風は吹かない

風は吹かない







ほんの気まぐれだった。




この常に眠ったような世界で、人を斬ることにすら飽きてしまう世界で、オマエはどこか異質な気がしたから、そんな理由で声をかけた。それだけだった。



「…あなた、私が見えるの!?本当に!?声も聞こえる!?触れる!?」



そう言いながらオレの手を握って、何故か出会い頭に歌を歌うオマエのその手は冷たかった


それが死体の温度と同じなのはすぐ分かった。


全員死んだ目をして凍えるように分厚い服を着た世界で、オマエはただ1人浮遊しながらあの男の後ろに着いていた


それを眺めるだけならある程度の暇潰しにはなった。



「ルフィはね、ちょっとバカで意地っ張りなんだけど…たまーにカッコイイ所もあるやつなんだ」


「あたしはルフィになんも出来なかったから、せめてルフィの近くで一緒に苦しんであげるの」



そう言いながらあの男の後ろではにかむアイツを見た。



(コイツさえいなければ初めからこんなことにはならなかっただろによ)



なんて本心は喉に詰まるようで、その感覚が”オレ”には初めてで、それはとても気持ちの悪いものだった。



日々その気持ち悪い何かは増していって、それが何なのかも知りたくないのに知っていった。



こんな世界で今更”人”になる意味なんてないのに


ただ吐きそうなくらいに苦しいだけだと言うのに


オマエはオレをただの殺人鬼ではいさせてくれない



「…最低ダヨナ、オマエ」


「あんたも大概でしょ」


人を切り裂く風は吹かない


ただ、今宵も心を蝕む旋風が、この船の上を通り過ぎていく

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