頂上決戦
「フ、フフフフフフフ!!フッフッフッフッ!!!!」
マグマに灼かれた血の臭いに、獣の歓喜が脳を満たす。
氷の壁と化した津波に、降り注ぐ火山弾。雄叫びと断末魔の合唱に彩られた戦場を、耐えきれねえ衝動に引きずられてなぞる。
弱ェ奴から死んでいくこの有様はそれでもまだ、この世の終わりには至らねェ。
「キシシシ!!!オーズの子孫!!?白ひげの傘下にいたのかァ!!!」
背後から聞こえた声に感知範囲を伸ばせば、巨人にしてもでけぇ気配が湾内への侵入を試みていた。なかなかいいサイズ感だ。
「フッフッフッ……最後まで形が残ってりゃ…死体はお前にやるよ!!」
城壁の間に張り巡らせておいた糸を巨体に絡め、一本一本を神経へと繋いでいく。諦めの悪ィヤーナムの落とし子どもと比べてすら桁違いの大きさを誇る"人体"は、練習台に丁度いい。
おれの代わりに、踊ってもらうぞ。
「寄生糸」
「オーズ!!!」
処刑台から上がった叫び声に巨大な背を向けさせて、折れた刀で白ひげの船員どもを蹴散らしていく。あとは適当に外の船でも沈めさせるか。
雲に糸を引っかけ、悪も正義も平等に血を流す戦場から溢れる声を聴いた。その果てにこの世界がどこへ行きつこうとも、どこにも行けねェこのおれには何ら関係のねえ話だ。
本当に、くだらねぇ。簡単に塗り替わる価値観も、強さも、弱さも、なにもかも。
血を流し、流させ、その先に何があると思う?
知らぬ者よ
かねて血を―
「フフフフフ……フ、フフフ…フッフッフッフッフッ!!!!」
踊れ踊れ。獣の軛の中で血に塗れて。
異様な熱を帯びた血に浮かされ、同士討ちでぐちゃぐちゃに崩れた戦線の上を歩く。
血晶石の弾丸を詰め込んだ短銃に手をかけて、糸がかかったままの両腕を広げた。
もはや己の内側から響いてんのか戦場から聞こえてんのかも判らねえ獣の声の他に、なんにも音が聞こえねえ。明滅する青い光が、閉ざしたはずの視界を埋め尽くす。
夜はまだ遠くとも、血にも、祈りにも事欠かねえ。獣を狩るにはいい日だ。
おれという獣一匹が減った"新時代"ってのも、そうそう悪くはねえのかもな。
そんな滲む思考で仰いだ空に、突然、奇妙な気配が降ってきた。
船だ。逆さの。
「エ~~~ス~~~~~!!!……!!!やっと会えたァ!!!」
遠く、潮騒が聞こえる。
白い母の胎から引き出された細い腕。麦わら帽子に左頬の傷。
ぬるい水に足を浸して海に臨んだ、狩人の追憶が悪夢を散らす。
獣に支配されかけた思考を、海の匂いが焼いていく。
瞳を満たした月光は、太陽のそれに塗り替えられた。
こいつが、この声の主が"そう"なのか。
手に取っていた短銃を押し戻し、張り直した足場の上で体勢を整える。
おぞましい何かに抑えつけられていたかのような体に、全ての感覚が戻ってくる。
足下を蠢く適当な駒を支配していたイトは、いつの間にか全て切れていた。
「助けにきたぞ~~~!!!」
兄まで届けとばかりに叫んだそれに、返る反応は面白いほど混沌としている。怒り、驚愕、興味、それと少なくねえ好意の気配も。
海賊どもの手も、海兵どもの手も止まった。流れが変わる。
”神の天敵"、Dの名を持つもう一人の男は、確かに戦場を塗り替えた。