餅をつけ!餅を食え!

餅をつけ!餅を食え!


正月。おめでたい空気に包まれて皆が浮かれ騒ぐ時期に、剣司は一人、自室で寛いでいた。

隊舎――主に8番隊は宴をしているようで随分と賑やかだ。その喧騒からは随分離れた所にある、静寂に包まれた部屋で剣司は乱れた黒髪を梳かしている。

「はあ…………」

大きなため息をつく。彼の頭の中にあるのは銀髪を撫でるように整えた上司のことだったり、無駄にお節介な同僚のことだ。

陰鬱さが立ち込める部屋の雰囲気を一変させるように、部屋の襖が勢いよく開かれた。

「刈薙剣司ぃぃっ!!」

「わああああ!!!」

突然の乱入者は剣司の名を声高に叫ぶ。大きな音に驚いて悲鳴をあげ、剣司は目を白黒させて振り返った。

そこに堂々と立っていたのは綱彌代継家。いつもと違い柔らかな緑の羽織はなく、死覇装を肩にかけ腹にさらしを巻いた季節外れのストロングスタイルだ。とても虚弱体質の者がしていい格好ではない。

剣司にとっては大層苦手な時灘と少し幼さが残る以外は瓜二つの顔立ちの男に、ぎゅっと顔を顰める。

「つ、綱彌代7席……」

「身内も同然なのだから継家で良いと言ってるだろうに……。それよりも貴様、連絡が回ってないのか?何をのうのうとしている!」

「は、何のことでしょうか?」

全く心当たりのないという顔をする剣司に継家は大きくため息をつく。

「今年の餅つきの担当は私たちだ。全く、あの過保護な上司のせいか?」

ぶつぶつと文句を垂れる継家を他所に剣司はふと思い出す。

毎年恒例、男性死神協会主催の餅つき大会。数年前稲生が全自動餅つき機を現世から持ち込んだことで廃れかけていた(協会からの猛抗議でなんとか存続された)行事である。

餅をつくのは毎年くじ引きで決まり、どうやら今年は剣司と継家がその係に当たってしまったらしい。剣司が伝令神機を開いて確認すると、確かに彼の名前があった。

「あ……すっかり頭から抜けてしまっていて」

「使えん脳みそだな。ウチで〝直して〟やろうか?」

嘲笑まじりの提案を剣司は全力で拒否して、外に出るために髪を耳の下で緩く結う。

「ちょっと、遅いわよー!こっちの準備終わってるんだから急いでちょうだい!」

「丁度いいところに。春野君、剣司の着替えを手伝いたまえ」

開きっぱなしの襖から顔を覗かせたのは数慈。いつもの死覇装ではなく花を散りばめた色鮮やかな晴着を纏った彼……彼女?は、彩度の高い紅紫色の瞳を瞬かせた。そしてその口角が上がる。

――何か嫌な予感がする!

剣司は悪寒に襲われて目の前の死神に警戒心を向ける。しかしこの場にはもう一人、別の人間もいた。

いつの間にか背後に回っていた継家が剣司の腕を抑える。当然膂力で彼が剣司に勝てるわけもないが、動揺している数十秒ぐらいなら持つ。

「さっさと男性死神協会の正装に着替えろ……いや、着替えるんじゃい!」

「何その中途半端な広島弁!?ちょっと、離し――」

「いくわよー!」

剣司の寝巻の帯が解かれ、その真っ白な肌が晒される。

「きゃああ!!!やめてください!!」

「生娘みたいな声を出すな!春野君、サラシはここだ」

「はいはーい!やっぱ若いっていいわねえ……お肌きめ細かいわあ……」

それから数分後、項垂れながらも継家と同じ服装になった剣司の姿がそこにあった。

膝を抱えて小さくなっている剣司の腕を二人は掴んで、無理矢理立ち上がらせる。

「さっさといくぞ」

「もう餅米も炊いてあるしね、行きましょ!」

あれよあれよという間に杵と臼の置かれた外へと引っ張り出される。暖かな日差しの差す縁側には芦原が座っていた。

「先生!来てたのね!」

「ええ……先ほど稲生さんが蒸し終わった餅米を突っ込んで行きましたよ」

臼には湯気の立った蒸し立ての餅米が詰められている。さっさとつかねば冷めてしまうだろう。

継家は杵を剣司に手渡す。

「え、私がこっち?」

「生憎箸より重いものは持てん」

「いつも腰にぶら下げてるものはこれより遥かに重いでしょう!?」

――などと紆余曲折ありつつも、ぺったんぺったんと搗かれて真っ白なおもちが出来上がっていく。

餅つき係が汗水垂らしながら肉体労働に励んでいるのを見ながら、数慈は餅の成形、芦原は汁粉を啜っていた。

「あったかいわねえ……それにモッチモチ」

「つきたてのお餅は美味しいですね。お雑煮やお汁粉もありますから入れてもいいですよ」

「それもあるのね!あとで食べましょっと」

私は汁粉など認めんぞ……と目の前から呪詛が飛び交った気もしたが気にしない。

しばらくすれば真ん丸の餅が何枚もの番重に所狭しと詰められていた。

やっと一仕事終えたぞ、と二人が息をつく。そして継家は芦原と数慈に両手を差し出した。

「さあ、君たち!私にお年玉を寄越せ!」

キラキラと期待の眼差しを向けるも、その手のひらに何かがおかれることはなかった。

「院生にしか毎年用意していないんですよ」

「アタシもそんなの準備してないわよお」

「何……だと……」

恨めしげに2人を睨む継家。その肩を小さな手が叩いた。

「餅がちゃあんとできとるのう!さあ、お主も一緒に配りに行くぞ!」

舌を出しながら『この貧民どもめ!』と捨て台詞を吐き、継家は稲生と共に餅を各所へ配りに行った。恐らくそこでも年長者にお年玉という名のカツアゲを行うつもりなのだろう。

継家が去って、少しだけその場は静かになった。数慈は芦原によそってもらった雑煮を食べながら、剣司に声をかける。

「相変わらずクソガキねえ……。剣司ちゃんはこのあとどうするの?」

「ううん……現世にでも、行こうかと……」

ここにいれば、悩みの種たちと顔を合わせるかもしれない。どの道仕事が始まればきっと会うことなどわかっているが、少しだけ猶予が欲しかった。現世に行ってしまえばそう簡単に会うこともないだろう。

「へえ、いいじゃない。アタシも折角晴着だし初詣に行こうかしら。先生も行きましょうよ!」

「はい、構いませんよ」

各々目的地に向かうため、そこで別れた。最後にもらった餡子入りの餅を頬張りながら、剣司は穿界門を潜る。

そしてぽつりと呟いた。

「餅、おいしいな……」


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