食わず嫌い

食わず嫌い




黒ひげ海賊団としての任務を終えたクザンはハチノスに帰還した。

「ただいま。

あー、疲れたっと」

自分の部屋に戻るとつい独り言が出てしまう。

誰も待っていないのに。

そう自嘲を込めて思っていると。

「おかえりなさいクザンさん」

明るい声に出迎えられた。

「……何やってんのコビー」

クザンは呆れた顔をコビーに向けた。

「お誕生日おめでとうございます!」

海兵らしい大きく遠くまで通る声でコビーは言った。

「あ、ああ、どうも…。

よく知ってるじゃない」

「勿論です!」

「いやァ、元気な声だ…。

で? 何かくれるってわけ?」

「いえ、形のあるプレゼントは用意出来ませんでしたが、今日は1日クザンさんのお世話をするようにって、ティーチが」

「………ああ、そう、ティーチがね」

クザンの少し上がったテンションは急降下する。

コビーが自発的に自分の元へ来るはずがない。 少し考えればわかることであった。 何故ならクザンはコビーに素っ気ない態度を取り続けているからだ。 黒ひげ海賊団の殆どがコビーと“仲良く”している中でクザンは一定の距離を保っていた。

クザンは溜息を吐くと部屋の1人掛けソファに座った。

「お前も大変だな。 ボスの命令とはいえ、やりたくもねェ仕事やらされてさ」

コビーはクザンの正面に歩み寄った。

「いいえ、そんなことありませんよ。

僕ずっとクザンさんと仲良くなりたいと思ってました」

「仲良く、ね…」

クザンはソファの肘掛けに腕を乗せると頬杖をつき、足を組んだ。 そうしながらコビーを頭から爪先までジロジロとチェックする。

今日のコビーの肌には傷が1つもなかった、少なくとも目に見える場所には。

大抵は彼の腕や首筋には鬱血跡が―――誰かに“愛された”跡が残っている。 それが今日はない。

少し安心した。 誰かと“仲良く”した後のコビーに身の回りの世話などされたくない。

「お前の言う“仲良く”ってのはどっちの意味だ?」

「え? どっち、って、どういう意味ですか?」

コビーは小首を傾げた。

彼が本気でわかっていないと悟ったクザンは首を振った。

「いや、何でもねェ」

クザンは話題を変える。

「成程、それでメイドの格好なんだ」

コビーは所謂メイド服を着用していた。 肩と裾にフリルをふんだんに使ったエプロンスカートの下には黒のパフスリーブ袖のワンピースを着ている。 ワンピースは膝上丈なのでエプロンスカートより少し長い程度であった。 桃色の髪にはカチューシャ型のホワイトブリムが飾られている。

クザンが最初に彼を見て呆れたのはその為だった。 コビーはれっきとした男であるがこの島の連中のリクエストでよく女装している。

今日も然りか。

つまりティーチを筆頭にこの島の連中はクザンの誕生日をダシにしてコビーで遊んでいるというわけだ。

「はっ! 何でもお申し付け下さい、クザンさん!」

コビーは海軍式の敬礼をする。

「あー、よせよせ。 おれは退役した身だ。

それに悪ィけどお前にやってもらいてェことなんて特にねェよ。 男1匹で今まで生きて来たんだ。 自分の面倒くらい自分で見れるんだわ」

冷たくクザンは言い渡す。 コビーは直立の姿勢を取った後に俯いた。

「…そうですか…」

クザンが見慣れたコビーの表情―――困り顔となる。

海軍にいた時から明るく溌剌としているコビーであるがクザンの前ではその性格は鳴りを潜める。

困惑、消沈、悲痛、そういった本来の彼からかけ離れた側面ばかりが顔を出すのだ。

クザンの態度が悪いので当たり前なのだが、クザンはそれに少しばかり不満を募らせていた。

コビーは顔を上げる。 何かを決意した表情をしていた。

「それではまず掃除に取り掛からせて頂きますね!」

よく通る澄んだ声で宣誓するとコビーは掃除用具を取りに走り出した。

「あららら…。 人の話ガン無視するのな。

そんな所はガープさんに似なくていいんだぜ?」

クザンは独り言を洩らすが聞き手はいなかった。



家具にハタキを掛けて床をホウキで掃き、雑巾がけをする。

雑用出身のコビーは手慣れた様子で掃除を終えた。

掃除用具を片付けるとコビーはソファで見学していたクザンの正面に戻る。

「掃除完了しました!」

海軍式の敬礼をしてコビーは報告した。

「ああ、ご苦労さん」

自分は海兵ではないと訂正するのも面倒臭くなりクザンはスルーする。

「はい、これお駄賃」

ズボンのポケットにたまたま入っていた100ベリーをコビーに差し出す。

「いっ頂けませんっ」

コビーは胸の前で手を振る否定のジェスチャーをする。

「いいからいいから、そういうの。

受け取りなさいよ。 いつ入り用になるかわかんねェんだからさ」

「ご心配には及びません。

その…。 この島ではお金を使う必要はないってティーチに言われましたから」

そう言って微かに頬を赤らめたコビーをクザンは冷やかに見つめる。

コビーは元々ティーチが世界政府との取り引きをする為の人質としてこの島に連れて来られた。

だが今の彼の立ち位置はティーチの愛人、いや愛玩具か? 島を支配するボスの一番のお気に入りというポストに就いている。

経緯は知らないがティーチとコビーは身体の関係に至り、以来ティーチは彼の虜となっている。

常にコビーを傍らに侍らせ、人目を憚らずに愛でる―――と言うと聞こえは良いが要はセックスをしている。

指一本触れたことのないクザンでさえコビーの性感帯を覚えたくらいだ。

コビー本人の性格を知らなければ、四皇黒ひげを葬る為に海軍が送り込んだ刺客だと疑われていただろう。 女遊びが好きだった黒ひげを青年でありながら籠絡したコビーの手腕は房中術かと錯覚してしまう。

実情はただの偶然である。

「…あー、確かに、そうね」

クザンは100ベリーをポケットに仕舞った。

ボスの愛人に金を請求する度胸のある商売人はこの島にはいない。

「次は何をしましょうか?

僕何でもしますよ」

「あー、何も考えてねェや」

クザンは髪をくしゃくしゃと掻く。

「お食事にしますか?

お誕生日のケーキご用意してますし」

「あらら、準備のいいこと。

じゃ、そうしてもらいますかね」

「はっ」

敬礼をするとコビーは厨房へと駆け出した。



「お待たせ致しました」

コビーは二段のワゴンを押して部屋に戻って来た。

上段にはホールケーキとシェリー酒とワイングラスが、下段にはパンの入ったカゴと数種類のオードブルが並んでいる。

匂いに促されてクザンの食欲が湧いた。

コビーはクザンのいるソファの側までワゴンを押した。 ソファの前には丸いテーブルがあるのだが、1人掛けソファに合わせた大きさなので料理が置き切らない。 とりあえずコビーはケーキと酒をテーブルに移した。

「改めましてクザンさん、お誕生日おめでとうございます」

「有難ね」

「この島で再会するとは思ってませんでしたけど、お会い出来て嬉しかったです。

あの…。 これからも宜しくお願いします」

「……」

クザンは海軍を辞めてここに流れ着いた。

恩人であるガープの弟子のコビーとここで鉢合わせたのは全くの偶然、奇縁である。

コビーとはガープの弟子という共通点があるものの、海軍にいた頃から仲が良かったわけではない。

縁があるからといって仲が深まるわけでもない。

クザンが何となくコビーとの間に壁を作ってしまうのは、ティーチのような運命論者ではないからであった。

ティーチはコビーと戦場で3度巡り会っている。

1度目は頂上戦争、2度目はロッキーポート事件、3度目は女ヶ島。

この広い海の世界で約束もせずに、或いはビブルカードを持たずに出会える確率は限りなくゼロだ。 しかしながらティーチとコビーは2年という短い期間で偶然の再会を繰り返した。

ティーチがコビーに熱を上げる理由はそこにもあった。 コビーとは絆があるのだと、天が2人を導いたのだと、運命をティーチは信じている。

クザンはまるで賛同出来なかった。 例え運命に導かれたとしても、相手がコビーでは嬉しくない。

どうせなら絶世の美女にして欲しかった。 神とは気が利かない奴だ。

「クザンさん」

「何よ」

物思いに耽るのを邪魔されたクザンは若干不機嫌になる。

「僕が食べさせて差し上げますので、クザンさんは何もなさらないで下さい」

「…ああ、そうなの?」

どうせそれもティーチの命令だろうな、とクザンは反対する気を失った。

「じゃあ、そうしてくれる?

今日はそういう趣旨なんだろうから」

喜ばない、愛想笑いすらしない、つまらないを顔に出すクザンと相対してもコビーはへこたれない。

「はっ」

元気良く敬礼すると、ホールケーキの切り分けに取りかかった。 ケーキを適当な大きさに切り分けると1つを小皿に乗せる。

皿を持ったコビーはクザンの目の前に立った。

「すみませんが、足を揃えて頂けますか」

「あ? こう?」

クザンは組んでいた足を崩して両足を床に着ける。

「失礼します」

コビーは軽やかな動きでクザンの膝に飛び乗った。

うわっと思ったものの、想定内の行動であったのでクザンに動揺はなかった。

何故ならティーチとコビーにとっては日常茶飯事であるからだ。 側近を務めるクザンは目撃頻度が高い。

『はいティーチ、あーん』

『ゼハハハ、お前に食わせて貰うチェリーパイは格別だな!』

『えへへ…そうですか? 嘘でも嬉しいです』

『嘘じゃねェさ。

美味かったぜ、ごちそうさん。

今度はお前があーんする番だな』

『え? あ……あん♡』

不快な記憶が蘇る。 クザンは苦い顔になった。

何が楽しくて男を相手にティーチの真似事をせねばならないのだ。

コビー本人がどうこうという話ではなく、クザンは女が好きなのだ。 男という時点で論外なのである。

(何これ地獄? おれ誕生日なのに…。

早く終わってくれねェかな)

思わずクザンは目を伏せる。

「失礼します」

間近でコビーがそう言った。

うるさいと思いながらクザンは目を開けた。 直後、絶句する。

コビーはエプロンスカートをはだけてワンピースのボタンを外し、上半身を露わにしたのだ。

「なっ、何やってんの、お前!?」

ぎょっとするクザンを気に留めずコビーはケーキの生クリームを指で掬うと乳首に塗りたくった。

「どうぞ…。

お召し上がり下さい」

頬を赤く染め、上目遣いでコビーは囁いた。

クザンの全身に鳥肌が立つ。

「ふざけんじゃねェぞ!」

全力でクザンはコビーを突き飛ばした。

コビーは猫のように身を翻して着地する。

「…すみません、お気に召しませんでしたか」

しゃがんだまま眉を下げるとコビーはクザンを仰ぎ見た。

「召すか馬鹿野郎!

おれは男と乳繰り合う趣味はねェんだよ、あいつらと違ってな!」

コビーは悲しそうに視線を床に落とした。

「…ごめんなさい…。

ティーチやバスコさんのお誕生日はこうやってお祝いしたので、てっきり黒ひげ海賊団では恒例かと思ってしまいました。

申し訳ありません」

「………」

先月は確かにティーチとバスコ・ショットの誕生日だった。 部屋にコビーを招いて楽しんでいたのは知っていたが、していた行為については想像したくもなかった。

間接的に知る羽目となりクザンは落ち込んだ。

(全くあいつら…酷ェ趣味してやがる)

クザンの視線はコビーに向いた。

火が消えたようにしょぼたれる彼を見ていると胸が痛む。 コビーは素直な性格だ。 クズ外道共が褒めそやすのを間に受けてクザンにも同じ対応をしたに過ぎない。

海賊に騙されている馬鹿で間違いないが、馬鹿であることに罪はない。

「…あー、何だ。 悪かった。 すまん。

お前なりにおれを楽しませようと思ったんだよな。

ちっと大人げなかったよ」

コビーは恐る恐る顔を上げる。

「おれはメシ食ってるから、その間に風呂入って汚れを落として来い」

「……はい」

トボトボと力のない足取りでコビーは出て行った。



1人で食べる誕生日ケーキのなんと味気ないことか。

(何やってんだ、おれ…)

好物のシェリー酒をワイングラスで煽るがこちらも旨味を感じない。

(やべ…。 このことがティーチにバレたら面倒だな)

愛人であるコビーを傷付ける者をティーチは決して許さない。 性行為の一環であればお咎めはないが、ただの暴力は断じて赦されない。

ボスのお気に入りというポジションを妬んでコビーに嫌がらせをした者や、彼を抱く際に過剰に痛め付けた愚か者は尽くティーチに殺された。

今日の出来事は遅くとも明日にはティーチの耳に入るだろう。 コビーは告げ口をするような男ではないが、クザンとのやり取りを馬鹿正直に報告すればさっきの下りも絶対に伝わる。

愛人に恥をかかせたクザンをティーチは許すだろうか。

(面倒臭ェ〜…)

ケーキは飽きたのでワゴンに戻し、クザンはパンとオードブルを食べ始める。

ティーチとの揉め事は避けたかった。

クザンは黒ひげ海賊団の10番船船長という形でティーチの下に就いているが、部下に成り下がったつもりはない。

あくまで利害の一致から彼に協力しているだけである。 彼がクザンの目的を阻む存在となれば即座に離反する。 ティーチもそれを心得た上でクザンを海賊団に迎えた。

目的の不一致で敵対するならまだしも、愛人を巡って揉めるのは勘弁して欲しいところだ。

不味い食事を続けていると部屋のドアがノックされた。

「失礼します」

コビーが戻って来た。 彼は海兵のジャージ姿になっていた。

「着替えたんだ」

パンを咀嚼しながらクザンは声を掛けた。

食事をするクザンから1メートルほど離れた地点でコビーは足を止め敬礼した。

「はっ。 クザンさんは女々しい格好がお嫌いなご様子でしたので」

「女々しいっていうか…。 女の格好っていうか…。 うーん。 まァいいや」

「…先程は誠に申し訳ありませんでした」

コビーは敬礼した腕を下ろすと自分の手首を掴んだ。

「僕、昔からドジで馬鹿で何をやらせても駄目で…。

せっかくのクザンさんのお誕生日を台無しにしてしまいました。

本当にごめんなさい」

オイオイ、とクザンは心の中でツッコミを入れる。

ロッキーポート事件の英雄が何を言い出すのか。

ガープの弟子に相応しい心技体の全てを兼ね備えた新たなる海軍の英雄と持て囃されている男がその言い草とは、謙遜もここまで来ると嫌味である。

「…何つーか、ドンマイ。 いいよ別に。 気にしてねェ」

「有難うございます」

クザンはコビーに目をやらず食事を続ける。

「お前さ、帰っていいよ」

「え!?」

コビーが素っ頓狂な声を上げた。 構わずクザンは二の句を継ぐ。

「楽しくねェだろ。

早くティーチの所に帰って可愛がって貰えって」

それがお互いの為だ、とクザンは言おうとしたが遮られた。

「嫌です!!」

強い声をコビーが発した。

「僕クザンさんと仲良くなりたいんです!

……クザンさんが僕をお嫌いなのはわかってます。

でも、僕はずっと憧れてました。

海軍大将で、ガープ中将の一番弟子で、強くて、格好良くて。

あなたに少しでも近付きたくて僕は厳しい修行を頑張って来たんです」

コビーは両の拳を握り締めて熱弁を振るう。

「クザンさんが僕をお嫌いでいつも遠ざけてるのは知ってます。 僕はどうしようもない駄目な奴だから、それも仕方ないと思ってました。

だけど、今日がクザンさんのお誕生日だと知って、居ても立っても居られなくて。

これを機に仲良くなれたらって。

…いえ、少しでもお役に立てたらって」

コビーの語気が段々と弱まる。

「……思ってたんですけど、結局はご迷惑をお掛けしましたね。 ごめんなさい」

姿勢を正すとコビーは腰を曲げて深々と頭を下げた。

「帰ります。

クザンさんはもう、僕の顔も見たくないでしょう……し?」

頭を上げたコビーは唖然とする。

目の前にクザンが立っていたからである。 近付く音や気配をコビーは感じ取れなかった。 背筋がひやりとする。

「え? …あの…」

クザンは眉間に深いシワを刻んでいた。 怒っているように見えるが、怒りの感情は存在していない。

「…お前さァ」

クザンの右手がコビーの顎を掬った。 クイと上に向けて、無理に自分と視線を交差させる。

「もう1回聞くけど、“仲良く”ってのはどういう意味なんだ?」

コビーは視線を固定されたのも手伝ってクザンを注視する。 彼の感情を量る為だ。

よくよく観察するとクザンの顔が紅潮しているのに気付いた。

(お酒を飲まれたからだな)

コビーは瞬時に判断する。

彼の読みは間違っていた。

クザンは年甲斐もなく照れていたのである。

何故ならコビーは馬鹿で、正直で、絶対に嘘を言わない男だからだ。

クザンの脳内では先程のコビーの発言がリフレインしている。

『クザンさんと仲良くなりたいんです』

『ずっと憧れてました』

『強くて、格好良くて』

『あなたに少しでも近付きたくて』

『お誕生日だと知って居ても立っても居られなくて』

『少しでもお役に立てたらって』

繰り返すがコビーは嘘が吐けない男だ。

すなわち、上記の発言は全て彼の本心である。

クザンの鼓動が早まる。

(こいつ…おれに気があるのか…!?)

コビーの顎を掬う手が僅かに震える。

女遊びは嗜むが煩わしいガチ恋は避けて生きて来た。

男からとはいえ、こんなにドストレートな好意を向けられるのは慣れていなかった。

同時に、どんなに邪険にしてもコビーが折れなかった理由はこれかと腑に落ちる。

(あーね、成程、そういうこと)

コビーはティーチの愛人で、黒ひげ海賊団の人間なら誰にでも股を開く愛玩具である。

ただしそれは彼が望んだ地位ではない。 彼に拒否権はない。 逆らえば殺されるので服従せざるを得ないのだ。

コビーが喜んでいるように見えるのは仮初めで、海賊共に恋愛感情は無論のこと好感すら持っていないだろう。 自分を性的搾取する相手に良い感情を持つのは不可能だ。

にも関わらずコビーはクザンに対しては積極的に接近して来る。 好意を馬鹿正直に口にする。

理由は述べるまでもなかろう。

(ったく…。 仕方のねェ奴だ)

刹那でも油断するとニヤけてしまうので顔の筋肉を強張らせて耐える。 コビーが怒っていると解釈したのはその為だった。

クザンの気持ちはすっかり晴れた。

コビーは相手の質問の趣旨がわからずパチクリと瞬きをする。

「どういう意味って、そんなにたくさん意味があるんですか?」

「あるよ、大ありよ。

例えばだな」

クザンは素早くコビーに足払いを掛けた。 バランスを崩した彼を部屋の奥にあるベッドへ投げる。

「うわっ!?」

コビーの体をベッドが受け止めるとほぼ同時にクザンもそこへ飛び、彼に跨る。

そうして再び彼の顎に手を添えた。

「こういうことも“仲良くする”って言うんだ」

意図を察したコビーはみるみる顔を真っ赤にする。

「え? あ…。 えっ?

だってクザンさん、男とは嫌だって…」

「ああ、嫌だね。 そこは変わっちゃいねェ。

でもな、据え膳食わぬは男の恥って言うだろ?

お前の心意気を無下にしちゃァ男が廃る」

コビーの赤面は耳や首にも至った。

「あのっ…僕、そんなつもりじゃ…」

逃げるように顔を真横に向け、コビーは頬をシーツに埋める。

クザンはコビーの赤い耳に唇を寄せると低い声で囁きかけた。

「おれに抱かれるのは、嫌か?」

コビーは顔の向きを変えず視線だけをクザンに送る。 大きな丸い目が潤み、眼球の白い部分までもが朱に染まる。

「…嫌じゃありません…。

あなたがお望みなら…。

僕…何でもします…」

不思議なものだ。

あんなにウザい存在だったコビーが、今は可愛く見える。

ティーチからの命令ではなく、自らの意思で喋り動く彼が愛おしく感じる。

コビーはおずおずと顔をクザンに向けるとまぶたを閉じた。

恥じらいつつも、明らかにキスを待っている。

「よーし、良く言った」

誘いに応じてクザンはコビーに口付けた。



クザンは身を以って知った。

ティーチを始めとする黒ひげ海賊団の面々が何故こぞってこの青年にうつつを抜かすのか。

「あ…。 クザン、さんっ…」

コビーが来る以前は女遊びが盛んであったのに、彼が来てからは身体を売って生計を立てていた女達が転職を余儀なくされる事態に陥っている。

「んっ、そこ、駄目、です、よ…」

「何言ってんの。 いつもここティーチに苛めて貰ってるでしょ」

「やっ…。 そう、いうこと…言わない、で下さ…あんっ」

数多の男共に抱かれているのにコビーの反応は生娘のように瑞々しい。 前述の通り彼は嘘を吐けないので男共は甘い言葉を鵜呑みにして舞い上がり、骨抜きになってしまう。

かと思えば時に扇情的な仕草で男共の征服欲を駆り立てる。

いつまでも純潔性を失わず、それでいて婀娜っぽい。

男にとってこれほど堪らない存在があるだろうか。

恐ろしいのはこれが計算ではなく彼の素である点だ。

商売女はどうしてもある程度のマニュアルに沿って男の相手をする。 可憐に振る舞っても演技じみているのは否めない。 尤も男共はそれを承知で彼女達のサービスを受けているのだが。

ところがこの青年は100%ガチである。

女達がどんなに腕を磨いても天然物には敵わない。

(そりゃァ、こいつを守る為に殺しが起こるわけだ)

クザンは初めてティーチに同調した。

「あっ、あぁ、やだあぁっ。

何…でっ…そこっ、ばっかり…っ」

「何でって、こっちゃ知ってんだよ、お前の弱ェとこ全部さ」

「ど…して? んぁっ。 クザン、さんとは…うぅんっ、した、こと、ないっ…のに…。

あ、駄目、イっちゃ…」

ムっとしてクザンは愛撫を止めた。

散々クザンの目の前で他人と情事を重ねていたのにコビーの眼中に自分は入ってなかったのだ。 腹が立つ。

とはいえコビーの人となりを考慮すれば当然と言えた。

快楽を受容するのが精一杯な彼に周囲を気にする余裕などあるはずもない。

「…あれ…?」

唐突に快感が凪いだコビーはぼんやりとクザンを仰ぐ。

「どうか…しましたか?

やっぱり、やめますか?

あ、それとも僕がご奉仕する番ですか?」

乱れた呼吸が整わない内に起き上がろうとするコビーをクザンはベッドに押し戻す。

「変な気ィ回すな。 お前はお淑やかに喘いでりゃいいんだよ」

「そういうわけには参りません!

今日はクザンさんのお誕生日なんですよ!?

何でもお申し付け下さい、僕何だってします!」

コビーは食ってかかる勢いだ。 クザンの苦手なテンションである。

「あー、わかったわかった。 わかったから吠えるなって」

コビーの両肩をベッドに押し付けてクザンは馬を宥めるようにどうどうと落ち着かせる。

「何をすればいいですか」

真剣な眼差しをクザンに向けてコビーは指示を待つ。 自分との艶事にここまで真摯になる彼にクザンはくすぐったさを感じた。

そんなマジにならなくても、と思いつつ、悪い気はしない。

(成程、こうやって男をその気にさせるんだな)

クザンは冷静を装って分析する。 そうしないと自分も深みにハマりそうで怖かった。

「そうだな…。 んじゃ、これ舐めてくれるか」

そう言ってクザンはコビーの目と鼻の先に右手の人差し指を差し出した。

「はい…。

失礼します」

コビーは恭しい手付きでクザンの右手を包み込み、大きく口を開くと舌を出して人差し指を舐め始めた。

「ふ…はぁ…」

唾液をたっぷりとクザンの指に絡め、舌の先を細やかに動かして指をくすぐる。

何の味もしない指をコビーは極上の甘露を舐めるが如く蕩けた表情で味わっている。

男の視覚を楽しませる官能的な姿にクザンは下腹部に血潮が集まるを感じた。

「そうそう、上手だ。

そんじゃこれご褒美ね」

クザンはコビーの唾液で湿った人差し指を本人の秘部に突き入れた。

「ひうぅっ!? かはっ…」

大した準備はしていないが皮肉にも本人の唾液が滑りを良くする。

彼の胎内は指が溶けるのではと危機感が芽生えるほどに熱かった。

「く、うぁっ…。 ひ、どい…ですっ…。

優しく…して、下さい…」

痛みで目を潤ませてコビーが哀願する。

可哀想にと思いながらもクザンは欲情する一方だった。

「悪い悪い。 いつも馬鹿デケェの挿れられてるからさ。 こんくれェ平気かと思っちまった」

反省の色を見せずにクザンは謝る。

事実コビーが痛がったのは初めだけで、今は体をひねりながらクザンの指が気持ち良い所に当たるよう誘導している。

彼の秘部は底なし沼のようにクザンの人差し指を深く咥え込み、きゅうきゅうと締め付ける。

「ほら、もう全然平気なんだろ?」

クザンは導かれた箇所、恐らく前立腺を指先でゴリゴリと押す。

「あああっ、ひっ…。 あんっ、あ、はぁっ…」

コビーが一際甲高い声を上げた。 腰がベッドから浮き上がって背中が海老反りとなり、体を支える四肢がビクビクと痙攣をする。

しかしながらクザンの指を受け入れている肉壁は押すと柔らかく広がり空間が生じる。

人差し指だけでは物足りなさそうである。

「コビー」

指を引き抜くとコビーの腰はベッドに落ちた。

彼の目は先程と変わらず潤んでいるが痛みの色は消え、快楽に彩られている。

「挿れていいか?」

クザンが尋ねるとコビーは間髪入れずに頷いた。

「…確認なんて…要りません…。

クザンさんの…お好きなように…して下さい…。

今の僕は…あなたのものです…」

はにかみの笑みを唇に浮かべてコビーは告げる。

台詞と表情の相乗効果によってクザンにかろうじて残っていた理性は崩れ去った。



そこからはクザンにとっても未知の経験であった。

女との交わりでも後ろの穴を使用したことはなかった。 場所が場所ゆえに忌避感があったからだ。

しかし今は忌避感など全くなく、それどころか花の蜜に群がる蜂のように求めてしまう。

「あぁぁ、うぁぁっ…。 すご、いっ…」

挿入するとコビーはポロポロと涙をこぼしながら両腕をクザンの背中に回した。

クザンは驚愕していた。 だからコビーに挿入したきり動きを止めてしまった。

(どうなってんだよ…!?)

コビーの胎内は気持ち良かった。 気持ち良いのは確かである。 それでも今は驚きが凌駕していた。

彼の胎内はクザンの逸物に合わせて誂えたかのように型取られているのだ。

有り得ない。 彼に挿入するのは初めてなのに。

(何なんだこいつの中は)

正直に言うとティーチや他の男共に毎日使われているここはユルユルだと思っていた。

しかし実際は緩すぎず、かと言ってキツすぎず、適度な締め付けで得も言われぬ快感をもたらす。

これほど逸物にフィットする胎内と出会った経験は過去になく、きっと未来にもないだろう。

体の相性が良いとは正しく今の自分達を指すに違いない。

驚きが薄らぐと次は後悔がクザンを襲った。

(クソっ…。 勿体ねェことしてたぜ)

こんな間近に最高の相性の持ち主がいたのである。

恐らくティーチや他の連中も同じ価値をコビーに見出しているのであろう。 そして彼の体に溺れ、満喫している。

クザンはティーチ達に大きく出遅れた。

男だからと、海軍時代の後輩だからと、ガープの後継者だからと意地を張ってコビーを遠巻きにしていた。

クザンに残った最後の感情は海賊共への怒りであった。

(あいつら…。 こんなお宝を独占しやがって…。

おれも誘ってくれりゃァ良かったのに)

コビーとのセックスを拒否していたのは他ならぬクザン自身なのだが、何もかもを棚に上げクザンは憤った。

「コビー」

クザンは喘ぐコビーの頬に片手を寄せ、涙を拭う。

「は、い…?」

「おれと仲良くするのは今日だけか?

お前はティーチの愛人だもんな」

尋ねるとコビーは逡巡した後にゆっくりと首を振った。

「いいえ…。

クザンさんが宜しければ、これからもずっと仲良くしたいです…」

泣きやんだコビーは嬉しそうに顔を綻ばせる。

回答に満足するとクザンはコビーに深い口付けを贈った。




こうしてハチノスにまた1人コビー青年の虜となった男が誕生したのであった。




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