腹ぺこヨダナと謎のぬいぐるみ
カチャン……
ラドゥが積まれた皿とチャイが入ってるポットが不自然に音を立て、そこからユラリと影が見えました。
正当なる王族であるドゥリーヨダナのひと時に水を差すとは、またあの意地悪で敬意も示さぬ不敬なお人形でしょうか。
『なら、小突いてラドゥに変えてしまえばよい…』
そう思い、ポットを持ち上げてると
そこには不敬なお人形の姿では無く。
ドゥリーヨダナに奉仕するお人形でも無い、見た事もない風変わりな衣装を身にまとった、どこか愛嬌のあるぬいぐるみでした。
ふわふわ、モコモコでキラキラと綺麗な瞳をしたぬいぐるみがドゥリーヨダナのラドゥをキュッと大切そうに持っています。
本来なら、王族であるドゥリーヨダナのひと時を邪魔をし、あまつさえ盗みをしようとするとは決して許される事ではありません。
しかし、ドゥリーヨダナはあの不敬なお人形とは違う、見た事の無いぬいぐるみに興味が出ました。
ドゥリーヨダナのお人形とは違い、ふわふわで柔らかく、弱々しいぬいぐるみ。
奉仕してくるお人形に混ぜさせてみようか…然し、下手に奉仕させたらこの弱々しいぬいぐるみは壊れてしまいそうです…
ならば、愛でる為に仕えさせてもいいかもしれません。
『そこのぬいぐるみ、それはわし様ものだぞ』
ぬいぐるみを捕まえるようと手を伸ばしますが、ヒョイと器用にすり抜けラドゥを持った状態でぽてぽてと逃げ出してしまいました。
見かけによらず、素早いぬいぐるみに少し驚いていると。
何処から持って来たのか、それとも元々所持していたのか棍棒を持ったドゥリーヨダナのお人形がぬいぐるみを追い掛けます。
ぽてぽてとラドゥを大切そうに持って必死に走っているぬいぐるみ、何故か少し可哀想と思いぬいぐるみに攻撃するお人形を止めました。
『なに、一つくらいなら別にもうかまわん。
わし様は盛大な王子ゆえ、それくらいの“小さな悪戯(おいた)”は許してやろうではないか』
“小さな悪戯(おいた)”とは言いますが『王族の食べ物を盗む』という事は本来ならば極刑でしたが、あの風変わりで何処か愛嬌のあるぬいぐるみにドゥリーヨダナは更に興味を持ったのです。
王族であるドゥリーヨダナに臆すること無く近付き、ちょこちょこと周りを動くお人形の目を掻い潜ってギリギリまでラドゥを取るのを気付かれ無かったのは良い動きです。
もしかしたら音を立て無ければドゥリーヨダナは気が付かなかったかも知れません、弱々しいぬいぐるみかと思ってましたが中々の度胸があるのも高ポイントでした。
それを捕まえて壊してしまうのはだいぶ勿体ないと思ったのです。
ふわふわのぬいぐるみを上手く飼い慣らせば良い主従関係になり得るでしょう。
慧眼には掛けているので、あのふわふわのぬいぐるみを自分のモノにしようと決めました。
テクテク、トコトコとお人形達はぬいぐるみを追い掛けるのを止めて離れますが、一体だけまだぬいぐるみを追い掛けています。
『いい加減に戻ってこんか〜』
そうもう一度声を掛ければ、漸く追い掛けるのを止めて渋々戻ってきます。
これ幸いと言うかの如くに、ふわふわのぬいぐるみは盗んだラドゥを大切そうに持って完全に逃げて行きました。
盗っ人のぬいぐるみを捕らえる事を止められたのが不服なのか、お人形は抗議をしているようでした。
『なに、次に現れた時に捕まえればよい。
彼奴は仕えそうだからな』
利になる存在には出し惜しみはしませんし、多少の“悪戯(おいた)”は許してあげます。
愉しそうにするドゥリーヨダナにまるで『それもそうだ』と言うようにお人形は不満を挙げるのを止めて、まだドゥリーヨダナの周りをちょこちょこと動き回ります。
きっとあのぬいぐるみはまたドゥリーヨダナのラドゥを狙って戻って来ると何故かそう思えたのです。
ですが、次はそう簡単にいかない様にしなくては成りません。
『まずはあの風変わりなぬいぐるみを捕まえ、盗んだ事に詫びを言わせ、後は許してやっても良い。』
きっとあのぬいぐるみは役に立つでしょう。
立派に役を果たしたら好きなだけ褒美を与えても構いません。
ドゥリーヨダナは自分に役に立つモノは大好きです。
欲しいものは何処までも邁進して、どんな手を使っても良いのですから。
さて、ラドゥを盗んで行ったぬいぐるみはまた後でゆっくりと考えるとして
未だにくぅくぅとお腹がなるのでドゥリーヨダナはチャイを飲み直しました。