにも苦手だ……)

彼への苦手意識の原因をシュライグは自覚している。1つは彼の登場で鉄獣が環境で若干逆風となったこと。これに関しては鉄獣自身がデスフェニの助力を得ることでなんとなくほぐれてきていた。2つ目は、と言うかこれが最大の問題なのだが、彼が両翼そろった翼人であることだ。

(自分と違って両翼揃っている。そしてその能力に見合う自信も持ち合わせているがそれを鼻にかけるような嫌な奴じゃない。気配りもできる。)

劣等感というものは厄介なもので、感じている相手が善良であればあるほどより大きく、深刻なものとなっていく。

「……よくないな、集中しなくては」

マイナス方向によった思考を引き戻す。シュライグは目の前の食材に集中することにした。


しばらくして、マスターはデュエルを終え台所にやってきた。付け合わせのつまみ食いをする彼を台所からつまみ出そうとしていると、先ほど缶を抱えて出て行ったデスフェニが戻ってきた。

「ごちそうさん」

「 ……棚に戻しておいてもらえるか」

りょうか~いという声を聞きながら、シュライグはどうしても強張ってしまう腕を抑える。自分が緊張しているのがありありとわかる。そんなシュライグの横にマスターがやってくる。性懲りもなく再度つまみ食いしようとするのを止めて、先ほどデスフェニが戻した缶の中身を口に突っ込んだ。マスターはもごもごと声にならない音を鳴らしながら台所から出ていく。

「……シュライグの旦那、ちょっといいか」

それを見ていたデスフェニが話しかけてきた。恐る恐る顔を向けると胡乱げな目でこちらを見やるデスフェニの姿があった。シュライグは困惑して尋ねる。

「……何か不手際でもあったか」

「いや、そういう話じゃなくてな」

すっと体を寄せ、口もとに手を当ててデスフェニは小声で問いかけた。

「ああいうこと、人前でやらないほうが……いいんじゃないか?」

「ああいうことってなんだ?」

「……さっきマスター殿にやってた……餌付けみたいな……このごろ多いような気がして」

「……気に障ったか」

シュライグは声のトーンが落ちるのを感じた。無意識だったがデスフェニはちょっと焦ったように続ける。

「そうじゃない、そうじゃないんだが……マスター殿と旦那って……こう、つが、番だったり……するのか?」

「……は」

「いや、鳥人は番に求愛の証として食べ物を渡したりするのが一般的だってフェザーマンから聞いたことがあってな、マスター殿は子供だが……いや、実際そうなのかは俺、よくわからない、んだが……」

とぎれとぎれに話すデスフェニは明らかに赤面している。シュライグはポカンとした顔でデスフェニを見やる。デスフェニはバツが悪そうに目を逸らした。

「あくまで俺は融合体だから……こう、要素を持っていたとしても常識的部分は疎くてな、感覚的にそうじゃないかと思うだけで、はっきりとは理解できていないんだ。今回のこともそうなんだが」

だから気になって聞いてしまった。気を悪くしたらすまない。そう言ってデスフェニは頭を下げる。

しばらくそうやっていたデスフェニは、気恥ずかしそうに去っていった。





……完全に想定外だった。シュライグは先ほどの言葉を反芻する。番、番と言ったか、彼は。

今更マスターへの気持ちを隠そうとも思わないが、自分で意識しないうちにマスターに求愛行動をとっていたという事実にシュライグは激しく動揺した。

完全にうわの空で食事の準備を続けようとしたシュライグだったが、タマネギのみじん切りで派手に手に包丁をぶっ刺したあたりで台所から引きずり出された。





その日からというものの、シュライグはマスターに食べ物を与えることを控えるように……なったわけではない。さすがに頻度は少なくなったし、人前でやることは少なくなったが、以前より手ずから食べさせたがるようになった。その真意に、マスターはいまだ気付いていない。

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