食べ物の恨みはなんとやら
「ん」
「え」
昼時を過ぎた食堂、その疎らな一画のテーブルにて。
コンビニから帰ってビニール袋からそれを取り出した時だった。彼が僕に近寄り口を開けたのは。
鋭い犬歯といちごジャムのような艶かしさを感じる舌からすぐに目を逸らす。
「なんですか」
「見りゃわかんだろ。俺にも一口くれよ」
手元のアイスクリームのことを言っているのは理解できた。雪見だいふく。白い餅が一口サイズのバニラアイスを包み込み、ちょんとふたつ並んだどこにでもあるアイスクリーム。
そう、たったふたつしかない。
「あげるわけがないでしょう。自分で買ってください」
「金欠なんだよ、後輩にちょっとぐらい恵みを与えろ」
「うそ。万が一、億が一本当だとしても絶対にあげません」
「ケチ」
「欲張り」
彼を無視して赤い紙蓋を剥がす。甘く丸い氷菓子が視界に入っただけで脳は幸福感で満たされていく。
ここしばらくの間、食に対して自主的に禁欲を強いていた。一般的な体のピークは過ぎたとはいえ筋肉の伸び代がないわけではない。来る大舞台で最大限のパフォーマンスを発揮するためにトレーニング方法、休息の取り方、そして栄養を一から見直した。その結果徐々に筋肉、特にトモの周りがこの歳にして成長できたのだ。
今日はそのご褒美。
待ち侘びていた甘味を一口たりとも譲りたくはない。それが倒すべき宿敵なら尚更に。
「あっちいってくださいよ」
「ちょっとくれたらな」
「しつこい……」
隣から離れようとしない彼にそろそろ痺れを切らす。癪だがそちらが動かないならこちらが出て行くしかない。
ビニール袋を手に取り席を移動しようとした、その僅かな瞬間だった。
「隙あり」
「なっ……ああっ!」
容器から目を離したのを目敏く見切られたか、猫も驚くスピードで片方の雪見だいふくが摘まれあっという間に僕から離れる。咄嗟に手を伸ばした、がもう時は既に遅く。
彼の口の中に。悪戯に刺激してくる真っ赤な舌の上にあっという間に収まって。ぞわりと脊髄に何かが走るその隙に愛しの白餅は見えなくなって。
「ん、ごちそーさん」
ぺろり、と唇を舐めた彼を僕は茫然と見つめるしかなかった。
「ありがとなセンパイ。あんまり放置してるともう片方が溶けちまうぞ」
してやったりと目を細め口角を上げる彼に肩をぽんと叩かれても、僕はその場を動けない。そのまま彼が立ち去ってもなお、僕は何も言い返せない。
自らのささやかな楽しみを奪われてしまった。それも大嫌いな相手に。何よりも憎き相手に。
けれどそんなことよりも。
そう、そんなことと思ってしまうほど僕は忘れられないのだ。
彼の歯並び、動く舌。白く汚れた唇に嚥下した時の喉仏。ふつふつと沸き上がる憤怒によく似たなにかが心臓にこびりついて離れない。
握っていたビニール袋がかさりと鳴る。丸く形どられたアイスが徐々に形を崩していく。
冷凍庫で冷やさなければと沸く頭で考えた。
ついでに、この感情も。