食べることとは生きること/饗することとは祈ること
だいぶ元気になってきたifローがみんなにご飯を作った話
ifローがこちらにいるまま「これからifドを殴りに行こうぜ」でヘルメスを見つけに行くことになった世界線
壁を隔てて遠くなった喧騒を背に、ローは一人、キッチンにたたずんでいた。
「自分」がああも……車椅子の子供が長いリハビリの末に歩き出したかのように手放しで誉められるのは、どうにも尻の座りが悪い。それでローは一人、静かになれる場所を探してキッチンに降り立った訳なのだが。
(…………野暮は、おれか)
一見綺麗に片付いている。洗い物が水に漬けただけなのは、せめて後から洗うクルーが楽をできるようにという「彼」の気遣いだろう。
片手では炊事は難しい。
ローの目を引いたのはそれだけではない。
調理台の隅、ひとところに寄せて透明な袋に詰め込まれた、一見食材の切れっ端。
ローはつかつかと歩み寄り、ためらいなく中身を改めた。
袋越しにもまだほの温かい白米。不揃いに切られた肉と魚。そして極めつけは――くしゃくしゃに丸まった数枚の海苔。
彼はいくつもの握り飯を前に言った。これならおれでもできるから、材料を詰め込むだけでいい型を買ったのだと。
あの瞬間のクルー達の狂喜といったら!
『お゙い゙じい゙でず!!』
『家宝にします!!!』
あの場で耳に入った涙声。
『バカ、食え』
そして、今も胸の内からじんわりと湧き上がり続けるぬくい温度。
四方八方から「一緒に!!!」と背中を押され、自分の作った握り飯を食べて発した「そんなに美味いか?」がたちまち否定され尽くした彼は、所在なさげにクルーにもみくちゃにされていることだろう。
――ローは、ため息をついた。
彼を最初に診察した時のことが嫌でも思い出される。
医者だから分かった。
医者だから分かりたくなかった。
長期の入院患者でもそうそう見ない、無数の点滴の針の痕。
くたくたに煮た葉野菜さえ受け付けず、スープのさらに上澄みだけ啜ることすら困難だった口腔。
丁寧に作られた腹の穴。
それから。
「…………」
ローは頭を振り、消化器以外の診断結果を意図して頭から追い出した。今これがあの「おれ」に伝わることなど、あってはならないからだ。万が一にもだ。
袋の中身に手を伸ばす。彼が是が非でも隠したかった、しかし粗末にできないと静かにまとめた、握り飯未満の材料達。
湿気た海苔と崩れた白米、それから肉をひとまとめに掴んで口にした。
ローはそれを噛む。咀嚼する。飲み込む。
袋の中身が無くなるまで、ローはそれを繰り返した。
ドフラミンゴ。お前は「おれ」への刺繍について、少なくとも三つ間違った。
一つ。天竜人でも思い付くまい鬼の処置は、トラファルガー・ローという医者を。
二つ。オペオペの能力を能力者自身に利用させたことで、能力者である「おれ」達とそのプライドを。
三つ。ドンキホーテ・ドフラミンゴの海賊旗は、ローという人間が元々ドフラミンゴに対していだいていた種々の感情を。
全てを、どうしようもなく煽り立てたのだ。
今に見てろ。
「おれ」はついに、他人に食事を作るまでになった。
ローは思う。分かる。なんせ自分のことだから。
「おれ」は直に怒りを取り戻す。
その時がお前の最後だ。
米の一粒も残さず全てを食べ切り、ローはキッチンを後にした。
ヘルメスが眠るという島へ舵を切った日の、夕暮れ時のことだった。
おわり.
2022/12/10追記
同じ小説を2022.10.5. 20:09:49付けで「ぷらいべったー」に投稿しています。非公開です。
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