風子突入まで

風子突入まで


物静かな夜だと思った。
暖かな明かりの灯るこの協会で、随分久しぶりに家族全員揃っていながら、それでも厳かな雰囲気が辺りを包んでいるからだろうか。
御堂から列席者を一望すれば記憶のそれより皆が大人びているように見える。

兄貴分だった頃から変わっていないのは自分唯一人のようにも思われた。カソックと頭に詰め込んだ聖句以外にかつての自分と何の差異があるだろうか。

神に尽くすと誓った身の上で今更にも胸にわだかまった感情を処理出来ずにいる。良い人だ。きっと妹を、彼女を幸せにしてくれる。心の底からそう思う。

一口に説明の出来ない俺たち家族をそのままに受け入れてくれた人達だ。孤児全員の列席は許されないだろうと思ってすらいた。この式の実現に尽力してくれた感謝はしても仕切れないほどに。だから。

手を引かれた彼女がゆっくりとバージンロードを歩き出す。新郎とともに祭壇前へ立つ二人は見れば、どこまでも似合いの二人だ。

列席者に斉唱を願えば、笑えるほど震えた声もある。そうして俺は、二人の道行きにふさわしい教えを口にした。心から感情が零れ落ちないように、悟られてはいけないものを決して悟られることのないように。幾度も諳んじた言葉を。

読み上げたあとに顔を伺えば、そこには世界中の誰よりも今このときの幸せを噛みしめる二人。


何か、腑に落ちるものがあった。

良かった。ただ純粋に。俺は二人のために幸せを祈れる。祈ることが出来る。
後は、神にこの二人の誓いを見届けて頂けたならそれで。

「これを愛し 敬い 慰め合い 共に助け合い」

この誓いが違われることのないように、噛みしめるように一言ずつ口にする。

「その命ある限り真心を尽くすことを誓い――」

そこで、驚くほどに大きな音を立てて聖堂の扉が開かれた。訪問者の少女は何ら憚ることのないように堂々と実直な視線をこちらへ投げて口を開く。

「その結婚、ちょっと待ったー!」

思わず新郎を睥睨したのは言うまでもなかった。

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