飲んでも飲まれても

飲んでも飲まれても



アタシと一緒に引っ越してきた梅酒の瓶は、まだ半分ほど中身を残している。

梅の実が入っているので量はそれほどではないかもしれないけれど、どうせ飲むのはアタシだけなのでまだしばらくは楽しめそうだ。


「雨竜はあんまりお酒飲まんよね?」

「それくらいの量で飲む方を語るのも違う気がするけどね」

「アタシはオカンにべろんべろんになったらアカンって言われとるもん」


酩酊して前後不覚になったのがきっかけで色々なし崩しになった結果、アタシを産むことになった先達の言うことは聞いておくに限る。

幸いにして酒には強い方ではあるようだし、そもそも現世の人間の酒量と死神の酒量では違いがあるような気もするがそれはそれだ。

前に宴会かなにかで見た時の文字通り浴びるように飲んでいた知り合いの姿は気のせいでもなんでもないが、皆が皆そうだとはまだ限らない。


「あとなんかいけ好かない刑期二万年男も酒はどうのって小言くれよるし」

「わざわざ面会してそんな話しをしてるのかい?」

「かわいいアタシに会えんで暴れたら困るから会いに行ってあげてるだけで、アタシから話すことないもん」

「暴れる……?」

「アタシに会えへんくなったらいややろ?」


納得いくようないかないような顔をしてイエスともノーとも言わない雨竜は置いておくとする。なんのかんの言ったところで、雨竜だってアタシに会えなくされたら暴れる側なのだ。

アタシはそれはもうかわいいかわいいと育てられてきたし、あの男も来るなと言わないあたりアタシのことはかわいいのだと思う。


まぁ冗談は置いておくとして、どうにも縁者がいるんだかいないんだかというあの男にとって唯一明確な繋がりがあるのがアタシである。

それが定期的に……気が向いたとか用事があったとかで期間としては不定期ではあるけれど、たまに訪ねてくるというのは抑止力になるらしい。

アタシにはよく分からないが、京楽さんは「訪ねてくるかもと思えば留守にできないでしょ?」と言っていたので脱獄防止とかそういうあれなんだそうだ。


「……暴れるかは別として、あの男も娘は心配なんだろうね」

「どの面下げてって感じやけどな」

「酔わせて不埒な事をした側が言う言葉ではないね」

「自分がやるんはええけどやられるんは嫌なんやなァ」


あの男は母が自分と同じことを他人にされるのも嫌だろうから、本当にどの面である。あの無駄にいい面か、ムカつくわ。

いっちょ前に娘を心配する父親みたいなことを言う時点で鼻で笑ってしまうが、悪い虫そのものみたいな男に言われるなんて笑えて腹が痛くなる。


一度くらい「オカンが朝帰りしてな、妹か弟ができるかもしれんわ」とでも大嘘をついてやろうかとも思うが、この場合大迷惑を被るのは京楽さんなので我慢している。

浮気やなんや言いがかりをつけるんなら、お前が虚圏でよろしくしてた破面はなんなんだと言ってやってもいい。でも理屈が通じる相手ではないから苛つくだけで終わりそうだ。


「今度なんかで行くことあったら、男の前でべろべろに酔ってますって言うたろうかな」

「その男として、止めておきたい気持ちもあるね」

「お持ち帰りする?家ここやけど」

「その前に、自分でベッドに行ける程度に抑えておくように言うかな」


ひょいと手の中のグラスを取り上げられる。まだ舐めるほどしか飲んでいないので、さすがにべろべろにはならないのだけれど。

アタシから取ったグラスの中の梅酒に口をつけた雨竜は少しだけ眉を潜めて「薄めた方がいいね」と言って返してくれた。


「ちびちび飲むからええねん」

「前みたいにお湯で割ったりは?」

「寒い日はええけど、あったまりすぎんの」

「ああ、体温が高いからね」


見た目で母によく似ていると言われるけれど、母自身はこういうところがあの男に似ていると口にしないけれど思っているのだろう。

別にそれが嫌だとか言うつもりはない。ただそんな風に自分の血を感じてくれるような人を逃がすなんて世界で一番馬鹿なんじゃないかと思う。


「夏暑くても一緒に寝てくれる?」

「……冷房の温度を下げることも考えようか」

「べろべろになって体ぽかぽかのアタシになっても一緒に寝てね?」

「その前に飲むのを止めるよ、家でも外でも僕がいなければ酔うほど飲まないんだから」


ふわふわの髪を雨竜に撫でられるのは好きだ。雨竜だけじゃなくて、母だったり他の軍勢の皆だったり、アタシのことを大事にしてくれる人に撫でられるのは小さい頃から好きなのだ。

アタシと似ていたのだとしたらきっとあの男も、母に撫でられるのは好きだったんじゃないだろうか。

母が撫でたかは分からないが、そういう機会を全て投げ出した男になにをしてやったかを聞くつもりもない。


「今度炭酸でも買って来ようかな」

「そうした方がいい、割れば長持ちもするし」

「次の梅酒がもうあるもん、渋滞してしまうわ」

「アルコールを飛ばすなら僕も飲むよ」

「ほんま?ほんならゼリーとか作るのもええなぁ」


少なくとも二度と酒に酔うことも優しく撫でられることもないだろう男に、アタシだけは可哀想と思っておくつもりだ。

なにせ憐れめるくらい、とっても幸せなので。

それにそうした方があのお利口ですとすました面をしたあの大馬鹿により嫌な顔をさせられるだろうと、短い付き合いでも既に理解しているのだ。


なにせ、娘なので。

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