飛行機雲と流れ星
スターズオンアースがコントレイルを天体観測に誘ったのは、寝正月をそろそろやめようと皆が決意する頃、かつ彼の仕事が始まる前の1月中旬。
きらきらと瞬く星の下、まさに星映天下。ホットココアを手に持って、首の殆どをくすみカラーの水色のマフラーで隠し、そこに温かさを求め口元を埋め、それでも白い息を吐いて。
「お兄さんが飛行機雲なら、アースは流れ星を目指しましょうかね?」
きっかけは、ただのなんて事ない。
────最近、歩いてる時に飛行機雲を見かけると、お兄さんの事が頭に浮かぶんです。
目を見開いた彼に、あわ、ポエミーすぎました!?と慌てれば、いいやと首を横に振って、それから珍しく安堵したように笑って、そんな事を言われたのは初めてだから、と。
でも、とスターズオンアースは思う。
きっとそうだと思うのだ。誰も口に出さなかっただけで、いや、誰もコントレイル本人には言っていないだけで。
あなたは空の道標だったのだと思うのだ。走る、走る、走る、ただひたすらなそれに、もはや日が落ちて沈むくらい当たり前の行動に。翳ることの無い栄光を刻み、それを超える事を目標とした馬は何頭もいるはずだ。
「でも、流れ星か」
金星がよく見えた。
ああ、確か。百年を待った世界に現れるのは金星だったか。
それは『ありえないもの』として描かれた世界だ。
そう、飛行機雲と流れ星が、どう足掻いても交わらないのもまた、ありえないこと。
そんな思考を振り払う。
「?どうしたんですか?」
「ううん、流れ星って飛行機雲よりずっとずっと上にあるから、これはとんでもない宣言されたなって」
「………えっ!?」
その言葉に込められた揶揄いの意味を理解して、スターズオンアースは再び慌てる。
違う、違うそうではなくて。
ああでも、本当の事を言えるほど乙女心なんて捨ててなくて。
「い、いやいや……お兄さんの偉業を越えることなんて早々出来ませんよ!そもそも何をしたらお兄さん越えられるか分かりませんし!」
「はは、ありがとう。じゃあ……賞金額でも越してみる?それから引退レースの単勝支持率」
「む……できそうで難しいところを……後者難しすぎません?」
ほう、とやはり白い息を吐いた。
「でも、流れ星にはならないでね」
「なら、お兄さんも飛行機雲になっちゃだめですよ」
お互い顔は見合わせずに笑いあった。その星空を眺めて、果たして父親はそこに居るんだろうか。
「約束します。アースは、あなたの目がある限り星になんてなりません。星と同じ輝きを、それ以上のまばゆさを持っても、絶対に。
だから大丈夫です、お兄さんも安心してください」
その約束が、本当に果たされる保証が無いことは知っている。けれどもどうか、一夜の夢よりは長く続いてくれ。
その大丈夫の言葉が、自分の言うような声音に変わらないでくれ。『大丈夫』という曖昧な定義の中にすら収まらない何かを大丈夫で覆い尽くしてしまう自分のようには、ならないでくれと。
「それなら僕も約束しようかな。僕はきみを見守ってるよ、君がどんなに眩しい星になっても」
ちゃんと、同じ空の下でそれが果たされること、そしてそれが長く長く続いてくれることを願って。
「……今日は、星が綺麗ですねえ」
コントレイルは少し動きを止めて、考えて。意味なんて、彼女が知っていても知らなくても。
「そうだね。どんな願い事も叶いそうだ」