"音楽家"
『やっぱ音楽家が必要だよなー』
『だって海賊は歌うんだぞ?』
恨みに思ったことはない。
むしろ涙を流したいほど感激している。たとえ私を忘れていても、私と過ごした日々の想いはルフィの中に残っているんだと、実感できたから。
けれど、もどかしくは思った。
オモチャでさえなければ、オモチャでも歌うことができたのなら。ルフィの冒険をもっと楽しませてあげられたのに。
宴のたびに、食事のたびに、私は悔しいをかかえていた。
けれども。今は違う。
「キィ」
「おや、ウタさん。どうされました??」
今の一味には、"彼"がいるんだから──。
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「ヨホホホホ!!皆さん!!今日はビッグニュースがあります!!」
ディナーが終わり、アクアリウムバーでの二次会という名の宴が始まった頃、ブルックがテンション高く名乗りを上げた。
心なしかいつもより数段テンションが高く、一味の興味がアフロの骸骨音楽家に向く。
足元に立つのは、何やらドヤ顔(を決めていると思われる)人形・ウタ。
「えらく機嫌がいいじゃねェか、どうしたんだよブルック」
「よくぞ聴いてくれましたゾロさん。実は新曲を発表したいのですよ‥‥ウタさんのね」
「「「ウタの?!!?」」」
「キィ!」
軋んだ声で「えっへん!」とでもいうように、ウタは綿と布の胸を反らせた。
「お前、作曲なんて出来たのか」
「おいマリモ、ウタちゃんになんて言い草‥‥ってお前も知らなかったのか?」
「知らねェ」
普段であればサンジに皮肉と悪口の一つくらいは飛ばしてただろうゾロだが、本気で驚いてそれどころではなかった。
そんなゾロにサンジも目を丸くしてる。
「ってことはナミさんも??」
「私も初耳‥‥」
「要らない紙を欲しがってたから、何かを書いてるのは知ってたけれど。ナミが知らないってことは‥‥」
ロビンがウソップとチョッパー、フランキーのほうへと視線を向けるが。皆一様にビックリ顔。
となれば。
「ルフィ、あなたは‥‥」
「……!!!!」
目ん玉ひん剥いて、アゴが外れるほど驚いていた。
「「「お前もかよ!!!!」」」
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「いやー、はっはっはっ!!驚いた驚いた!!歌が好きなのは知ってたけど、まさか作曲もできるなんてなー」
「キィ」
ブルックのピアノ演奏『風のゆくえ』(インストゥメンタル)を聴きながら、ルフィは私を持ち上げてくるくる踊っている。
リズムもなにもあったもんじゃないけど、ルフィやみんなが喜んでくれたの何よりだ。
「もうちょっと早く言えよなー、そしたら今までの宴だってもっともっと楽しくなったんだぞ??」
「無茶いうなってルフィ。この楽譜じゃ、どんなに頑張ったって読めないぞ?」
「おいウソップ。デリカシーがないぞ」
「っと、悪ィ、ウタ」
チョッパーに窘められて、謝るウソップだったけれど。別に気にしていない。
そう示すようにぐっとサムズアップっぽいポーズ。
「キィ」
「ありがとな」
「でも実際、コレを"読む"のは素人じゃ絶対に無理よねー」
「ウタちゃんのボディランゲージを聞く気があって、楽譜を読める人間もいないとな」
今の私の手では、どう頑張っても真っすぐな五線譜や細かい音符なんて書けない。
だから、普段航行の手助けに使ってる手旗信号と私のボディランゲージを組み合わせた、オリジナルの楽譜をなんとか作り上げた。
ややこしくて、邪道で、ぶざま。みっともないことこの上ない、今の私にお似合いの楽譜だけど。
ブルックは、なんとか読み取ってくれた。
まだ人間だった頃の"ウタ"を、なんとか形にすることができた。
「ムゥーディーな曲だぜ‥‥今日の酒は一段とスゥーパーだ」
「ええ、音楽家が私たちの仲間になってよかったわ」
「それは違うぞ、ロビン」
「え?」
踊るのを止めて、ルフィがビシリとロビンを指さした。
「ずっとおれたちと一緒にいた音楽家を、ブルックが見つけてくれたんだ」
「おれたち全員のダメダメだった目利きを、ブルックが正してくれたんだぞ。音楽家は"二人"だ」
「キィ‥‥!」
ああ、ルフィ……。
ありがとう、ほんとうに、ありがとう。
「ヨホホホホホホ!!テキビシーですねルフィさん!!ですが私も目がないのは同じです!!ここはおあいこということで!!」
「うふふ、そうね。じゃあ、"船長"さん。私たちの節穴な目と、"音楽家"の歌に‥‥」
ロビンに導かれるように、みんながお酒の入った樽杯を掲げる。
お酒は、私には味わうことができない楽しみだけど、これは私たち"音楽家"をたたえてくれるもの。
「「「「「「「「乾杯!!!!!!!!」」」」」」」」
願わくば、私が"壊れた"あとも、この歌と喜びが残っていますように……。