頂上戦争でワンコラさんとローの邂逅
63Dの名を持つ2人を助けようとしたのはあの人の言葉がずっと記憶に残っていたからだ。
Dは神の天敵…コラさんがドフラミンゴの側からローを引き離そうとした最初のきっかけはそれだったはずだ。
かと言ってクルーを危険に晒してまで頂上戦争に飛び込むつもりはなかったが、大将や他の海兵の総攻撃を受けながら火拳のエースと麦わらのルフィを逃がそうとする大きな犬を見て、衝動的に叫んでいた。
似ても似つかない動物なのに、Dを命懸けで逃がすその姿にコラさんを重ねてしまって。
ローの声を聞いて犬がこちらに気付き、赤茶色の瞳としっかりと視線が合わさる。
綺麗な金の毛並みをまだらに血に染めた犬は、1人を背中に、1人を咥えたまま空へと駆け上がった。
四つ足の獣であるにもかかわらず、海軍の体術を使って沖にいるローの潜水艦を一路目指す。
黄猿のレーザーが身体を掠めても、咥えた火拳を落とさないよう、牙を立てないように堪える姿はとてもただの犬とは思えない。
ローを微塵も警戒する素振りもなく、犬はポーラータングの甲板に咥えた火拳を放り込んで、背中の麦わらごと着艦した。
「重傷者2名!オペ室に運んでおけ!」
「アイアイ、キャプテン!」
医療アシスタントとしても優れたクルーに2人を引き渡すと、犬は力尽きたようにその場に伏せた。
無理もないほどの、熱傷、銃創、切創。
しかし自らの傷を気にせず心配気に2人を見送りクゥン、と弱々しく泣く犬にローはニヤリと笑顔を浮かべた。
「安心しろ、おれは医者だ」
潜水の準備をクルーに任せて、飛んできた砲弾をシャンブルズで入れ替え船を守る。
もふっ。
こちらに飛んで来る黄猿に意識を向けていたため、覆わんばかりの巨体に背中からのしかかられて完全に不意打ちで毛並みに埋まった。
「おい!戯れてる場合じゃ…!」
わふわふ、と犬のくせに表情豊かに笑顔を浮かべてローの頭に帽子ごと擦り寄ったり、頬を舐めたり。
馬鹿犬が、と額に青筋を浮かべて、能力を使おうとした時、目の前でチャリとドッグタグが揺れた。
海兵のスカーフに似た色合いで作られた首輪に下げられたその刻印の文字は。
『ロシナンテ』
数奇なもんだ、ロシナンテと名のつくものは命懸けでDを助ける運命でもあるのか。
「飼い主のことは心配するな、獣医科は専門外だが診てやるよ、中に入れ」
幾分か優しく押しのけて、ローもベポによばれてハッチへと向かう。
3メートル近い巨犬だが、ジャンバールに比べればまだ小さく、充分中に入ることができる。
黄猿から意識を逸さぬまま犬が離れてハッチに近づいたのを見送って。
キャウン!
濡れた艦体に足を滑らせた犬がギャグのようにひっくり返り、モップのように水を拭きながらツーと横にスライディングしていきそのまま甲板から消えた。
「はァ!?」
目の前で起きたあまりにも間抜けなドジっぷりに一瞬固まってそのまま見送ってしまったローは、大きいものが海面を叩いた水音で我に帰った。
そうはならねェだろ、と言いたいくらい綺麗に逆さまになった姿がコラさんそっくりで思わず懐かしくなってしまった。
roomを展開すれば能力で濡れ鼠になった犬を簡単に引き上げることができる。
「名前どころかドジなのも同じかよ」
呆れと苦笑が混ざりながら能力を使おうとして、ローの眼前を濡れた毛玉が通過した。
まるで釣り上げられた魚のように陸に向かって引き寄せられていく犬。
見えない何かで手繰られているかのような、その能力の持ち主をローは知っている。
「ドフラミンゴ…!」
「逃さないよォ〜」
「キャプテン早く!」
黄猿が迫る、迷いは一瞬。
能力を使えば犬を取り戻せる。
ワンッ!ワフッ、ゥアオーンッ!
「……!ハッチ閉めろ、潜水開始!」
『行け!逃げろ、ロー!』
今はもう忘れかけている恩人の声が、犬の鳴き声に重なって聞こえた気がした。